「新聞広告PRコンテスト」で大賞を受賞
全国の新聞から“希望のうた”を贈るプロジェクト
「全国の新聞に散らばった楽譜が皆様の手で紡がれた時、この世界に「希望のうた」が響きます。」
日本新聞協会主催の「新聞広告PRコンテスト」で大賞を受賞した「新聞で紡ぐ希望のうた」が、2023年10月19日、全国73紙で展開された。本企画は読売新聞東京本社の社員2人が考案したものだ。
いきものがかりが書き下ろした新曲「誰か」の楽譜を73のピースに分け掲載。各紙の読者の協力で特設サイトに全楽譜がそろった後、オリジナルムービーが公開になった。
いまを生きるすべての人へ、全国の新聞から“希望のうた”を贈るプロジェクトとは?企画担当者、そして企画に携わった関係者に話を聞いた。
コンセプトは「それでも前を向いて生きていくんだ」
読売新聞東京本社
ビジネス1部 石井 薫
――「新聞で紡ぐ希望のうた」立案の経緯から聞かせてください。
石井:日本新聞協会では2018年から全国の新聞社が協力して、10月20日の「新聞広告の日」に合わせて「新聞広告統一PRキャンペーン」を実施してきました。これまでのキャンペーンは広告会社の制作で行われてきましたが、2023年度から「新聞広告PRコンテスト」として新聞協会加盟社、関連会社の社員からキャンペーン企画を公募することになったのです。コンテストには20社33件の応募があり、その中から大賞に選ばれたのが、私たちが企画した「新聞で紡ぐ希望のうた」です。
落合:企画のコンセプトは、「暗いニュースや悲しいニュース、日々いろいろなことが起こるけれど、それでもどこかに希望はあって、前を向いて生きていくんだ」というメッセージを、パートナーアーティストが制作した楽曲を通して新聞読者に贈るというものです。これは、企画を考え始めた当初から変わっていません。
石井:楽曲制作を依頼したいきものがかりにもこのメッセージに共感していただきまして、企画提案前にパートナーアーティストの内諾をもらいました。
読売新聞東京本社
イノベーション本部 落合 都
――企画の仕組みを教えてください。
落合:言葉で説明すると一見複雑そうな企画ですが、「自分の好きなアーティストに曲を書いてもらい、その楽譜を全国の新聞に一部分ずつ載せて、それをみんなで繋ぐことによって新曲が聞けたら面白いだろうな」という発想から始まりました。
石井:具体的には、いきものがかりに書き下ろしていただいた新曲「誰か」の楽譜・歌詞を73に分けた広告紙面を制作しました。各紙に分割した楽譜・歌詞とパスワードを振り分けて掲載。各紙の読者がそのパスワードを特設サイトに入力し、数が一定数に達すると、その新聞に掲載された楽譜がサイト上に公開。73紙の楽譜が全て揃うと、オリジナルムービー公開までの100時間のカウントダウンが始まるという仕組みです。
――楽譜が特設サイトで公開されるためには、どのくらいの読者の協力が必要だったのでしょうか。
落合:実は新聞ごとに必要な入力数が違いました。最終的には新聞協会広告委員会で決めていただきましたが、各新聞の発行部数の0.1%に設定しました。一番速かった新聞では朝7時に必要数に達し、全新聞の楽譜が特設サイトで公開されたのは当日18時40分でした。いきものがかりのファンの方の中には、各紙のパスワードをSNS上でまとめ、入力を呼びかけたり、紙面がきれいだからと保存用にコンビニへ新聞を買いに行ったりした人もいたようです。
※進捗状況を波形で表現した(画像は当日7時30分時点での特設サイトより)
新聞そのもののチカラを発揮したいという思い
――広告紙面に使った写真は、記者が撮ったものと聞いています。
石井:今回のキャンペーンの趣旨として、新聞広告だけではなく、新聞社が持っているさまざまなリソースや、新聞そのものの力をこの企画を通して世の中に発信していきたいという思いがありました。新聞社には写真を撮る専門の記者もいます。今回は読売新聞社の写真部が撮り溜めていたストックの中から、それぞれの地域にちなんだ16枚の写真を選んで、全国の新聞社で掲載する紙面を制作しました。
落合:どの紙面にどの楽譜・歌詞を振り分けるかも、実はそれぞれの写真に合うように考えています。
全16パターンの紙面クリエイティブ
――オリジナルムービーは、どのような考えでつくったのでしょうか。
石井:オリジナルムービーは、YOMIURI BRAND STUDIOの協力会社Tokyo New Cinemaと制作しています。父親役にお笑い芸人の麒麟・田村裕さん、娘役に女優の角心菜さんに出演いただき、73紙の読者によって公開された新曲「誰か」が流れる中、変わらない日常を懸命に生きる親子の物語を描いています。新聞は毎日発行され家庭に届けられる、変わらない日常の一部になっている媒体です。そういう変わらない日常を生きている人すべてにエールを送るムービーです。
オリジナルムービー
新聞を読んでくれる人の存在と新聞の力を証明できた
――今回の企画を通して感じたことはなんでしょうか。
落合:今回の企画は、新聞広告統一PRキャンペーンのために作ったものだったので、新聞社のやりたいことを新聞社の力を使って実現しました。しかし、日頃向かい合うどの企業・団体と一緒に作る企画であっても、我々がやるべきことは変わらず、新聞社のリソースや機能を使って、広告主の要望に応えることだと思っています。また、今回の企画は、読者が楽譜を繋ぐことによって初めてゴールに辿り着く仕組みでした。極端な言い方をすれば、読者に運命を委ねた仕組み、つまり読者が協力してくれなければ永遠に曲が聞けない企画でした。今回の企画が成立したということは、新聞離れと言われる世の中で、きちんと新聞を読んでくれている人は存在するし、世の中を動かす力があるという証明にもなったと思います。
――今後、読売新聞のビジネス局・イノベーション本部員としてどのような仕事を手掛けたいと考えていますか。
石井:この企画を掲載した後、新聞読者がSNSで「新聞を読んでいてよかった」「今日、面白い広告が載ってるね」と喜んでくれました。読者が喜んでくれる仕事というのは、広告主も求めていることであるはずです。広告主とそれが届く人を繋いで、どちらにも満足してもらえる。そういう仕事をこれからも追求していきたいですね。
◆ ◆ ◆
接触深度の高い新聞広告だからこそ、多くのひとからの共感を得られる
一般社団法人日本新聞協会
広告委員長 小野 剛 氏
――新聞協会が「新聞広告PRコンテスト」を始めた経緯をお聞かせください。
小野氏:2018年度から3回にわたって実施してきた「新聞広告統一PRキャンペーン」では、新聞広告の日である10月20日に新聞広告を起点にSNSなどで拡散を狙ったクリエイティブを展開してきました。これまでは広告会社に企画提案をお願いしていましたが、今回は本キャンペーンを新聞各社が一度自分ごと化して捉えるきっかけにするために、新聞各社で知恵を出そうということになったのです。それが「新聞広告PRコンテスト」で、今回はその第1回になります。
――「新聞で紡ぐ希望のうた」が大賞に選ばれた理由はなんでしょうか。
小野氏:2023年4月13日に開催された審査会で本企画が大賞に選出されました。審査会では書類選考を経た22件のプレゼンテーションを一日がかりで審査しました。新聞あるいは新聞広告から発信した話題を読者の力を得てSNSで拡散されるかという点と、新聞および新聞広告の存在感や情報発信力を示すことができるかという点を審査していましたが、「新聞で紡ぐ希望のうた」が一番高い評価を集めました。また、楽曲という視聴覚に訴える仕掛けがあること、さらに、提案前からいきものがかりという幅広い世代に人気があるアーティストの内諾を得ていることも含め、非常に実現性の高い企画であることも好評でした。
――各新聞社の読者が特設サイトでパスワードを入力することで、その新聞の楽譜と歌詞が公開される仕組みについては、どう思われましたか。
小野氏:非常に面白い試みでした。公開されるまで、各社、緊張感があったと思います。広告委員会で議論の末、最終的には楽曲・歌詞の公開は全紙発行部数の0.1%という数で落ち着きましたが、違う数字だったら最後まで開かない新聞社が出たかもしれません。0.1%にしたことで、当日の18時40分という非常に良いタイミングで全社公開することができました。新聞は毎日発行される媒体ですから、やはり掲載した「その日」であることが大事で、翌日以降では効果は半減したと思います。
――掲載後の反響を踏まえて、本企画の評価をお願いします。
小野氏:楽曲が素晴らしいですね。その楽譜と歌詞の73紙への切り分けも、紙面の写真を考慮して丁寧に行われていたと思います。それから、写真記者の撮影した写真を使用したことも、良かったと思います。日頃から各地に足を運んでいる記者だから撮れるクオリティの高い写真で、新聞広告の魅力を伝える大きな力になったと思います。新聞広告の特色の一つに「接触深度の高さ」があると思っています。だから、新聞広告は読者の共感を得やすい。その共感がSNSなどで広く拡散、シェアされたときに、非常に力を発揮するのが新聞広告の特性だと考えています。そういう意味で、今回の企画は、新聞広告の可能性を示したと思います。
Column
オリジナルムービーのこだわりを監督とプロデューサーが語る
――ドラマ仕立てのムービーにした理由をお聞かせください。
宮下氏:曲のデモテープができたのが6月末。そこからムービーの構成を決めていき、完成版を納品したのが新聞広告の掲載日当日でした。
細沼氏:この作品は、楽曲起点のムービーでありながらも、いきものがかりのミュージックビデオではなくて、日本新聞協会のキャンペーンのコンテンツであることが表現の上で課題となりました。つまり、この企画と曲のコンセプトとなっている「日々つらいことや悲しいことはあるけれども、それでも希望はあって、前を向いて生きていくんだ」という部分を、アーティストをメインに据えずにどう表現するのか。そこで、名もないような市井の人を主役に据えることで、新聞読者をはじめとしたいろんな人が共感しやすいストーリーになると考えて、ドラマテイストのムービーが出来上がっていきました。
(左)Kotofilm 代表取締役/映像作家 細沼 孝之 氏
(右)Tokyo New Cinema 執行役員/プロデューサー 宮下 司 氏
宮下氏:ムービーを制作するうえで重視したのは、この映像は誰に届けるためのものなのかという点です。曲のタイトルでもある「誰か」とは一体誰なのか。読売のお二人を交え、とことん話し合って出てきた答えは、どこにでもあるような何気ない日常を送っている「市井の人たち」に向けたムービーだということです。
――キャスティングについてお聞かせください。
細沼氏:父親役を麒麟の田村裕さん、美大の写真学科を目指す高校生の娘役を女優の角心菜さんにお願いし、進学を前にした親子の物語を淡々と描きました。父親役の田村さんは実際に3人のお子さんを育てるお父さんであり『ホームレス中学生』でも話題になった通り、様々な苦労を経験してきた方ですし、娘役の角さんは自身も現役の学生です。このお二人であれば、本作の登場人物を等身大の姿で演じることができると思い、本作に出演していただきました。特に印象的だったのが、ムービー前半の親子のぎくしゃくとした会話シーン。娘のツンツンした様子と、父親が娘へ探り探り話しかける姿が想像以上にリアルでした。
――ムービーの中で印象的なのが、市井の人々の生活シーンです。
細沼氏:いきものがかりのメンバーが厚木市と海老名市の出身ということもあり、撮影場所は厚木を中心とした神奈川県内で撮っています。新聞販売店も地元の販売店でロケさせてもらっていますし、ロケハンで偶然寄った駄菓子屋さんや、撮影当日に出会った公園で遊んでいる親子、散歩していたおばあさんにその場で交渉して登場してもらいました。また、明け方、ひとりで勉強しているときに聞こえる新聞配達の音や食卓に何気なく置かれた新聞など、日常に当たり前に存在して我々にさりげなく寄り添う新聞を表しました。あとは、新聞配達の方にも取材して、誰もいない道を駆け抜ける爽快感や新聞受けに新聞が溜まっていく虚しさなどを伺い、作中でも表現しています。
撮影:濱田英明
――ムービーでは、厚木と海老名の間にかかる相模大橋の写真がキーになっていますね。
宮下氏:ラストに映る相模大橋の写真は、写真家の濱田英明さんに今回の企画ために撮影してもらいました。濱田さんはこれまでもいきものがかりのアーティスト写真を手掛けてきた方です。
細沼氏:濱田さんの写真を見て「絶対この相模大橋で撮影した方がよい」と思い、スケジュールを直前に変更しました。実は、最後に娘が写真を撮るシーンを撮影することだけが決まっていて、場所は未定だったのです。濱田さんの相模大橋の写真を「美術学校への進学を目指す娘が撮った写真」としてムービーのラストに映すことで、この企画とムービー全体が一本の軸でつながった気がしました。