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コラムマーケボン

(Thu Jun 05 15:45:00 JST 2014/2014年6・7月号 マーケボン)

こわい人
『おざわせんせい』(博報堂「おざわせんせい」編集委員会/集英社インターナショナル) 平塚元明 マーケティングプランナー

  山手線をぐるっと一周したことはありますか。日中はわりと空いていますから、きっと座ることができるでしょう。朝夕のラッシュが嘘のようにのどかな車内でおよそ一時間、本でも読むにはなかなかいいものです。字を追うのに飽きたら居眠りしたりしてね。

  広告会社に在籍していた若い頃、よく乗ったものです。その時のことを思い出すと、今でもなんだか腹が痛くなってきます。サボって乗ってたんではないんですね。打ち合わせの時間が迫ってくる、しかしまだ何も思いつかない。いいアイデアが降りてこない。焦る。焦る。焦る。あと一時間。オフィスの席でじっと考えているとプレッシャーで潰れそうで、苦し紛れに外へ。会社が丸の内にあったので、東京駅の改札をくぐって山手線。打ち合わせまでの一時間、何とかしてアイデアをひねり出さねば。居眠りどころじゃありません。じりじりと時間が経って一周が終わり近くになると、腹が痛くなってくる………。

  なにしろ当時は打ち合わせがこわかった。部屋に入るとピリピリとした緊張感、みんなむっつりと黙り込んで空を見つめている。広告会社の会議というとなんだか楽しそうなイメージがありますが、いやいやとんでもない。ピリピリの源は、真ん中に座っているクリエイティブ・ディレクター。みんなが書いてきた企画を黙って一枚また一枚とテーブルの端へ。静寂の中、時折漏れる溜息、舌打ち、はたまた苦笑。そのたびみんながビクリとなる。もうね、生きた心地がしないわけです。

  私は基本的に、「こわい」というありようで組織の中の自分の存在位置をつくるのは反則だと思っています。能力とは別にただ「こわい」ということで一目置かれようというのは、大の大人のすることではありません。ただし、周りの誰よりも能力があって、その仕事に誰よりも真剣に相対している、こりゃこの人の前では生半可な関わり方はできないぞ、とみんなにどうしようもなく思わせる圧力、それを「こわい」というのならば話は違います。それは巷間(こうかん)言うところの「ブラック」とははっきりと区別されなくてはならないものでしょう。

  今は時代が変わったせいでしょうか、かつてのように剥(む)き出しに「こわい」人は減ったように思います。あるいは私が年をとったせいかもしれません。若い人から見るとどうなんでしょう。私が若い頃はそんな方々がたくさんいらっしゃって腹痛の絶えない日々、実にしんどい思いをしましたが、今から振り返ってみるとそれがどれだけ身の肥やしになったかがよくわかります。

  今回の推薦書『おざわせんせい』は、帯にいわく「博報堂の生きる伝説、小沢正光の至言・名言・暴言集」。小沢正光氏は、若い時分に出くわした「こわい」クリエイティブ・ディレクターのひとり、大先輩です。本書は、一緒に仕事をしてきた人たちが、彼から言われてずっと忘れられないでいる強烈な一言を挙げたもので、元々は社内限定の刊行物としてまとめられたもの。それが出版社の編集者の目にとまって、「誰が読んでも面白い! 絶対に面白い!」と一般発売に至ったのだそう。

  いくつか引いておきましょう。「今は、戦時だ。」「言葉で殺されたいか? それとも、拳で殺されたいのか?」「蕁麻疹(じんましん)か。一人前だな。」あたりは、広告を戦争、自らを軍人に喩(たと)えるこの人らしい言。理屈ばかりのマーケターには「戦っている俺たちが欲しいのは武器や弾薬であって、批評ではない。一般人は黙ってろ。」、新人が会議でぬるい発言をしようものならその先輩に「戦争の真っ最中に、弾丸(タマ)の込め方を教えている暇はない。」となる。「考え方は、3つあるだろ。正しい考え方、間違った考え方。そして、俺の考え方だ。」「俺への返事は、大きいハイ!か、小さいハイ……だけだ!」とキリがないのでこの辺にしておきますが、それぞれの言葉を挙げた人たちの愛情に満ちた解説コメントを併せて読むと、単に可笑(おか)しいだけではなくて、広告という仕事についてときに深い思考に誘われます。特にこうした「こわい」人と接したことがない若い世代に推しておきましょう。どう読まれるのか、とても興味があります。

イメージフォト

自分も本書に同氏の言葉を寄せるとしたら、ネット広告部署が初めて設立されてそこに異動した時に呼び出されて一言、「平塚、俺にITを教えろ。ただし5分で、だ。」かな(笑)。頭が真っ白になったのを覚えています。

本誌デザイン/阿部雪絵デザイン室

〔筆者プロフィル〕

1967年生まれ。1989年博報堂入社。マーケティング局〜博報堂電脳体〜インタラクティブ局を経て03年に退社、現在はフリーで活動中。(株)博報堂DYメディアパートナーズメディア環境研究所客員研究員、(株)博報堂プラニングハウスフェロー、(株)パズル社外取締役、(株)ants相談役、「宣伝会議」レギュラー講師。著書に「ポスト3.11のマーケティング」(共著)など。 http://blog.goo.ne.jp/omiyage22