通じ合うチカラ

2009.8・9/vol.12-No.5・6

  • この記事をクリップ!
  • newsing it!
  • Buzzurlにブックマーク
  • このエントリーを含むはてなブックマーク

人を説得する

 頭の切れる人が、正しいことばかり言っても、説得できないのはなぜだろう。たとえ正しさでねじ伏せるようにして勝っても、相手にこう言われてしまうことがある。
 「あなたの言っていることは正しい。でも私はあなたのことをきらいになった」

 説得は勝ち負けではない。説得は、相手の心に橋を架けるような行為、欲しいのは相手の「納得感」だ。
 たとえば、上司と部下が営業スタイルをめぐってもめているとする。
部下 「うちの営業のやり方は少々古いかと思うんです。それで、マーケティングをとりいれた新しいスタイルの営業をとりいれてみてはどうかと」
上司 「人はリクツじゃ動かん。宴会や接待、きみには一見泥臭く見える営業が、うちの会社を30年も支えてきたんだ」
部下 「アルコール・ハラスメントが問題になり、飲酒の強要が問題視される時代だというのに、接待一辺倒は危険です」
上司 「そういうことは成績をあげてから言え。きみははっきりいって中の下だ。せめて同期の鈴木くんぐらい成績をあげてから言うなら別だが」
部下 「鈴木だって、うちの営業スタイルには不満です。若手はみんな言っています。うちの営業は時代についていってないと」
上司 「自分の能力の問題を、会社のやり方の問題にすりかえるな!」
 説得のシーンで、対立する双方の言い分は、要約するとこうなる。
 「私が正しい、あなたが間違っている」
 「いいえ、わたしこそ正しい。あなたのほうこそ間違っている」
 ここが説得の落とし穴だ。自分が正しいと思っている人間は、容易に相手を「間違い」と決めつけ、ひいては、相手の人間性まで否定したり、傷つけたりする。しかし、考えてみてほしい。どんなに正しい意見だろうと、自分を否定したり、傷つけたりする人の意見を、積極的に受け入れようと思うだろうか?
 説得は正しさを競う競技ではない。

イラスト「相手を信頼してみる」。
タイトルカット&イラスト 伊野孝行

 人は正しさの度合いに比例して説得されるのではなく、むしろ、言っている人間に対するリスペクト、「この人がこう言うんなら間違いはない」「この人の言うことなら聞いてみよう」と心を動かされる部分も大きいのだ。
 つまり自分の信頼性=メディア力を高めながら伝えることが必要だ。たとえば、
上司 「人はリクツじゃ動かん。宴会や接待、きみには一見泥臭く見える営業が、うちの会社を30年も支えてきたんだ」
部下 「そうですね……。私は、マーケティングが好きですし、私としては、マーケティングを取り入れたやり方もあっていいと考えます」
 このように相手の言い分に対して否定はいっさいせず、ただ、「私は、こう考える」「私は、このようなやり方がいい」と、「私は」を主語にして、自分「一人分」の意見をささやかに、しかし、自信をもって、粘り強く伝えてみる。相手は否定されないので、あなたへの心証を悪くしない。「そういう意見もありか」と耳を貸す気にもなる。
 さらに、積極的な「理解」を伝える。
部下 「課長、私は、マーケティングを取り入れた新しいやり方を、自分の営業で試してみたいのですが」
上司 「人はリクツじゃ動かん。宴会や接待、きみには一見泥臭く見える営業が、うちの会社を30年も支えてきたんだ」
部下 「私自身、新米のとき、課長に同行させていただいて、A社のクライアントさんが心を動かすのを目の当たりにしました。すごかったですね! あのときの課長!」
上司 「……」
部下 「リクツでは動かない人の心を動かすとはどういうことか、学ばせていただいて、私は、課長のことも、当社の営業も、ほんとうに尊敬しているんです。そこにマーケティングが加わったら最強だな、と。夢が膨らんで……」
上司 「……で、それはどんなやり方なんだ?」

 理解や敬意を示されると、人は「ちょっと、この人の話を聞いてみてもいいかな」と心を動かされる。自分という人間に信頼の橋が架かるので、説得の言葉もぐっと届きやすくなるのだ。
 さらに究極の説得とは、「人を説得したいなら、説得はするな、相手に説得されろ」。
 どういうことかというと、たとえば今回のケースでは、部下は上司を信じて、上司のやり方に黙って沿ってしばらくがんばってみる。そこで成果を出し、そのあと説得をはじめる、ということだ。
 自分という人間を信頼してほしいからといって、「私を信頼してください」と口で言っても通らない。では逆に、こちらから相手を信頼してみるとどうだろう? 相手の一見、理不尽なやり方にも、相手を全面的に信頼し、全力で沿ってみる。
 相手にしてみたら、自分の理不尽な要求にも、黙ってついてきてくれて、惜しまず労を提供してくれる、となったら、嬉しいし、自分を100%信頼してくれる人間のことを認めざるを得ない。
 相手を信じて実際に行動してみる(=相手に説得される)ことは、口でどんなに理解している・尊敬していると言うより、相手に通じ、相手の心を揺さぶる。
 これは時間のかかるやり方だが、実際の行動を通じ、揺るぎない信頼関係が築けるので、以降の説得の言葉は、ぐっと通じやすくなる。
 説得に悩むとき、どう正しさを通すか、ではなく、どう相手と通じ合うか、どう相手と信頼しあうかで悩んでほしい。
 信頼のあるところ、説得は通る!

もどる