特集

2008.8/vol.11-No.5


特集1 対談 広告とアートディレクションの今

 アートディレクションの領域は、商品開発、建築など、大きく広がっている。ではそれは、広告の職能としてのアートディレクターとどのような関係にあるのだろうか。また、アートディレクターは今、どのような役割を果たしているのだろうか。長年にわたって日本の広告クリエイティブをけん引している二人のアートディレクターに対談してもらった。

――今日はアートディレクションがどう変わってきて、今、どんな役割を果たしているか、同世代のお二人にお聞きしたいと思います。

 中島 副田さんと僕とはほぼ同年代ですが、広告の作り手としての世代はちょっと離れているんですよね。
 副田 中島さんはアートディレクターとしてのデビューが早かったんですよ。ウールマークの広告で、28歳でADC最高賞でしょう。その中島さんが働いていたスタンダード通信社に僕も入社するのですが、僕の場合は下積みが長かったんです。
 中島 僕が学生のころは、ライトパブリシテイの細谷巖さんや秋山晶さんたちがまだ30代で、脂の乗りきった若手のプロとしてアメリカのDDB流の格調高い広告を次々と作っていた時代だったんですね。僕も、そういう広告を作ってみたいと思っていた。学生だったけれど、僕もDDBの影響を強く受けた世代として大きなくくりの中には入ると思います。
 ただ、DDBの影響を強く受けたと言っても、その世代では最年少のデザイナーですから、それなりに下手だったと思います(笑)。でも、先輩たちと同じものを作るのはどうかという意識もあって、下手なりに写真にドキュメンタリー性やリアリティーを求めたりと、DDBとは違うアプローチも追求しようとしていました。
 それが、僕の次の世代の人たちになると、むしろデザインをどう新しくしていくかという意識が強くなったと思いますね。副田さんが80年代初めに作ったサントリー「ナマ樽」の新聞広告は、それまでの格調が高くてきれいなビジュアル広告を否定するところから始めているんですね。
 副田 アートディレクターという職能もアメリカから来たわけだし、当時、広告を学んでいる人間にとってDDBはバイブルでしたね。だから、僕らも後から学んでいて、やはり、細谷さんのような“かっこいいデザイン”にあこがれていたんです。
 そういうかっこいいデザインというのは、コピーを主役には考えない。なぜなら、それはアートディレクターが脇役に回ることだからです。「ナマ樽」の広告で僕がしたことは、そういうかっこいいデザインと決別して、コピーを主役にしたデザインにしたことです。プリミティブなデザインの方が、人の心に伝わると思ったんです。
 中島 それもアートディレクションの一つの考え方ですね。

アートディレクションの領域

――そのアートディレクションですが、最近、領域が拡大していると言われています。具体的には、どういうことなのでしょうか。

 中島 広告の作り方は、アートディレクターによってさまざまです。しかし、どういう作り方をするにしても、あるメッセージやコンセプト、考え方を伝えるために我々は仕事をしている。
 商品を作って売っているわけではないし、建物を造って賃貸しているわけでもない。あるメッセージを伝えるための方法論を職業としている。そういう職業というのは、ほかにおそらくないと思います。それが具体的な形になったときに、広告になったり、グラフィックデザインになったりするわけです。
 では、そういう方法論を持っている人が、商品を作ってみたらどうか、建築を考えたらどうかというと、広告を考えるときと同じように、あるメッセージを伝えようとしてそれを考えるわけです。
 例えば、佐藤可士和さんが、「ふじようちえん」のアートディレクションをしましたが、「幼稚園の園舍全体が巨大な遊具なんだ」と考え、屋根もグラウンドにしてしまった。広告的なメッセージ発想がそこにあるんですね。アートディレクターは、メッセージのプロフェッショナルとして発想するんです。
 そういうように、最近は、これまで広告を作っていた人が、商品開発や建築、イベントプロデュースなど今までとは違うことをやり始めて、評価も得ている。アートディレクションの領域が広がったというのは、そういうことです。
 だから、アートディレクターが装丁をやる時も、いわゆる装丁作家の仕事としてではなくて、メッセージを伝える専門家としての装丁作りをするわけです。
 副田 本屋に置かれたとき、広告に見えるようにやるわけですよ。だから、その本にとってタイトルが目立つことが重要なら、本を美しく飾ろうとするよりも、文字だけにしようという発想をする場合もある。

ADCの成り立ち

――広告ではなくアートの世界に領域を広げた、ということではない?

 中島 表面的にはそう見えるものもあるけれど、メッセージを伝えるというアートディレクションの根本発想がそこにはあるということです。
 副田 でも、そういう誤解が出てくるのは、ADC(東京アートディレクターズクラブ)の生い立ちも関係しているかもしれない。
 ADCは、もともとは広告の職能としてのアートディレクターの団体として52年に設立されたんです。ところが、70年にグラフィックデザイナーの団体だった「日宣美」が解散して、ADCに加わったんです。そこから、ADCはアートディレクターとグラフィックデザイナーがいっしょになった団体に変わってきたんです。
 中島 僕の学生時代は日宣美全盛で、試作を中心にした展覧会をやっていた。そこに入選することがデザイナーの登竜門で、多くの学生が応募していたんです。ADCは、実際に媒体に掲載された作品を対象にしていた。僕は、実際にある条件の中で、本当に作ったもの、掲載されたもの、広告効果を高めたものを評価するのが本筋じゃないかと思っていたから、ADCのほうが本物だと思ったんですね。日宣美は、当時の僕にとっては興味の対象外で、そういう意味では、ちょっと変わっていた学生だったかもしれない。

広告に作家性は必要か

――よく副田さんは広告は匿名性だということをおっしゃっていますが。
副田1

 副田 もう少し正確に言うと、アートディレクションに個人の作家性が出る必要はない。しかし、広告は際立って差別化されたすばらしい作品性やオリジナリティーを持っていなくてはいけないということです。見る人が広告に個性を感じるとしたら、それはアートディレクターの個性ではなくて、その企業や商品を深く探って出てくる個性なんです。
 僕自身は、何通りかのデザインのスタイルを持っているわけです。だから、DDBのスタイルが効果的だと思えば、今でも使う。でも、それは僕の個性ではないですよね。広告をまじめに考えている人ほど、「広告の匿名性」にこだわるはずなんです。
 その典型が細谷巖さんの作る広告です。デザインがわからない人は「誰にでもできるじゃん」と思う。でも、それができないんです。すごいことなんです。雑誌の中のキユーピーの広告を見ればわかるけど、あの一ページだけ別次元なんです。派手ではなく、声高でもないけど、広告としてものすごく個性的なんですね。
副田2  もちろん、結果的にアートディレクターの個性がにじみ出ることはあります。プロ同士が見れば、僕が使う書体は限られているとか、絶対使わない嫌いな色があるとか、そういうことは必ずどんな表現にも出てくる。でも、僕はそれを出そうとしているわけじゃないんですね。
 だから作家性の強い人たちはやがて広告界から去るんです。無理なんですよ。だって、広告は商品やブランドの価値を高めるために出すもので、個人の作家性なんて求められてはいないんですから。
 中島 基本的には、僕も同じです。二つの視点があると思うんですね。
 一つ目は、一般の人たちに対して名前が出るか出ないかということで、そういう意味で広告は基本的に匿名です。広告はクライアントのもので、作った人が誰なのかは一般大衆には関係がないことです。 
 二つ目は、クライアントを含めた広告業界から見ても制作者は匿名的な位置にいるということです。基本的には企業や商品がまずあって、そこから我々は広告を発想するわけだから、企業や商品がメーンにある。それをどう魅力的に見せるかというのが我々の最大の仕事であって、自分をそこでどのぐらい出せるかは関係のないことです。
 ただし、副田さんは「にじみ出る」という言葉を使ったけれども、広告には所々に自分を十分発揮できる部分があるんです。そのときは制作者の個性が出る。でも、それは広告のメーンではない。メーンはあくまで企業であり、商品です。
 それから、最近は佐藤可士和さんがアートディレクターとして有名ですが、これは広告の匿名性とは別の問題です。それは、アートディレクターという職業を代表する“スター”をメディアが求めた結果なんです。例えば、車のデザイナーも本来匿名です。しかし、時折カーデザイナーが脚光を浴びるときがあるじゃないですか。でも、その人が有名になるのは、メディアがそれを求めた結果なのです。
 一方、ファインアートは広告デザインとは完全に違って、誰が作ったかでしょう。それにやや近いのが、アート系のグラフィックデザインです。そういう仕事は、本人の個性が100%出ないと生きないんですね。

中島1

Nakashima Shoubun
1944年愛知県生まれ。66年多摩美術大学卒業。スタンダード通信社、デザインオフィスナーク、J・W・トンプソンを経て81年ウエーブ クリエーションを設立、現在に至る。02年から多摩美術大学グラフィックデザイン学科教授も務める。 72年にウールマークの広告でADC最高賞を受賞。ほかにADC会員最高賞、日本経済新聞企業広告最高賞、日経流通新聞最高賞(4年連続)、日本宣伝賞山名賞など受賞多数。ウールマーク、ジャンポール・ゴルチェ、トヨタ・ウインダム、AIR DOなどの広告を手がける。


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