マーケティングの新レシピ

2008.8/vol.11-No.5


「自分にごほうび」してますか?

 日本は文化を輸入する意欲が旺盛だと思う。だが、単に輸入するだけではなく見事にアレンジしていく。たとえば食文化。アンパンなどはその代表だろうか。ラーメンを味噌味にしたり、うどんにカレーをかけたりと、例を挙げればキリがない。
 年中行事も、輸入してはアレンジする。代表例が2月14日のバレンタインデーだろう。男女が愛を誓う日は、いつしかチョコレートを贈る日となった。日本ならではのこの慣習の根っこについては、菓子メーカーや百貨店の仕掛けなど諸説あるようだ。だが、いずれにせよ日本独自の文化となったことはたしかだ。近年は「お返し」の日としてのホワイトデーも賑やかだが、これももちろん日本の風習である。
 このバレンタインデーのチョコレート・ギフトに、最近いろいろな変化が起きている。
 女どうしの「友チョコ」も学校では盛んなようだが、気になるのは「自分チョコ」である。調査によると、かなりの女性が買っているようなのだ。

本当に欲しいのは自分で?

バレンタインデーの平均予算

 2008年の1月に百貨店のプランタン銀座がおこなった調査は実に興味深い。「本命チョコ」「義理チョコ」に加えて「自分用にチョコを買う」人が41%にのぼるという。そして、その額も本命チョコの9割近くになる。
 実際に百貨店などのチョコレート・フェアに行けば、なるほどと思う。その熱気はすごい。もはや、バレンタインデーは、日本に世界中の名だたるチョコレートを集め、女性たちが品定めをするためのイベントとなっているのだ。
 それでも、かろうじて本命チョコのほうが額は高いのだが、女性の本音はどうなのだろうか。買った人に聞くと、みな似たようなことを言う。
 「一番食べてみたいのをまず自分用に買って、それから、少し高めのものを本命用に選ぶ」
 どうやら、これが真実のようである。男性が知らぬところで、女性たちは新たな楽しみを見つけているようなのだ。
 こうした流れを見ていくと、あるキーワードにたどり着く。それは「自分へのごほうび」というものだ。

流れを作ったあのひと言

 「自分にごほうび」という言葉もめっきりとフツーの言葉になった。だが、これは妙な言葉である。ごほうびとは、他者をほめ、与えるものなのである。
 「自分にごほうび」のようなことをした経験の有無を調べたデータがある。博報堂生活総合研究所の「生活定点」だ。それによると、こうした消費をおこなった者は98年以来増加傾向にあることがわかる。

「自分へのごほうび」として自分にプレゼントを買ったことがある

 全体的に若い年代ほど、こうした行動は多いようだが、もっとも目を引くのは20代男性だ。なぜ、こうしたことになったのだろう。
 女性がこうした行動をすることは、以前から指摘されていた。そして、その理由は、主に以下のように説明されてきた。
 女性は仕事で頑張ってもなかなか評価されなかった。制度上は男女平等でも、実態はなかなかそうもいかない。では、せっかくの収入は自分のために使っていいではないか……それで「自分にごほうび」という発想になったのだといわれる。
 そして、そのようなうっ積は男性にも及んだのだろうと思われる。忙しいのに、評価されている実感がない。給与も右肩上がりになるわけでない。
 そこで男性も「自分にごほうび」消費が増えたというわけだろう。だが、06年の数字は20代において男女とも減少傾向にある。少し、環境に変化が生じたのかもしれない。今後のデータがどう変化するかも興味深い。
 さて、この盛夏の折になぜバレンタインデーの話題を? と思われた方も多いかもしれない。だが、このテーマを今回取り上げたことには訳がある。実は、ある意味旬の話題なのだ。
 「オリンピック」に深く関係するのである。
 この「自分にごほうび」という概念は、最近のものだ。実は、先の「生活定点」でも96年以前は調査していない。そういう現象が表面に出てこなかったからだと思われる。
 転機になったのは96年のアトランタ・オリンピック。もう、お分かりだろう。女子マラソンの有森裕子が語った「自分で自分をほめたい」というひとことである。
 この年は、男女雇用機会均等法が施行されて、10年が過ぎた頃。張り切って会社に入ったものの、見えない壁にぶち当たって悩んでいた働く女性の心を見事に捉えた。
 「なかなか、ほめてもらえないなら、自分で自分をほめればいい」。これは、女性たちにとっては「発見」であった。そして、言葉が心を解放し、新たな消費を生み出す。時代を象徴する言葉であった。
 今年の北京でも、勝負や記録に注目が集まるだろう。だが、オリンピックはまた「言葉の祭典」でもある。人々の心を揺さぶり、感動を与える言葉の誕生を期待したいと思う。

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