インテグレーテッド・コミュニケーションの時代

2008.6/vol.11-No.3


浅くても多数にか、少数でも深くか

 次世代型のコミュニケーションの重要な課題のひとつに、「いくらリーチを獲得しても、コミュニケーション自体が浅くて刺さらないと、ひとりひとりには無視される可能性が高い」という状況がある。
 それだけ、現代の情報量は過多で、生活者はプッシュされてくる情報にスイッチを切ってしまうことが多くなっているように思う。
 逆に最初は少数でも、深くコミュニケーションできて、その生活者の一定以上のマインドシェアを獲得できると、発信力のある生活者によって多数にリーチしていく構造も望めないわけではなくなった。

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 まずは浅くてもリーチを取っていくべきか、最初は少数でもひとり当たりで多くの自己関与を獲得すべきかは情報の内容、商品サービスカテゴリー、競合状況、ターゲットの特性のほか、様々な要因がかかわってくる。しかし時代は、従来に比べて「まずはひとりひとりを深く捕らえる」手法に成果を見いだす傾向が強くなっていると思う。

 こうした環境のなかで、注目したい手法が、ARG(Alternate Reality Game)である。
 代替現実ゲームと直訳できるこの手法は、ターゲットである生活者を、あるコンテンツに没入させて深い関与を促すことでマーケティング目標を達成しようというものである。
 ARGはリアル世界とネット世界を一続きのプラットフォームとして扱う。そこに参加したときに得られるある種のドキュメント体験は、臨時ニュースに釘付けになっている状態に近い。
 ARGのスタイルが確立したと言われているのは、2001年スティーブン・スピルバーグ監督作品の『A.I.』の公開前プロモーションで、当時マイクロソフトに所属していたメンバーが、映画の登場人物を使った別のプロット(ある殺人事件)を用意し、その謎解きを参加者とともに進行させていくというものだ。
 参加者に体験感覚を強くもたらすARGは、ひとつのムーブメントを起こし、こうしたコンテンツ開発を専門にするプロダクションも次々に設立されている。ユーザーとして熱狂したファンがつくった会社もある。
 ARGが従来のゲームや参加型イベントと違うのは、ネットワーク上の「オープンソース」に似ていて、参加者の自主的で能動的な関与によってシナリオが推進されることである。単に誰かが作ったシナリオに乗っかっていくのではなく、参加ユーザーの選択や志向によってゴールやスクリプトがどんどん変わっていく。
 通常のゲームデザインは、分岐によるパターンの組み合わせで、一定のインタラクションを用意したもので、リセットしたり繰り返したりできるが、ARGでは現実のようにやり直しの利かない瞬間の連続で、非常にスリリングだ。基本的な設定とゴールまでの大筋はARGのリードライターによって創作されるが、実際の展開は誰も決めていない。参加者とパペットマスターと呼ばれるARGの進行役とのある種の駆け引きで進行される。
 そして、Alternateという言葉どおりに、それは現実と仮想の隔たりをなくし、我々をとりまく新旧様々なメディア(コミュニケーションチャネル)やチャンスに入り込んでメッセージを送ってくるように設計される。
 ネットだけでなく、リアル世界にもヒントとなる接点があると、没入しつつある人のマインドを相乗効果でいっそう刺激するだけでなく、リアル接点から新しい没入参加者を広げることになる。

 ARGの最も良い事例が、現在マクドナルドがオリンピックキャンペーンの一環として展開している「The Lost Ring」である。日本語を含む六つの言語に対応しており、規模からしても過去最大のARG手法のキャンペーンと言える。(http://www.thelostring.com/index.html
 ARGは、まずはひとりに対して深く関与してもらうコミュニケーションコンテンツを開発しようとする潮流のひとつだろう。
 今後も、従来の広告手法で招きがちな「いかにリーチがあっても、ひとりひとりには刺さらない状況」を打破する考え方が、メーンストリームに出てくるだろう。

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