経済カフェテラス 2008.5/vol.11-No.2

新入社員「パソコン禁止令」の効用
イラスト
 大学で教職に就いている友人たちと集まると、「学生のコピー&ペーストの見抜き方」が話題になる。
 学期末に試験の代わりに論文の提出を求めると、インターネットでキーワード検索して探した記事や企業のHPからそのままコピーして、自分の論文に貼り付けてくる学生が結構いるのだという。数ページにわたる原稿であっても、ざっと斜め読みして必要な個所をコピーして、自分の原稿に貼り付けるだけならせいぜい数分だ。「これにしよう!」という資料に出会うまでは、パソコンでいくつかのサイトを検索するという作業のステップも一応踏むわけだから、学生本人は「論文を書いた」とは思わなくても「仕上げた」という気分にはなるらしい。
 同じ丸写しでも、昔は、自分の手で時間をかけて書き写していたし、そもそも何を参考図書、いわゆるネタ本にするかにたどりつくまでが一苦労だった。つまり転記とコピー&ペーストは、鉛筆がパソコンに置き換わっただけでなく、そこにいたるプロセスに大きな違いがあるのである。もっともこんなことを威張ってみたところで五十歩百歩ではあるが。

“終身”志向か転職志向か

 この4月も大勢の新社会人が巣立った。今年の新入社員は大卒、高卒合わせて60万人ともいわれ、2年続けての大量採用であり、就職もいつの間にかすんなり決まったという印象が強い。
 4月1日の入社式は、人気タレントが出席して祝辞を述べたというテレビ局から、経費削減で式典なしという金融機関まで各社各様であった。入社式では、壇上から新入社員の顔を見渡しながら「5年後もうちの会社に残っているのは何人だろうか」と胸算用する経営者もいたはずだ。
 ところが意外なことに、社会経済生産性本部が行った意識調査では、入社半年たった社員で「今の会社に一生勤めたい」と答えた人が過去最高だったという。若者の考え方が変わったというよりも、経済の先行き不透明感や老後の不安が彼らの堅実な回答の裏にあるような気がしてならない。しかし、その一方で偏差値が高いといわれる大学の卒業生が、一生、ひとつところに勤めて、安定的なエリート・サラリーマン生活を送るよりも、転職によるステップアップを目指した生き方を選択するようになった。かつてなら官僚を目指したようなタイプの学生たちが、外資系やIT企業へ就職するケースが目立っているという。

タイトルカット&イラスト・谷山彩子
パソコンの効率性は曲者

 5月になると集団新人研修も一段落して、新人も職場でのデスクワークが始まるころだ。
 パソコンは仕事をする上でとても便利なツールである。もはやデータ管理も検索も事務連絡も資料作成も、パソコンなしでは考えられない。仕事の効率性も高い。サラリーマン人生の大半はパソコンと向かい合う時間であるといっても過言ではない。
 しかし、この「効率性」というのがなかなかの曲者である。ある中間管理職が嘆いていた。「数メートルしか離れていないのに、連絡事項はすべてメールで送ってくる」と。一言声をかけてくれれば、その場でアドバイスもできるし、意見も聞ける。メールは他人の仕事を邪魔しないという点でも効率的ではあるが、職場のコミュニケーションが減ってきた、と。
 またパソコンのもつ効率性とは、面倒なプロセスが省略できるということでもある。その「プロセスの省略」は時として現実感の喪失にもつながる。
 現実感がなければ、失敗も怖くない。すべてバーチャルである。現実感のないことの怖さは、最近のサブプライムローン問題でも指摘されている。サブプライムローンの借り手は、所得を自己申告するだけで、厳密な審査なしに、簡単に住宅資金の融資を受けたという。そのため「苦労して金を工面して、家を買った」という現実感に乏しく、家計が破たんしても後悔は薄く、「近い将来またローンを組んで何とかするさ」という他人事感覚の人が多いそうだ。
 パソコンにより仕事の効率が向上することはとてもよいことだ。しかし、パソコンでは検索できないこともたくさんある。また、パソコンを使えば、1億円を右から左に動かすことも瞬時であるが、慣れてしまえば1億円という大金の重さの実感も責任感も希薄になる。パソコンの世界では1と0が八つ並べば1億だ。

いずれ役立つ「まわり道」

 そこでこんな提案をしたい。「新入社員・1週間パソコン禁止令」
 「パソコン禁止令」とは、新入社員に、1週間でもパソコンの世界を離れて、時間はかかっても、コピー&ペーストではなく、自分の発想で汗をかいて仕事に取り組む努力をしてほしいということである。
 10年前にこんな新聞広告が評判になったといわれれば、それをパソコンで検索するのは簡単だ。しかし、できれば資料室にこもって、縮刷版を丁寧にめくってはどうか。時代の空気と一緒に、その作品にたどりついてほしい。そのまわり道は将来役に立つ。同じ課題を与えられても、他人とは違う答えが出せるはずだ。職場の人との膝をつきあわせたコミュニケーションも大切だ。
 企業は新入社員のまわり道を大いに認め、パソコンの世界から現実社会へと引っ張り出す努力をしてほしいと思う。
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