立ち読み広告 2008.1・2/vol.10-No.10・11

ライバルが手を組んだ、「事件。」だ
 事件は11月29日の朝、起きた。発生現場は朝刊26〜27面の下段である(この、スポーツ面というところがニクイね)。
 26面、『バガボンド』第27巻の発売である。あぐらをかく宮本武蔵……おや? ちょっと様子が変だ。手に持っているのはバスケットシューズではないか。一方、27面。こちらは『リアル』第7巻の発売。野宮朋美が手に持ち、しげしげと見ているのはワラジ。そう、井上雄彦のコミックの2大主人公がクロスオーバーし、同じポーズを取っているのである。
 これは事件だ。まず、同じ作家の最新作が2作同時に発売されるのが事件だ。しかも、『バガボンド』は講談社、『リアル』は集英社と、別の出版社から出ている。講談社と集英社は、よく「音羽 v.s.一ツ橋」などと言われるように永遠のライバル。しかもこの広告、よく見ると『モーニング』と『ヤングジャンプ』の最新号発売広告でもある。いうまでもなく両誌はターゲットとする読者層を同じくするライバル誌。日ごろはガチンコ勝負している両社両誌が、堂々とタッグを組んだのがこの広告だ。
 ちなみに、井上雄彦は両誌の表紙も描いている。連載を描き、表紙を描き、コミックスの準備をし、さらにこの「事件。」キャンペーン展開の準備も進めてというのだから、井上と彼のスタッフたちの仕事はどんなにかハードだったか。ウェブサイトをのぞくと、なんとこの時期に井上は脚の肉離れまで起こしている。

漫画界の危機感の現れ

 それはさておき、冷静にこのキャンペーンについて考えてみたい。何ゆえライバル誌が手を結ばなければならなかったのか。私はやはりここに今の漫画界の危機感があらわれていると思う。
 70年代以降の出版界を支えてきたのは漫画だった。ひところは「大学生が漫画を読むなんて」とあきれられ、「子どもに漫画を読ませるな」と主張する教育関係者もいた。だが今では笑い話。90年代前半まで漫画誌とコミックスの売り上げは伸び続けた。出版社も書店も漫画で食べていた。一見、漫画とは無縁に見える出版社も、漫画の利益で業界全体が潤うという構造の上に成立してきた。
 ところがバブル崩壊と長期不況で状況は一転した。漫画誌は部数も売上額も減っている。理由についてはいろいろいわれる。不景気、少子化、人気連載の終了、編集者のサラリーマン化……等々。一方で、漫画の国際的評価は高まっている。漫画は「MANGA」となり、アジアはもちろん欧米でもファンを拡大している。文化としての評価の高まりと、ビジネスとしての行き詰まりが同時に進行しているのだ。皮肉だ。
 講談社と集英社、『モーニング』と『ヤングジャンプ』が共同でキャンペーンを張るのは、そういう時代になったからである。会社の違いなんて読者には関係がない。読者はただおもしろい漫画を読みたいだけなのだ。出版社が手を組むことで、漫画がよりおもしろくなるなら、読者はいつも大歓迎だ。会社の壁も、企業グループの壁も取っ払い、「なんでもあり」の状態になったとき、漫画と漫画の出版は、また新たな魅力を作り出すことができる。これは希望を生み出す「事件」だ。

11月29日 朝刊

もどる