From Overseas - NewYork 2007.12/vol.10-No.9

「大盤振る舞い」というマーケティング手法
 MLBの年間王者を決定するワールドシリーズの初戦をテレビで観戦していて、驚いた。打者の後ろに位置する広告看板に、「Free Tacos for America(全米国民にタコス無料)」とあったからだ。広告主はワールドシリーズのメーンスポンサーのひとつである大手ファストフードチェーン、タコベルである。半信半疑で調べてみたところ、タコベルのHPのみならず、MLBの公式サイト、さらには全国紙USAトゥデーでの多色全面広告などでも告知されており、どうも本気らしい。
 ただし条件がある。それはワールドシリーズ全戦中、一度でも盗塁が成功すること。とはいえ、かなり現実的な話である。そしてボストンで行われた第2戦の4回裏、レッドソックスのルーキー、エルスバリー選手によってそれは成し遂げられ、彼は一部の人々の間でヒーローとなった。
 実際にタコベルは10月30日午後2時から5時までの3時間、ひとり1つずつタコスを無料で配布することを発表した。しかも、配布数の上限は設定されていない。となれば気になるのはコストである。レストランコンサルタント会社テクノミックの試算によると、通常77セントで提供されるこのタコスの原価は、およそ20セント。もし1分間に3個のタコスが配布されたとして、180分間では540個。さらに全米約6,000店舗が参加するので、20セント×540個×6,000店舗=約65万ドル、多く見積もったとして70万ドル(約8,000万円)ほどかかると考えられている。
 しかしニールセンによると、ワールドシリーズ関連でタコベルが投下した広告媒体費用は合計で560万ドル(約6億4,400万円)にものぼっており、それに比べるとかなり少ない。しかも平日午後、昼食と夕食の間に配布時間が設定されており、場合によっては試算ほどコストがかからない可能性もある。
 ちなみにタコベルは、2001年にもロシアの宇宙ステーション「ミール」が大気圏に突入した際、太平洋に浮かべた的に破片が当たったら無料タコスを振る舞うというキャンペーンを実施した。結果、的に破片は当たらず、タコスは振る舞われなかったが、想定されたコストをカバーするために保険契約を結んでいた。今回は保険を利用しておらず、このことからも今回の無料タコスのコストは織り込み済みだったことがわかる。
 またコストはかけても、このキャンペーンにより、むしろ得るものの方が多いとタコベルは考えているのだろう。まず、全米の注目が集まるワールドシリーズの試合中継中や各種スポーツニュースでこの話題が取り上げられること。さらに、それが口コミを発生させ、無料配布時にはこれまでタコベルに足を運ばなかった消費者を店舗に呼べることである。
 また同社は昨年、O157による食中毒事件や店舗でのネズミ大量発生事件が大きく報道され、客足が落ち込んでおり、これを回復させる良いきっかけになると考えていたことも想像にかたくない。
 事実、全米のブログでタコベルが取り上げられたケースは、盗塁が成功してから33%も上昇した(ニールセンBuzzMetrics調べ)。またロードアイランド州のある店舗では最初の2時間ですでに1,000個以上のタコスが配布され、車の行列も1.5kmを超えてしまい、店長が警察に協力を要請したことが地元紙で報じられるほどの盛況となった。特にボストンでは、エルスバリー選手のいるレッドソックスが優勝したこともあり、かなりの盛り上がりになったようだ。このプラスの企業イメージを維持するため、一般消費者から大歓迎されたこのキャンペーンは、今後も継続されることがタコベルの広報担当者により明らかにされている。
 なお、コロラド州デンバーで行われたシリーズ第3戦では、ロッキーズの松井稼頭央選手も盗塁を決めている。日本人としては彼に先に決めてもらい、タコベルヒーローになって欲しかったと、正直残念である。

10月30日付 USAトゥデー

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