こちら宣伝倶楽部 2007.9/vol.10-No.6

「雑誌」の再活性を応援しよう

イラスト 新聞とならぶ活字メディアとして、今回は雑誌のことを考えてみたい。伝統的な歴史のあるメディアで、日本雑誌協会はこの秋創立50周年の記念式典を開催する。それはそれでめでたいが、雑誌は全体的に見てこのところちょっと勢いがない。読者が散らばってしまい、誌別に少部数化して、06年下半期データでは前年同期比で2けたの伸びを示したのはたった9誌、そのトップは97.8%の伸びなのに、その発行部数は4万6521部でしかない。

ネット広告は陰のイメージ

 06年下半期の雑誌の販売状況、日本ABC協会のまとめだと、平均販売部数は週刊誌(47誌)で350万6233部、月刊誌(101誌)で1210万9977部で、148誌合計で2061万6210部となり、前年と比較できる130誌でみると前年比は94.7%、約100万部のマイナスになるそうだ。雑誌の販売部数の伸び悩みはずっと続いている。
 もうひとつ騒がれていることがある。インターネット広告との関係だ。04年実績でネットはラジオ広告を抜いて第4のメディアとなり、予測では07年実績で雑誌を抜くのはほぼ間違いない。インターネットは第3のメディアにおどり出るわけだ。さきの06年実績でその差は257億円にせまっている。すでにイギリスではインターネット広告への支出は、対前年比41.2%増の20億1600万ポンド、広告費全体のシェアは11.4%、これに対して新聞は全国紙への出稿額は0.2%増の19億ポンド、シェアは10.7%、つまりイギリスではインターネット広告は新聞広告をも抜いてテレビにせまる勢いにある。ちなみにテレビ広告費は前年比4.7%減の39億ポンドで、歴史と伝統あるメディアが大いに苦戦している。じたばたする必要はない。過渡期には過渡期の現象があるし、そのことで我を忘れた暴走をしないことだ。広告には公開性と陽のイメージがほしい。インターネット広告は閉じこもって私的な印象があり、陽ではなく陰のイメージがある。だから正確には伝える手段のひとつではあるが、メディアと呼ぶのが正しいかどうか、私には疑問がのこる。組み合わせて使いこなすことだが、新聞や雑誌がインターネットにひっぱる呼び込みのメディアになってはいけない。新聞は新聞、雑誌は雑誌として完成度の高い広告をつくることに手ぬきをしてはいけない。文字や言葉で伝えなければならないことの多さに気づくことだ。

雑誌の「兵糧攻め」

 例えは妙かも知れないが、雑誌はいま「兵糧攻め」にあっている。周囲からじわじわ囲まれて動きがとれず、兵たちは空腹になって戦力を失いつつあるという状況だ。インターネットという姿なき新兵器が次々と領土にくいこんでくる。旧式の武器はところどころで錆びて歯がたたなくなってくる。携帯電話の新サービスやBS、CS放送もパーソナルなサービスを充実させてくる。年間48億冊ともいわれるフリーマガジンも新興勢力であり、新しい強敵になっているはずで、60万部をこえる無料誌はすでに立派すぎるメディアだ。
 書店も減少している。かつては2万店を軽く超えていたのが今は1万6000店くらいで、大型書店の進出で小規模店は個性的な経営力のないところから淘汰されていくようだ。雑誌では店の個性を出したユニーク書店づくりにならなくなってきた。その雑誌そのものも、この40年ほどの間に誌数にして3倍、3600誌をこえるようになった。週刊誌は2倍で100誌をこえている。読者ニーズの多様化に対応しすぎるとこうなる。雑誌では儲からない体質をつくり、多誌少部数化は広告メディアとして広告主の戦力期待に応えにくくなっている。例の印刷証明つき部数の開示も全体の60%くらいでまだまだ不透明だ。出版社と取次店、書店との報奨制度をからめた葛藤も激しくなっている。全国に3000はあるといわれる公立の図書館の利用、貸出率が伸びているのも出版ビジネスには頭の痛いことだ。電子書籍も伸びて画面でみる読書習慣があり、コミックなどすでに100億円マーケットになっているそうだ。ドル箱だったコミックは新古書店の利用で求める店がかわりつつある。インターネットに抜く抜かれるが問題ではなく、若者の生活ぶりは印刷メディアのデジタル化をゆっくり正確にすすめるということ、そのなかでの存在感を築いていくのが課題だ。

つくりすぎないクリエイティブ

 女性誌の派手な創刊があった。ご祝儀広告なのか表紙まわりは同じような外資系の広告が飾る。雑誌のステータスを広告主のブランドイメージでつくるといういつものパターンだが、ページをめくると本誌のビジュアルより、広告の完成度の方がはるかに高く、逆に本誌のクオリティーが見すかされてしまうことが多い。
 それにしても女性誌はどうしてこんなに力んでつくるのか。郵便局の精密な計量にかけてみると、454ページの「MARISOL」は1510グラムあり、468ページの「GRACE」は1455グラムあり、652ページだての「ANECAN」などは2165グラムもある。缶ビール約6本分だ。身構えて読まねばならぬし、持ち歩くにはきつい。電車でつり革もって片手で読むのは不可能だ。
 話に出たついでだが、ビールは各社力作ぞろいはいいのだが、ビール、発泡酒、第3のビールに次いで次は第4のビールだという。売り場がごちゃごちゃになり、広告ではそれがビールなのか発泡酒なのか第3のビールなのかの区別がつきにくくなってしまった。売り場まで行くが欲しいのがどれかわからなくなって、すごすごと帰ったことが何度もある。活気があるようだが、ビールそのものは、その消費量で成人1人当たり96年69.1リットルが、04年には35.4リットルと半減している。種類を増やすことより整理して軽装化することだと思うが、雑誌も同じ課題を持っている。いろいろ取りそろえすぎる親切が、かえって選びにくく買いにくくして効率を下げているはずだ。大手化粧品メーカーが思いきってブランドを切り、ラインを整理して経営改善に成功した例もある。
 雑誌はもっとフランクに読めるように、その使命を再検討し、読者を上手にとりこんで、ものづくりの新発想に取り組んでほしい。購買寸前のメディアとして、雑誌は新聞とならんでその存在感を鮮明にしなおすことが新しい責任だ。

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