Creativeが生まれる場所 2007.6/vol.10-No.3

文庫本の110万部無料配布で「ゲド」友達を作る
1948年生まれ。法政大学中退後、広告プロダクションに勤務。75年、TCC新人賞受賞。「不思議、大好き」「おいしい生活」など西武セゾングループの広告で脚光を浴びる。98年、自身が編集長を務めるウェブサイト「ほぼ日刊イトイ新聞」(URL= http://www.1101.com/) を開設。1日に100万アクセスのサイトに成長させた。
 『ゲド戦記』はアメリカのSF・ファンタジー作家、アーシュラ・K・ル=グウィンの原作をもとにスタジオジブリが製作し、昨年、劇場公開された映画(特別協力=読売新聞)だ。そのDVD発売に先がけ、『ゲドを読む。』という208ページの文庫本100万部を無料配布するキャンペーンの新聞広告が掲載された。この大規模なキャンペーンの意図は何なのか。コピーライターの糸井重里氏に話を聞いた。

――結局、10万部増えて110万部の文庫本をフリーペーパーとして配るということですが。
 直接的な販売促進じゃない広告というのも、これが初めてでもないし、珍しいことじゃないとは思うんですよ。ぼくがデパートの広告をやっていたときも、「何を売ってます」ということじゃなくてやっていましたから、その意味では同じなんです。とくに『ゲド戦記』はル=グウィンの原作があっての映画ですから、原作の広い世界にタッチしないままで終わってしまうのが一番残念だったんです。
 シェークスピアの原作でこの間、西田敏行さん主演のテレビドラマ『王様の心臓〜リア王より〜』がありましたが、そのときに「あのドラマ、現代劇だけど下敷きはシェークスピアらしいよ」と言ってもらうことが重要だったんですよね。シェークスピアをおまけに、みんなにドラマを見てもらうっていう方法はあると思うんです。
 今回の文庫本もそれとけっこう似てるんです。どんなにDVDが売れても、日本のみんなが買ってくれるわけじゃない。買った人がほかの人と「ゲド」について話し合えるような下地を作りたかったんです。それで、みんなが喜んでくれることって何だろうと思って、本の形をまず考えた。ただ単にインターネットに原作を全文掲載してもだれも喜ばないですよね。『ゲドを読む。』を読むことによって、『ゲド戦記』の世界が広がる。その結果が販売促進になればいいと思ったんですね。

みんなが喜ぶ“販売促進”

――新聞広告のコピーに「新しい形の広告媒体として企画されました」とありますが。
 人間が一番の媒体ですから。「ゲド」について話し合えるツール、媒体としてこの本が配られる。「私も欲しい」とみんなに思ってもらうことで、媒体の連鎖が起こったらいいなと。
 最近、「これからはクチコミだ」と言われているけど、そんな簡単なことじゃないですよね。クチコミをお金を使ってこっそりとやろうとする会社まで出てきてるじゃないですか。どうやって消費者を管理するかを先に考えていると、最後は消費者に見放されますよね。自分がお客の立場になったときにイヤなことを、平気でやっているのが今の広告のダメなところですね。何のセールスにしても、「ぼくがもうけたいんで買ってください」なんて言われたら、買わないですよね(笑)。

――それにしても208ページの文庫本がタダというのはすごいですね。
 タダだから中身がおもしろくないとダメなんですよ。これが、タダじゃなかったら買ってくれるかもしれないけど、タダだから持って帰ってくれないってことはありうるんです。中身がちゃんとしていれば「これがタダって信じられない」って、そこで、もう一回驚いてくれるんですね。

――文庫本は、キャンペーンに賛同した書店などで6月6日から配布されるそうですが。
 事前に本屋やDVD屋さんにこのキャンペーンの話をしたら、「そういうことをしたかったんだよ」といって喜んでくれて、進んで配布に協力してくれることになったんです。最近は「これを買ったらこれが付いてくる」ような販売促進ばかりで、作品に寄ったプロモーションが少なかったと思うんですね。
 何万セット売れたという数字も大切ですが、これからもジブリ作品に付き合ってくれる人たちに「あれはおもしろかったね」「良かったね」と言ってもらえることが“見えない稼ぎ”ですよね。長い商売なんで、そのつど、採算がピッタリ合わなくてもかまわないという発想もあります。

――5種類の表紙ですね。
 内容は同じですが、表紙の色は5種類あって、どの色の本がどこに配布されるかは、わからないようになっています。5色そろえるために宝探しみたいに書店を探し回ったり、友達同士で交換したり、そういうやりとりがあると楽しいですよね。

――装丁はアートディレクターの佐藤可士和さんですね。

 ふだん本を読まない人たちにも「これ欲しいな」と思ってもらえるデザインにしたいということで、この本の形を考えたときには、佐藤さんしかいないなと思ったんです。本人に確認しないうちに、「佐藤可士和さんでやります」と言っていましたね(笑)。
 少し前まで、デザインは広告という大きな枠の中にあると考えている広告関係者が多かったと思うのですが、佐藤さんは、デザインという枠の中に広告があると考え直している。そこが面白いところなんです。今の時代に合っているし、ぼくも仕事がやりやすいところなんです。

メディアを超えて

――糸井さんがジブリの広告にかかわったのは『となりのトトロ』(1988年)でお父さん役の声優をしてからですか。
 きっかけは広告です。当時『となりのトトロ』と『火垂るの墓』が二本立ての上映だったんですが、原作の出版社が別々の会社だったんです。その2社の旗持ち役みたいな感じで広告にかかわったのがきっかけです。声優は、そのおまけみたいなものでした(笑)。

――糸井さんは以前、ジブリ作品の広告の仕事は「旗」を作ることだとおっしゃってましたが。
 「旗」というのは、その作品のシンボルになるものですね。例えば、東京タワーがなかったら、モスラはどこで繭を作ればいいかわからないですよね(笑)。やっぱり、いい商品やプロジェクトにはみんな「旗」があると思うんです。
 『ゲド戦記』でいえば、タイトルそのものでしょうね。翻訳は清水真砂子さんなんですが、「『ゲド戦記』って何?」と言わせるようなザラっとした奥行きのある響きが、この作品の「旗」になっている。

――糸井さんにとってジブリの広告とは何ですか。
 広告というより宣伝ですね。メディアを超えて伝えるのが宣伝。広告は媒体に合わせて作られるものだと思うんです。ですから一切広告を打たない、媒体を一つも使わない宣伝というのもありうるんです。

――メディアニュートラルということも、少し前から言われていますが。
 そう言いながら、実はみんな、自分の商売の都合でメディア論やクリエイティブ論を唱えて、曖昧なままでやり過ごされてきたところがありますね。広告のプロになってしまうと、本当にお客の視線には立てないし、本当の意味で「メディアを作る」ことも考えないんでしょうね。でも、それだとやっぱり、たくさんの人と友達になれないんですよね。

「ゲドを読む。」公式サイト= http://gedowoyomu.jp/

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