特集 2005.5/vol.8-No.2

本は変わろうとしているか
「セカチュー」メガヒットの背景にあるもの

映画も商品展開の1つ

――映画化も本を売るための1つのプロセスと考えている?
 菅原 映画化して本を売るという発想はしていません。本を売るためのマーケティング手法ではなく、映画化やテレビドラマ化も商品展開の一つと考えています。
 冗談ではなく、本気でよく言っていることなのですが、会社のそばに共立女子大があります。そこに行って女子大生に最近の直木賞のタイトルを聞いてもたぶんわからないでしょう。そのときに、映画化したタイトルを言って、「知ってる知ってる。見たい。原作も結構感動するのよね」という話を聞きたいということなのです。

――映画制作にも積極的にかかわっている?
 菅原 ぼくも石川も映画にかかわる場合は、「メディア企画室」という編集とは別の肩書を使っています。映画化する場合も、原作のスピリットを損なわなければある程度の改変はいいという考えです。映画作品、商品として一般の人たちが感動できるものに仕上げて欲しいという気持ちで、積極的に映画作りにも加わっています。映像作品も一定のクオリティーがなければ、原作のバリューも下がるからです。そこまで含めた展開を考えています。

――以前の角川映画を意識している?
 菅原 意識していますね。今やっていることは、手法としては角川春樹さんがやったことだと思います。ただ、元々の発想は、少年マンガ誌が無名の作家を育てて、同時に雑誌自身も成長してきたということからなのですが。文芸雑誌に掲載して作家デビューという今の小説のスタイルは、時代に合わない気がしています。

特別のものではなくなった本

――本に対する読者の見方は変わって来たと思いますか。
 菅原 というか、やはりメディア環境はずいぶん変わりました。昔の出版はエンターテインメントの中心で、文化の絶対的な権威に近いものがあったのですが、メディア環境の変化で、本という商品の位置が相対化されてきたと思います。

――本は特別のものではなくなった?
 菅原 活字離れという言い方がありますね。それには、こういうレベルの本を読まなければならないという発想が前提としてあります。そういう本を若者が読まなくなったから、活字離れという言い方をしている。こういう本を読めないと、文化の水準、民度が下がるという発想がたぶんある。そこに特権意識があると思うのです。
 もう一つは、コミックやアニメはサブカルチャーと呼ばれる。ではメーンカルチャーは何かというと文芸書、小説のことでした。メーンとサブという発想にも特権意識がある。
 ところが、弊社はマンガ屋なんです。市場イメージとしては「ピッカピカの一年生」の会社です。土壌が違っている。今の部署(出版局文芸)ができたのは4年前ですが、幸か不幸か、文芸の伝統があまりなかったので、小説とはこういうものだというテーゼが上から降ってこなかった。それが、仕事を自由に考えられた要因だと思います。

編集者も書店営業に

――編集の仕事が、以前とは変わってきたということでしょうか。
 菅原 旧来の文芸の考え方だと、本のことを編集者は「作品」と呼びますが、ぼくは表向きにには「商品」と呼んでいます。もちろん、一読者として読んで、おもしろいと思ったり、感動したりするときには作品です。しかし、それを宣伝や営業と協力しながら本にしていくプロセスは、「商品開発」しているという感覚です。

――編集というよりマーケティングに近い?
 菅原 いや、編集者のマーケティングには、やはり限界はあります。作家とやり取りして作品を仕上げるのに、まずかなりの時間をかけます。それが編集の仕事の中心です。原稿が上がると、最初にプレ版を作ってモニタリングをするのですが、それは営業主導で行います。そのデータを基に、宣伝の責任者である庄野が全面的なプランを作成して、編集と営業の3人が徹底的に話し合って1つの商品に仕上げていきます。
 しかし、本を作るまでは仕事の半分ぐらいですね。編集者も書店営業しますから。

マーケティングは後付け

――編集者自ら書店を回るというのは、なぜですか。
 菅原 そうすることで書店側の意識が変わってくるし、ぼくらも書店とのパイプが太くなってくるので、いろいろなこと、例えば「この本、読んだ方がいいよ」というようなことまで教えてもらえるようになる。編集者や作家が、この作品はすごいから読めと言っても、読むのは「お客さん」です。書店の人は、読者のことを「お客さん」と呼ぶんですね。「読者」というのは、文化のベールをかけた言い方だと思うのです。いい商品を開発して、お客さんに買っていただかないとめしが食えないという意味では、出版社はメーカーだと思うのです。

 庄野 それが出版社だから編集、宣伝、営業という単位で動いているだけで、一つのものを売るという点では、普通のメーカーがやっているごく当たり前の手法だと思うのです。

――本を売ることが、まず前提としてある?
 菅原 むしろ自分たちが感動したものを増幅するというか、共感してもらいたい。そのへんは昔とたぶん変わらないと思います。浪花節ですよ。人は誰だって時代の子だし、編集者も同じ時代の空気を吸っているんです。同じような文化背景で育ってきた以上、欲しいもの、感動するもの、必要なものには共通する部分があります。今なら、家族の紐帯が希薄になり、人間関係とはいかなるものかと誰でも考えている。なぜこんなに寂しいんだろう、なぜ充足感を得られないんだろう、生きる意味は何なんだろうと考えている。そういう時に、読んで感動する、これが欲しかったと言える本を出そうとしているだけです。

 庄野 その感動をより広げていくための方法論はあるが、後付けでマーケティングと呼ばれているだけです。だから、どんな本でも売れるとはまったく思っていません。

 菅原 本がこれだけ売れないから、どうしたらいいかということから始まっているだけなんです。今は、黙っていたら本は絶対に売れない時代です。メーカーの開発担当者がものすごく情熱的で、最高の製品だからと営業にプレゼンして、営業がそれを納得して売っている。それと共通と思います。

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