特集 2002.12/vol.5-No.9

デザインの時代
デザインという名のものづくり

 戦後からインダストリアルデザイナーの第一人者として活躍してきた栄久庵憲司氏は、グローバリゼーションは元寇と同じだと言う。資本優先の企業経営が、人と結びついたものづくりを忘れさせ、ものを提供する人と提供される人とのコミュニケーションをもなくしてきたと指摘する。人とものとの関係は本来どうあるべきか、デザインが今果たすべき役割について聞いた。
 
デザインは事業観

 数字の専門家、技術の専門家、いろいろな専門家がいるが、インダストリアルデザイナーは人間研究の専門家と思ったほうがいい。人間自身をよく見ていく。つまり、これはいい、これはいやだ、これは好き、これには同調する、これとはつき合いたくない、そういう人の思いに一番近いのが人とものとの関係だ。
 この服は私に合う、合わない。お金はあるが気にいらないから買いたくない。そういうことは、人の心そのものの動きを常に観察していないとわからないし、それがわからなければ、何をつくるべきかもわからない。それは、数字だけ見ている人には絶対にわからないことだ。たとえば、日本の経済が良くなったと数字で出てきたとしても、家族の風景がどう変わったかは想像できない。どう都市の風景が良くなったかも見えて来ない。逆に言えば、デザインは豊かさを形で見る。
 また違う言い方をすると、美しい花がほしい。しかし、その人には美しい花を買うだけのお金がない。それならば、なるべくその花の美しさを損なわず安くつくりましょうという仕事でもある。この考えをさらに深めていくと、自分がほしいものを人にもあげる。自分がほしいと思ったなら人もほしいだろうと思う、これは私が一番いいと思っているもので、しかも私が買える値段だから、人もそうであろうと演繹していく。インダストリアルデザインとは、そういう一つの事業観を持ったものだ。
 自分の一番いいと思うものを人に提供するのは最高に謙虚なことだ。ただし、これは、最大を尽くせば謙虚になるが、中途半端は不遜になる。ともかく、自分が一番いいと思うものを人に分け与えたい。これはデザインに道を求める者として絶対に必要な信念だ。
 一方で、デザイナーは一種の商人でもある。商人とは、物販の提供をする存在で、相手がわからないと商人にはなれない。相手がこういうものがほしい、ああいうものは嫌いだということがわかって、初めて商人はそれを提供できる。そういう意味で、デザイナーは商人としての資質も必要とする。
 デザイナーとは何か。好きな話が二つある。紀伊国屋文左衛門のみかん船の逸話と堺の商人の話だ。堺の商人は、茶室にポルトガルのキャピタン(船長)を招いてもてなし、コミュニケーションを図った。茶室は、直接言葉の通じないキャピタンと心を通じさせる一つのデザインだった。茶の道を完成させたのはその堺の商人だった利休だが、彼はソフトの重要性を心得ていて、それをハードに置き換えた。
 そこにはなんら生産会社は入っていないが、結果的に見たときに、築き上げた茶の道のお陰で、茶の産業が発達し、建築が発達し、造園が発達し、陶器が発達し、衣服が発達し、立花、香の産業すべてが立ち上がっていった。

人とものとの関係を築き直す

 今の企業は、仕組みで生きていて、質で生きていない。違う言い方をすると、資本優先で、人と結びついたところでものを考えていない。企業の中にも、見事な小型利休がいっぱいいるはずなのに、それが全部つぶされてしまって、ものを提供する人と提供される人の間にコミュニケーションがなくなっている。
 たとえば、お茶を一服いただいた後に茶わんをめでる。どなたの作品ですか、どこで焼かれたものですかということで、生産会社、生産工場、生産責任者にまで話が及ぶ。今の商品はせいぜい企業名止まりだ。何々技術部何々課の何々係のだれが実は担当したと言われることはない。そういうコミュニケーション術、人とものとのかかわり合いの文化の在り方が今はない。めで方の文化も、伝え合うコミュニケーションの文化もなくなっている。
 ものが不足していた戦後、食べ物がないときに、握り飯を出されたら確かにおいしかった。しかし、飢餓寸前の状態では、そのおいしいでおしまいになってしまう。それを提供した自然に対する感謝はない。生きるだけで精いっぱいだったから、これは致しかたなかった。ところが、高度経済成長後も、日本人はなかなか原点に戻れないままでいる。
 環境問題は、まさに人とものとのかかわりの原点を見なければならない問題なのに、それを科学一辺倒で見ようとしている。生きているものに対する感謝、自分が木々に囲まれている感謝を忘れている。同じことが人間同士でも、母親に対しても、父親に対しても、兄弟に対しても起こっている。そして、「経済活動がすべて」の最低の生存状態の中にいる。
 経済学に喜びや幸福の項はない。衣食足ったけれど礼節を知らずの状態が続いている。普通は、衣食足れば人間はおっとりつき合える。それが日本の戦後は、衣食足らざれば礼節を知らずとも良しということで、虚礼の廃止がすすんだ。それと同時に、長い間培ってきた、人にとって一番大事な礼儀や人を思いやる気持ちまでなくしてしまった。
 ものというのは人間と人間の間を動いている。だから、その動きまで見えなくなってしまった。人とものとの心のかかわり合いを、基本から築き直さなければいけない。

時代をつくってきたデザイン

婦人用自転車・クイーン号  西欧ではデザイナーの地位が高い。日本では少し前まで、式典などの席順は、弁護士の後に法律家、小説家と並び、真ん中あたりに絵描きがきて、建築家が絵描きの前、デザイナーは端っこの端っこだった。
 ところが、いまのフランスやドイツでは、デザイナーはトップレベルの地位にいる。それは、イギリスのアーツ・アンド・クラフツ運動、フランスのアールヌーボー、ドイツのバウハウス運動と、デザインが時代をつくってきたからだ。たとえば、電気掃除機は産業革命を人とつないだものだ。それがデザインだった。だから、西欧では今もデザイナーの地位が高い。
 戦後はアメリカのジープがすごいとか、GIのチョコレートがうらやましいから始まって、日本にはないものへのあこがれがあった。そんな中でわれわれは、ただ、ものの充足ではなくて、やはりそれだけの美しさがほしいと思った。それが日本なりにできないものかという思いから、デザインを専攻した。
 戦後しばらくは、世の中も決して分厚くなく、日本でもデザインがいやというほど人々に近かった。学生時代に今の会社の前身である「GKグループ」を仲間とつくっていたが、丸石自転車からデザインの依頼があった。当時、自転車といえば黒が当たり前だったが、白に近い灰色にピンクをあしらったしゃれた色にした。それは、空襲警報や闇を連想させる黒ではなく、明るい時代の色にしようという私自身の思いだった。おそらく人々もそう思うに違いないという気持ちだ。人々も明るい時代を望んでいて、その自転車はブームになった。
 人には、思いだけはたくさんある。見せられて初めて何がほしかったかがわかる。そこを察するのがデザインだ。しかし、企業はデザインとはそういうものだと位置づけて来なかった。あえて言えば、経営陣は有効性だけ、計算ができ、数字に置き換えられるもの以外は全部だめにしてきた。
 好ましい、美しいはお金にならないから、評価の対象にならない。アンケートを取れば美しいと言った人の数はわかるが、そうすると必ず経営層の多くはまた、その美しいはどの部分のことだと、話がどんどん細分化されていく。もちろん、デザイナーはそれを切り返そうと努力はする。GKデザインはフリーだからまだ救われる。屁理屈が過ぎる企業の仕事は断ることができるからだ。あなたたちの求めは聞きます。しかし、その求めは何かをよく知らせてほしい。そうしないと、真っ暗な中を歩くようなことになる。
 西欧のデザイナーの大半はフリーだ。会社の中でもフリー的位置に置かれている。一応組織に組み込まれているけれど、相談役に近い位置にいる。だから、そこだけは治外法権が守られている。

よじれたままの日本の近代化

 西欧では、戦後の時代をつくるための議論を、当時の哲学者、美学者がちゃんとしていた。ところが、やっと立った日本民族の目の前には、絢爛たるジープが走り、ハーシーのチョコレートが走っていた。そういうものを見せられたら哲学者、美学者に出番はない。かろうじてわれわれを救ってくれたのは、西田幾多郎くらいだ。戦争中は天皇陛下、今は民主主義。これは矛盾だ。しかし、矛盾であったとしても人は生きられる。禅宗的なむずかしい話だが、それでわれわれ当時の若者たちは救われた。
 戦争に敗北してからの日本の近代化は、よじれた状態が続いている。今は、そのよじれた状態を直さなければならない時期だ。戦前の近代化からそうだが、日本の文化の様式、構造、全部が乱れに乱れてきた。ある意味では文化戦国の世といってもいい。どれもみんな一瞬は目立つ。しかし、すぐつぶれてしまう。トータライズがなかなかできない。
 ものをつくるというのは、直接あなたの心がわかっていますというのが一番いい。デザイナーの地位の問題ではなく、人間の真心をどう伝えるかということだと思う。
 利休の時代は、それまでの文化をきれいに束ねていって、総合文化をつくっていった。しかも、人間の一番基本的な部分である食べ物に全部を集約して、茶室に入れば身分の差はない世界をつくっていった。「ジャスト・フォー・ゼム」ではなく「ジャスト・フォー・ユー」、貴族や侍のためではなく、「あなた」のために。そういう時代が、日本にもかつてあった。
 いまの時代も同じだ。だれでもいいから、やはり自分の信念を届けなければいけない時期が来ている。政治家、学者、あるいはいろいろな専門分野の人たちはもちろんのこと、普通の人々に一番近いところにいるデザイナーが叫ぶ必要がある。そういう意味では、芸術家は時代を引っ張っていくために重要な存在だ。芸術家のさらに民主的な存在がデザイナーだ。デザイナーは人々を後ろから支え、時には人々の前を歩く。立って人々を引っ張っていくべき存在なのに、今はそういう意識が弱い。企業や経済に押し込まれている。
 はじめにも言ったが、デザイナーは、人を知る専門家だ。人にはこういう習性があるというような生態的な人間も知らなければいけない。文化人類学的人間、哲学的な意味における人間の存在、社会学的な意味の人間を知らなければならない。専門的に深く知る必要はないが、総合して人間を心得ている必要がある。そういう点では、デザイナーは哲学者に近い。人間をおしなべて勉強するという意味では僧侶と近い。

●道具寺・道具村構想
道具寺・道具村構想

 栄久庵氏が構想している「道具寺・道具村」。ものを供養する道具寺を中心にさまざまなデザイナーのアトリエが並ぶ。デザイン大学、ハイテクアトリエ、ローテクエリア、研究発表の場や、デザインの売買を行う楽市楽座。池にはロボットの魚、ロボットズー。引退したデザイナーが暮らすエリアも設けられている。「道具寺・道具村」は、栄久庵氏のIDデザイナーとしての集大成であり、夢多きユートピアでもある。

人とものとの思いをつなぐ

 人間は精神と肉体を持っている。精神の在り方、肉体の持つ切ない思いを間違ってとらえると、自分が四分五裂する。自分が四分五裂すると、人間関係が四分五裂になってしまう。自殺を選ぶか、逃避行を選ぶか。その精神と肉体をなんとか結びつけたのが宗教だった。それは、けっこうがんばってきた。精神と肉体から、今は人間という生命個体とものの関係に問題が移ってきている。
 人間が道具を使い始めたころ、人とものとの関係は簡単だった。棒きれや石ころぐらいでずっとやってきた。それが次第に、道具をなくしたら生きていかれないほど密接な関係になってしまった。この五体に衣服がくっつき、電車が、建物が、飛行機がくっついている。あらゆるものがくっついている。つまり、精神をはずしたら肉体が成立しないのと同じで、ものをはずしたら人間は成立しないという関係になっている。そこに、どう人間はものに対処しなければならないかという哲学が、必ず出てくる。かつての日本にはそれがあった。しかし今、その人とものとの関係がいいバランスを保っているか。哲学はあるか。
 人とものとのかかわり合いの中で、一番いい関係を考えるには、どこから考えていったらいいだろうか。もっともわかりやすいのが、自然環境の問題だ。
 実際の環境問題に対する対応を見ると、CO2はどうだ、オゾンはどうだと、科学一辺倒で見ようとしている。しかも、人間の生存のために木を切ってはいけないと言っている。人間だけ生きようとしている。そこに問題がある。
 しかし、自然を征服しようとしていた科学の位置づけも、だんだん変わってきている。つまり、自然から材料をいただいてものをつくっていかなければならないというところから、ものを考えなくてはならないという方向に変わってきている。
 デザイナーは人の心をよく察する専門家だと言ってきた。しかし、人間には自然の心、川の心、空の心はわからない。だから、これからのデザイナーは、神経をピカピカさせながら、人の求めている思いと自然が求めている思いをつなげて、ものをつくっていく。進んだエコロジカルな技術もその中に組み込んでいく。インターネットで世界の情報もとれるわけだから、それも吸収していかなければならない。デザイナーは、これから大いなる勉強を必要とする時代が来ている。

ユートピア論の必要性

 いま地球の人口は約62億人だが、あえて言えば、そのうちで近代デザインの恩恵を受けているのは一割にも満たない。6億人を除いた人類の大半が近代化以前の状態で暮らしている。違う言い方をすると、近代デザインはそこで止まってしまった。つまり、近代化というウイルスは、そこで暮らす人々の心に入っていけなかったということだ。
 逆に、日本はそうした外からの文化に最も浸透されやすい国だ。中国の唐の時代からそういう体質を持っていた。これからは、日本の持っている非常にアジャスタブルで、しかも臨機応変な性質が世界に必要だということを、日本がリーダーシップをとって言っていくべき時代だと思っている。
 62億の人類の9割が近代化の影響を受けていない。これを何とかしたいということで、私自身も、3年前に世界デザイン機構、Design for the Worldをつくった。本部がいまスペインのバルセロナにある。
 近代デザインと言っても、グローバリゼーションのことではない。グローバリゼーションは明らかに強い者勝ちという世界だ。それは、アメリカニズムの世界征服ということだから必ずどこかでぶつかる。
 グローバルなどと英語を使うから意味がわからなくなるのであって、元寇と思えばいい。アラブ諸国などさまざまな国が、それで怒るのも無理はない。何千年の伝統が崩れるからだ。森から動物がいなくなり、きれいな極楽鳥が、神々がいなくなるのだから、それは当然のことだ。
 モダンデザイン、ポストモダン、いろいろな言葉があるが、それが今、全部うまくいかなくなっている。それを再び見直していかなければならない時期が明らかに来ている。
 それには、地球というレベルから、人とものとの関係を考え直していかなければならない。イデオロギーやイスラム、キリスト教といった宗教が成立する以前から人とものとのかかわり合いはあったわけだから、その元へ帰っていく。それは、一種のものに関する地球教みたいなものになるのではないかと思う。
 そういう意味のルネサンスが、デザインの世界から起こってほしい。今必要なのは、人とものとのかかわり合いのユートピア論だろう。

栄久庵憲司氏 Ekuan Kenji
 1929年東京生まれ。55年東京芸術大学卒業。1957年GKインダストリアルデザイン研究所設立、所長となる。 1973年第8回世界デザイン会議実行委員長。1989年世界デザイン博覧会 総合プロデューサー等を務める。現在GKデザイングループ代表、世界デザイン機構会長、国際インダストリアルデザイン団体協議会名誉顧問ほか。79年ICSIDコーリン・キング賞、97年フランスより文化勲章受章、2000年勲四等旭日小綬章。著書に「道具論」(鹿島出版会)、「幕の内弁当の美学」(ごま書房)など。




ブランド資産の継承とデザイン
中村史郎氏→


ビジネスモデルとしてのデザイン
冨狭 泰氏→
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