特集 2002.10/vol.5-No.7

活字文化・出版文化を考える

大澤真幸氏 状況への発言 西垣通氏

  情報学の西垣通氏は歴史小説「1492年のマリア」を7月に、社会学の大澤真幸氏は「文明の内なる衝突」を6月に出版した。状況に対して常に積極的な発言を続ける二人に、執筆の動機と問題意識の在処を語ってもらった。対談は、9.11同時テロから一年後の9月12日に行った。
 
1492年の持つ意味

 西垣 『1492年のマリア』を書いていた時に9.11テロが起きました。あの事件は、まるでグローバライゼーションのつまずきの象徴のようです。グローバライゼーションとは何かと考えた時に、アメリカ、そしてイスラエルの過去にさかのぼらざるを得ない。
 15世紀までのイベリア半島はユダヤ、イスラム、キリストの三つの宗教が共存していましたが、1492年にスペインがグラナダを征服し、レコンキスタ(国土回復運動)が成就する。同じ年にユダヤ教徒が追放され、その後すぐイスラム教徒も追放されていきます。1492年は、キリスト教勢力から見れば純化の年であって、ナショナリズムの萌芽がはっきりと出現した年でしたが、同時に、コロンブスがアメリカ大陸を発見して、グローバリズムの始まりの年でもあった。
 ユダヤ人もキリスト教に改宗すれば居住は許されましたが、隠れユダヤ教徒ではないかと異端審問にかけられれば、厳しく拷問され、多くが死刑、財産没収という道をたどりました。当時のスペインのユダヤ人たちは非常に厳しい状況に置かれていたのです。実はコロンブスの航海の出資者は、サンタンヘルという改宗ユダヤ人の財務長官をはじめ、何人かの有力な改宗ユダヤ人ネットワークでした。また、蔵書の書き込みなどから推察すると、コロンブスも単なるジェノバの荒くれ船乗りではない。大変な教養人で、おそらくは改宗ユダヤ人だったと考えられます。こうして、ユダヤ人が約束の地を求めて、新大陸アメリカを発見したという、アングロサクソンとまた違ったグローバライゼーションの側面がわかってくるのです。

 大澤 西垣さんが小説を書くとは思っていませんでしたから、本をいただいた時は本当にびっくりしました。西垣さんがこれを書き始めたのは……。

 西垣 去年の春ごろからですね。

 大澤 そうですか。ぼくも、テロの衝撃で『文明の内なる衝突』を書いたのですが、その問題意識は、グローバライゼーションとは何かということと、そういうグローバライゼーションの中でこそ普遍性は求められていくわけだけれども、それはいったい何だろうかということです。小説を読んで、そういう問題意識が、非常に共通していると思いました。
 9.11テロは、やはり宗教の問題を抜きにして考えられません。特に、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教といった一神教の問題を避けて通れない。キリスト教的なものから出てきたものが大まかに言えば近代ですが、その限界が見えてきた。一方、イスラム教にもやはりイスラム教の限界があるわけで、それをどう乗り越えていくかという問題が一つあります。
 もう一つ、きょうの話のきっかけにしたいのは、新大陸の問題です。西垣さんの小説は新大陸に渡る前が話の中心になっていますが、新大陸は当時のヨーロッパの知識人にいろいろな想像力をかき立てていました。
 ジョン・ロックは『社会契約論』を書いた17世紀の思想家ですが、その本の中で彼は、社会にはまず自然状態があって、それから社会契約後の秩序のある状態になると言っています。自然状態は論理の問題としてあるのではなく、実際にある。それがアメリカ大陸だと言っているのです。17世紀になっても、ヨーロッパ人にとってアメリカ大陸はそういう世界に見えていました。
 それで、テロが起きて、ぼくはなにか不思議な感覚を持ったのです。アメリカの空爆が行われていたアフガニスタンは、あれこそ自然状態に見えるのです。つまり、社会秩序以前の生の人間がそこにいる。他方、グラウンド・ゼロの映像を見ていると、ニューヨークの真ん中にアフガニスタンの爆撃された地面が露呈してきたみたいなイメージが浮かんで来る。自然状態が、アフガニスタンというグローバライゼーションの周辺部にあり、同時にその繁栄の中心にもある。
 今、最も文明化された場所がアメリカのように見えますが、長い間ヨーロッパ人にとって自然状態の社会とはアメリカであったわけです。アメリカの中に封じ込められていた自然状態が、9.11テロで表に出てきた。そんなイメージを持ったのです。こうしたことを考えていると、西垣さんの小説と、現実に起きていることがシンクロしてくるのです。

一神教の中の対立

 西垣 パレスチナ問題は非常に根が深くて、第一次世界大戦最中にイギリスは、アラブ人にトルコからの独立を認める一方で、パレスチナにユダヤ人の国をつくることを約束した。しかも、その裏で、イギリスとフランスでシリア・パレスチナとメソポタミアを分割統治する話をまとめていて、その結果、1922年にパレスチナはイギリスの委任統治領になってしまった。
 ビンラーディンが「80年間われわれは苦しんできた」と言っているのは、このことだろうと思うのです。それは同時にユダヤ人たちにとっても裏切りだったわけで、その後もパレスチナには混乱状態が続き、アメリカの後押しで1948年にイスラエルが建国される。その背景には、ナチスのユダヤ迫害もあるし、石油の利権をめぐるアメリカの後押しもあったかもしれません。テロの時もそうでしたが、こうした一神教徒同士の確執にわれわれはあまりに無知ですね。

 大澤 9.11テロは歴史的な背景を考えなければいけないのはおっしゃる通りです。単純な利害だけならお互いどこかで妥協点を見つけ出せばいいのですが、やはり、それが解決できない問題になってしまっているのは、イギリスの日和見主義的な約束もありますが、その背景に両立不可能な世界観の違いがあるからです。
 ところが、よく考えてみると、対立するものは本を正してみると同じものです。つまり、大まかに言うと、キリスト教由来の文明と、イスラム教に近い文明とがぶつかったわけですが、キリスト教にしてもイスラム教にしても、極論してしまえばユダヤ教の分派です。
 おそらくユダヤ教に二つの可能性があって、それぞれを極端に進めたのが二つの宗教です。ユダヤ教の中にはメシアニズムがあって、それを徹底させたのがキリスト教であり、また、ユダヤ教は、土俗的な共同体の神ではなく、もっと普遍的な神を求める方向性がありますが、それをさらに徹底して純化していったのがイスラム教です。大まかに言えば、ユダヤ教の中にあった二つの可能性をそれぞれ純化させていって、二つの宗教とそれらに対応した文明が出てきたと思うのです。
 ところが、元々多神教の日本人にとって一神教はわかりにくい。それでもキリスト教にはなじみがあるのは、西欧がキリスト教圏だからです。つまり、世界の覇権を握っている地域がキリスト教文明だから、自然と日本に入って来たことがあります。しかしイスラム教に対しては、たいていの日本人は極端に無知です。


Nishigaki Toru
1492年のマリア1948年東京都生まれ。東京大学工学部卒。東京大学大学院情報学環教授。著書に、「1492年のマリア」(講談社)、「IT革命」(岩波新書)、「刺客(テロリスト)の青い花」(河出書房新社)、「ペシミスティック・サイボーグ」(青土社)、「デジタル・ナルシス」(岩波書店、サントリー学芸賞)、「AI」(講談社現代新書)ほか。
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