特集 2002.1/vol.4-No.10

新聞広告のコミュニケーション力新聞広告のコミュニケーション力

 2002年が明けた。21世紀最初の年は、新しい時代が過去の延長線上にないことを示した。米国流のグローバル市場も、ITも、右肩上がりの成長を保証してはくれない。メディアをめぐる環境も同じだ。多くのメディアが登場する中で、コミュニケーションの視点から、その役割を見つめ直すと新しい課題が見えてくる。社会生活の基盤を支えるメディアである新聞、そのコミュニケーション力を改めて考える。
 
 岩田 振り返ってみると、昨年は時代が変わったことを象徴するいろいろな出来事が起こった年だった気がします。まず、小泉政権の誕生と選挙があった。それから、狂牛病、アメリカの同時テロの問題があった。この三つは、これからの広告の流れを大きく変えるきっかけになったのではないかと思っています。新聞広告はいままでのスタイルから変わったという実感がある。企業の説明責任を果たす広告やモノを売るためだけではない広告が増えてきている。
 商品を売るための広告はテレビを中心に展開されてきましたが、最近はモノが売れないという声が大きくなった。また、これからはインターネットなどを利用したワン・トゥ・ワンだ、顧客囲い込みだと言われていましたが、今すぐには大きな効果は望めないことがわかってきた。それで、広告の使い方、マスメディアの役割をもう一度見直してみようというのが、この一年の広告の動きではなかったかと思うのです。
 中途半端なことでは、このデフレスパイラルを生き残れないことが企業もわかってきた。今までの広告の仕方やコミュニケーションのあり方をもう一度見直そうという時代になってきたと見ています。
 それで、きょうは従来言われている新聞広告とはこうだという考え方を離れて、これからの新聞広告の役割をお話し願えればと思います。

岩田氏人は納得してからモノを買う

 池田 モノが売れない時代とずっと言われてきていますが、まず、新聞広告とテレビコマーシャルを比較して考えてみたいと思います。テレビは初めからあるジャンルのものを買うと決まっている人には大変効果的なメディアです。人間の短期記憶は限られていますから、積極的な購買意欲がないと記憶にインプットされにくい。
 岩田 普通、テレビは欲望を喚起するメディアと思われているけど、そうではない?
 池田 これは非常に重要な点だと思いますが、確かに、テレビはインプレッション、印象をかき立てる力をもっています。しかし、それが直接効果的に働くのは何か買いたいものがある時です。そうでなければ、おもしろい、楽しい、という印象で終わりかねない。その場合には、別の機会にテレビで見たことを再認させないと、効果が出にくい。テレビは実際に売り場に行ったり、街中を歩いているときに商品を思い出して、初めて購買行動に結びつく合わせ技のメディアでもあるのです。
 ところが、買うものが決まっていないとか、印象よりは抑圧を作り出す状況もあるわけです。特に、最近のように不況で、なおかつ海外旅行も不安だ、牛肉も食べていいのかどうかわからないということですと、みんなが一歩ひいた姿勢でテレビコマーシャルを見るわけです。
 そうすると、街の中を歩いたときにテレビコマーシャルの記憶がたやすくよみがえるかというと厳しいものがある。もっと根本から納得しないと行動と結びついていかない。商品やサービスを購入する前に、もう一回考え直してみることが必要な状況が出てきています。
 海外旅行でも「飛行機に乗るのは危険なことではないし、今ならアメリカの西海岸にたった3万円で行けます」ということを、みんなに納得してもらう必要が出てきています。テレビの15秒スポットでハワイの景色を映しても……。
 岩田 それは、なかなかむずかしい気がしますね。
 池田 単に旅行に行きたいからではなく、社会全体のことまで考え、行ってもいいだろうという気持ちにならないと決断はむずかしいと思いますね。
 岩田 確かに狂牛病とかテロとか、いろんな外的要素で今までとは違う切り口の広告が新聞に登場したのですが、そこで新聞がメディアとして選ばれたことにも意義があったと思いますね。よく言われることですが、やはり、新聞の信頼性がこういうときは必要とされているということだと思います。
 梶祐輔氏がお書きになった「広告の迷走」にその辺のところは詳しく出ていますが、戦後、日本がモノ不足の時代だったころは、新商品を出せば売れる時代が続いた。大量生産、大量消費で広告は商品を売るためのコミュニケーションだということで長い間来てしまった。しかし、ずっと売れ続けるはずもない。
 池田 今は家電や自動車も、5年で買いかえていたのを10年使うようになってきていますし、省エネや環境の問題も考慮しなければならなくなってきています。人々は、納得しないとものを買わなくなったし、これから、そういう状況が増えてくると思いますね。

ターゲットの周辺に伝えることの重要性

 岩田 新聞にはデータがないと言われますが、広告がテレビにシフトしていく中で、実は新聞社はいろいろなデータを用意してきている。販売部数だけでなく、自社で調査した広告注目率や面別接触率といったデータも公表している。
 広告主や広告会社からは、テレビの視聴率と同じような指標がほしいという要望もある。しかし、テレビと新聞を果たして同じ指標で語れるものなのかという疑問はありますね。特性がまったく違うわけですから。
 池田 先ほども言いましたが、テレビコマーシャルは何かを買う意欲のある人に効果的に働くという意味では、絞られたターゲットに届く特性を持っています。火がつく準備がある人に、ポッと火がつけばいい。あるいは、そのコマーシャルを見た後に街にでて、商品を見ることでそのコマーシャルも想起して、またポッと火がつく合わせ技であればいいわけです。
 新聞広告も、こうしたターゲットをねらっている部分もありますが、ターゲット以外にも効果がある。つまり、広告を見て、何か買いたいと思う人だけではなくて、それ以外の実際には買わない人たちにも影響を及ぼしている。新聞広告の効果を考える場合は、そういうターゲットの周辺に対する効果も考えた方がいいというのが私の主張です。
 岩田 確かに、広告のそういう広がりをこれまでは注目して来なかったような気がしますね。われわれがよく言うのは、新聞は家庭に直接届けられるメディアだということです。一軒一軒に毎日届けている。
 我々のターゲットは家に住んでいる人で、“家”はモノを買わない(笑)などという人もいますが、新聞は家庭で皆で読む。
 池田 たとえば、清涼飲料水の一つ一つの商品、ブランドは、人口の1%の人が買ったら大ヒットです。1億人のうち100万人が飲む。そういう人たちをねらっているのが、一般的な刺激型のテレビコマーシャルです。
 新聞のハワイ旅行の広告でも、これを見てみんながハワイへ行ったら、それこそ飛行機が満杯になってまた値段が上がるわけですが、実際はそんなことにはならない。しかし、あとの99%に広告を見せて、まったく無駄かというとそんなことはない。行ってもらう人にちゃんとした情報を伝えることも重要ですが、周りが「ハワイは危ないんじゃないの」と言ったら行くのをためらう。友人や家族にもハワイに行くことを納得してもらわなければいけないわけです。牛肉を食べることにも納得してもらわなければいけない。
 同じように、通常の広告にも商品を実際に買ってもらうという焦点があるだけではなくて、購買者の周囲に理解してもらうというもうひとつの焦点がある。これを私は二重フォーカス、ダブルフォーカスと呼んでいるのですが、それが新聞広告の場合は非常に重要な役割を果たしていると思うのです。

企業に愛着を持ってもらうことが必要な時代

 岩田 以前、外資系の企業を担当していたことがあって、シャネル・ジャパンの社長が、開口一番、うちが一番大事にしているのはブランドだと言われたことがありました。ブランドを傷つけられるようなことがあったら徹底的にペナルティーを科すと明言された。
 当然ですが、シャネルも、エルメスもそうだけれど、ブランドに対してはものすごく神経を使っているという印象を持っています。それを一度でも傷つけられると、それは企業の命運にかかわる。そこで働く社員に何を目的で働いてるんだと聞いたら、みんな「ブランドのために働いている」という。それが日本の企業と違うところですね。日本の企業だったら、ものを売るためとか、いい商品をつくるためとは言うだろうけど、ブランドのためとは言わない。
 ところが最近は日本企業もブランドと言い始めた。それと考え方は同じだと思うのだけれど、一つの商品をたくさんの人に売るという考え方から、リピーターというか、一人の人にたくさん買ってもらう方が売り上げ向上につながっていくという考え方も出てきましたね。
 これまでのように、新しい商品を次々と出して、短期的に売り上げを上げるにはテレビコマーシャルが有効だったのでしょうが、ブランドを育てるには向かないような気がする。
池田氏  池田 その時だけ売ろうと思ったら認知が勝負で、知ってもらうことが最も大事なわけですけれども、続けて買ってもらうには、その人に商品に対してある種の納得感がなければいけないですよね。そうすると、どう納得するかが問題になる。企業のポリシーや自分のライフスタイルと一致しているかが重要になってきます。広告のキャラクターとしては藤原紀香だろうと、キムタクだろうとあまり関係がない。
 広告の認知には、紀香が好きか嫌いかが影響すると思いますが、タレントは企業より短命です。短い期間で人気が無くなってしまう可能性もある。
 そうではなくて、長期にわたって買ってもらおうと思ったら、企業全体がもっている味わいや品格、あるいは、社会的にどれだけ受け入れられているかの方が大切になってくる。
 その商品を使っていることに納得がいって誇らしく思えるぐらいでないと、愛着をもっては使ってもらえないですよね。

企業の考え方を人々に伝えるのは広告

 岩田 ブランドは広告の長期的な効果だという人もいますが、広告効果というのは広告主になかなか納得してもらえない。何をもって効果というのかもケース・バイ・ケースですし。
 池田 参考になると思うのですが、アメリカの広告でおもしろい研究があります。政治広告の研究で、テレビコマーシャルが投票する人たちにいったい何をもたらしているかという研究です。パターソンとマックルーが1970年代に行ったものです。
 彼らはまずニュースが候補者の何を伝えているかを事細かに内容分析しました。その一方で、コマーシャルが何を伝えているかも分析しました。アメリカの大統領選挙は、ほぼ1月から11月まであります。非常に長期にわたって行われ、しかもコマーシャルの数も多い。本選の段階でそれぞれの候補で何10本も出します。それを細かく分析した。それから一般の人に対して世論調査をやって、ニュースとコマーシャルをどう受け止めたかも分析した。
 ニュースというのは、基本的には大統領候補はどんな人であって、どんな政策を訴えていて、だれが当選しそうかを伝えていくわけです。選挙戦はホースレースと呼びますが、実際の報道量を見ますと、だれが現在有利かを延々と伝えている。一般的な消費財でいえば、どのブランドが一番シェアが高いかということを、毎週伝えているのと同じです。どちらの候補が上がった、下がったというホースレース報道がもっとも多かった。しかも、選挙の争点の理解に関しては、テレビのニュースはそんなに貢献していなかったという結果が出たのです。
 では、広告はいったい何をしたか。実は政治コマーシャルこそ争点、選挙の言葉でいえばサブスタンスをみんなに周知するのに大きな力がありました。いま何が争点として重要か、自分の立場はどうかを広告で訴える。もちろん広告ですから、広告を出す側のバイアスが掛かっている。共和党、民主党それぞれの候補者の立場でものを言っているわけです。しかし、それでも何が争点として重要で、それぞれの候補がどういう立場にあるかをわからせるには、コマーシャルがもっとも重要であったという知見が得られたのです。
 岩田 昨年の参院選の時も、確かに、自由党のように広告で党の主張をきちんと出したところが議席を増やしましたね。
 池田 これは、いまの広告と企業が置かれている状況によく似ていると思うのです。シェアを奪うだけなら、広告の接触度を多くして、どこかで見たときに買ってもらうというやり方が可能なのですが、今はそういう時代ではなくなっています。
 もちろん、企業が出す広告ですから、自分たちに有利な内容を当然出すと一般の人もわかっている。企業もそういうバイアスが掛かることをわかっていながら、何がいま問題で、何を解決しないと一般の人が納得してくれないかということを広告を使って出している。
 典型的な例が、先ほどから話が出ている牛肉についての安全宣言です。安全がポイントだということはだれもがわかっているわけです。それを企業の立場から訴えることはある種のバイアスが掛かる。それでも「安全だ」という点をみんなに納得させないとだめだから広告を出すわけです。そういう意味でこの政治コマーシャルの研究は、非常に得るところがあると思うのです。
 岩田 ただ、参院選の時は自由党のように新聞広告で争点を明確にした党もありましたが、テレビのイメージ広告に比重を置いたところも多かった。日本のような15秒のスポットでは争点を明確にするには無理がある。イメージ先行になってしまったところがありますね。
 池田 有名なレーガンの政治コマーシャルは8分あり、一つの番組になっています。アメリカの政治コマーシャルは30秒ものが中心です。主張がきちんと伝えられるので、日本のスポットCMを考えると確かに事情は違います。同じだと考えて模倣だけすると間違います。

池田謙一氏 Ken'ichi Ikeda
1955年生まれ。78年東京大学文学部卒業。82年同大学院社会学研究科博士課程中退。90年4月明治学院大学法学部助教授を経て、92年東京大学文学部助教授、95年博士(社会心理学)、大学院大学化に伴い同年東京大学大学院人文社会系研究科助教授、2000年8月に同教授となる。研究分野は、政治社会心理学の再構成、コミュニケーション行動の研究、社会のリアリティーの社会心理学的研究。特に社会のリアリティーを構成する諸力の社会心理学的な分析に力点を置いている.著書に「転変する政治のリアリティ:投票行動の認知社会心理学」「ネットワーキング・コミュニティ」「コミュニケーション」などがある。


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