特集 2001.10/vol.4-No.7

Webがメディアになる時Webがメディアになる時
 企業がウェブサイトを持つことがいつの間にか当たり前の時代になった。新聞、テレビ、雑誌、ラジオに次ぐ5番目のメディアと呼ばれることもある。しかし、ウェブから発信される企業のメッセージは、果たして消費者の心を動かしているだろうか。ウェブが抱える問題とメディアとしての可能性を探る。

インフラからメディアへ福井信蔵氏
 インターネットの商用利用が始まった95年から、企業は競い合ってホームページを立ち上げた。しかし、ホームページさえ公開すればコミュニケーションは成立するのだろうか。これまでのホームページに何が欠けているのか、メディアとして機能するウェブサイトにするためには、何が必要なのか。ウェブデザインからeコマースサイトの構築まで、数々の実績を上げてきた福井信蔵氏に聞いた。
 
 インターネットはメディアになろうとして始まったものではない。インターネットはインフラ、つまり道路に過ぎない。だから、いまインターネットがメディア化し始めたことと、その本質は全然別のところにある。インターネットは、サーバー間のデータのやりとりをする単なる仕組みだ。サーバーが増えていけばいくだけ、いろいろな人たちとコミュニケーションができるし、いろいろなデータのやりとりができるということであって、コミュニケーションのインフラができあがっただけのことだ。
 それに対して、メディアという色づけは、全然別の側面でスタートしている。機能として使われることもあれば、メディアとして価値を持つような使い方もできる。そういうものを全部内包しているのがインターネットのテクノロジーだ。

コンテンツをメディア化する

 インターネットの中にホームページはだれでもつくれる。ここにあるパソコンで新しいドメイン名をとって、サーバーを立ち上げ、HTMLを書き、ホームページを公開するのは一時間もあればできる。それで、世界中から見ることができる。でも、それはメディアではない。ホームページはサーバー上にあるただのデータ、ただのコンテンツでしかない。
 そのコンテンツが人々からプルされて初めてメディアになるのであって、「ホームページを持つ」イコール「メディアを持つ」ということではない。コミュニケーションの本質を考えていけば、それは新聞でも、テレビでも、駅張りポスターでも、車内づりでも、看板でも同じはずだ。
 ぼくらは、ただのサーバーのデータをどうやってメディア化するかをクライアントと話し合う。最もプロモーショナルなコミュニケーションができ、エモーションをくすぐるためにはどうしたらよいか。その結果、ウェブサイトだけで完結する時もあれば、新聞やテレビを使う時もある。トータルなプランのなかで告知は雑誌、ディテールはウェブサイトで見てもらう時もある。そうしてウェブサイトに来てもらった訪問者に実際の商品のサンプルを渡して、今度は感想をパソコンや携帯電話からメールで送ってもらうこともある。
 横断的にメディアを使うということは、結局ユーザーの立場に立つということだ。そこにあるのは、ある一つのメディアの枠の中でコミュニケーションを考えていくか、そこにあるメディアを全部使ってコミュニケーションを考えていくのかという枠の違いだけだ。
 メッセージを受け取る側からすると、クリエイティブやメディア特性は、どうでもいいことだ。少し乱暴な言い方をすれば、ばれないうちに仕掛けて、気が付いたらモノを買っていて、「いいじゃん、これ」とニコニコ笑っている状態をつくればいいということだ。
 ウェブをやる前、トラディショナルメディアのクリエイティブをやっていた時から、ぼくはそう考えていた。そこでクライアントとコンセンサスを取りながら広告表現に携わってきた。
 商品は何ですか。機能は何ですか。どういうサービスですか。どういうバリューがあるのですか。目的は何ですか。だれにコミュニケーションするためにクリエイティブすればいいのですか。そういうことを順番に確かめながら、インプリメントする。そして、広告と実際のサービスやプロダクツがしっかり呼応する状態につくり上げる。それがぼくの仕事だと思っていた。それは、ウェブをやっている今も基本的には変わらない。

サイトを評価するのはだれか

松下電器産業HP
松下電器産業のコーポレートサイト
http://www.matsushita.co.jp/
松下電器産業全体を統合していくウェブ戦略の立案から実装までを手がける。2001年秋の現段階はその統合プロセスのファーストフェーズとして共通のデザインガイドライン制定、トップページの総合ゲートウエイ化、企業情報サイトの再構築まで完了。
(ビジネスアーキテクツ制作、以下同じ)
 これまでのメディアを通してつくられてきた「あの会社はこんな感じだろう」というイメージとウェブサイトにギャップがある会社が多い。そのギャップが見えれば見えるほど、企業に対するロイヤルティーは下がっていく。そのまま全部が見えてしまうのがウェブサイトだ。
 これまでの広告は、広告を載せるメディア自体が持っているイメージに内包されていた。「ヴォーグ」に掲載された広告は、「ヴォーグ」という雑誌が持つイメージに包まれていた。しかし、ウェブサイトは直接、いきなりパッと見えてしまう。人々がそういうことを意識しながら企業のウェブサイトを見ている、見ていないにかかわらず、そういうことは無意識にだれもが感じてしまうものだ。
 クリエイティブの側の問題もある。インターネットの機能から発想していくのは、立ち位置がずれている。そこでクリエイティブを考えても、かっこいいホームページはつくれるかもしれないが、訪れた人は「かっこいいじゃん」で終わってしまう。メールアドレスを入力したり、資料を請求したりというアクションが起こらないし、販売促進にも、リレーションシップにもつながらない。エレクトロニック・コマース、eコマースというが、そのeはただの機能でしかない。しかし、機能を前面に掲げているビジネスモデルは必ず沈下する。
 そうではなく、ウェブサイトを使う人のことを考えて、ぼくらは仕事をする。ぼくらの仕事の評価はクライアントではなくて、そのサイトを訪れた人の反応で決まる。そうしないといいサイトはつくれない。しかし、このことをクライアントに理解してもらうのは難しい。なぜなら、仕事でウェブサイトを見るのと、家に帰ってから見るのは別だからだ。オンタイムとオフタイムの自分は別人ではないはずなのに、オンタイムのときにオフタイムの自分はなかなか思い出せない。
 それで、ぼくはヒアリングを兼ねてクライアントといっしょに例えばアマゾン・ドット・コムで買い物をする。ユーザーの気持ちになってもらうためだ。何がほしいですか。どんな本に興味を持ちますか。そこに出てくるアマゾン・ドット・コムからのリコメンデーション、おすすめを見て「こんな本があるんだ」と興味を示している自分に気づく。そこで初めて「ユーザーはこういうことで喜ぶんだ」を自己体験することができる。
 今までの一方向のメディアにはこういう体験はなかった。ウェブサイトをつくることは、その瞬間、瞬間に発生する経験をどう紡いでいくかということだ。ユーザーにどういう経験を与えていけば、いわゆる顧客体験として作用し始めるか。ウェブサイトは、訪れた人々に訪れただけの「価値」を感じてもらわなければならない。

ユーザーの都合に合わせる

 企業の都合だけでやっているウェブサイトは、何も伝わらない。ユーザーの都合に合わせる必要がある。ぼくは、これを「都合の再構築」と言っている。
 今の企業のウェブサイトにも、確かに貴重な情報がたくさん入っている。しかし、そのほとんどはアプローチの仕方が間違っている。素材を一度全部解体して、ユーザーの都合に合わせる必要がある。
 例えば、サイトを訪れた人がそこで欲しいモノを見つけたとする。買おうと思って、会員登録エリアに入ろうとすると、「あなたのことを教えてください」。「なんで、実家の電話番号まで入れなきゃいけないの」ということが多い。街でウインドーショッピングをしていて、「あ、これいいな」と思ってお店に入ろうとしたら、「ちょっと身分証明書を見せろ」「おまえの親の名前なんていうんだ」と言われるようなものだ。それでは、ものは買ってもらえない。
 そこで全部を聞かなくてもいいのではないか。まず、「興味持っていただいてありがとうございます」。そして、「同じようなものがあればお知らせしますので、メールアドレスだけでも教えてください」でいい。またサイトを訪れてくれたら、次のステップに入る。例えば、「バースデープレゼントを用意しましたので、お誕生日を教えていただけますか」とか。そういうギブ・アンド・テークで個人情報を得ていく。企業側の都合は「知りたい」だけだが、ユーザーからしたら「それはイヤだ」になる。何をされるかわからないということになる。
 顧客満足といわれるが、これからは満足している顧客が最大の資産になることに意識を向けなければいけないと思う。

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