特集 2001.7/vol.4-No.4

広告の機能と役割を考える

 消費のパラダイムシフトが起こっている。その中で広告は何をなすべきか。広告の機能と役割が改めて問われている。企業と消費者の広告意識の変容と広告の力を再生させる視点を探る。

消費者のレーダーをかいくぐる広告

 4月に発行された「消費者に無視されないアンダー・ザ・レーダー型広告手法」(東急エージェンシー出版部)は、消費者の広告に対するレーダーをどうかいくぐって広告を届けるかという本だ。アメリカの広告会社カーシェンバウム・ボンド&パートナーズの二人の経営者によって書かれた同書を翻訳したのが、コピーライターの仲畑貴志氏。同書の主張と自分の考え方に重なる部分が多いという仲畑氏に、現在の消費者は広告をどう見ているのか、それに対して広告のつくり手はどういうアプローチをしているのかを聞いた。
 
――消費者のレーダーに引っかからない広告づくりが必要だというのは、日本にも当てはまることですね。
 
言い方が違うだけで、ぼくが今まで言ってきたことといっしょですね。ぼくは「広告は消費者にばれている」という言い方をしてきた。それが、この本では「消費者のレーダーに引っかかる」と、いかにもアメリカらしい言い方をしている。
 図式的に広告予算を消化するようなやり方は非常に非効率だし、もったいない。言ってしまえば、この本が言っていることはそれだけの話です。広告予算のほとんどをテレビが持っていって、残りをメディアミックスという言葉でごまかして適当に配分する。そういう広告予算消化型の発想でキャンペーンをいくらやっても、砂漠に水のごとしだということです。
 そうではなくて、広告会社や広告クリエイティブの本来の仕事は、本当にターゲットにメッセージを届けるためにどうするか、メディア自体も疑ってかかる必要がある。単に、広告表現の話だけではないということです。

広告だけが消費される状況

――「広告は消費者にばれている」ということですが、いつごろからそうなったのでしょうか。
 広告が世間で語られるようになってからでしょうね。80年代にコピーブームがありましたが、あのころから消費者が広告に興味を持ち出した。商品やサービスに興味を持つのではなく、広告に、です。
 飲み屋で「あのコマーシャルおもしろいね」みたいな会話が行われるようになったということは、すでにその広告は「ばれてる」わけです。それは、商品にいたらず、広告だけ消費されている状態です。「これ、おもしろいね」と広告を消費しているだけで、それが購買につながらなくなって、非常に広告の効率が落ちてきた。だから、広告が消費されない広告づくりが必要になってきたわけです。消費者のレーダーに引っかからない発想、かいくぐり方が大事になってきた。

――広告クリエイターは、常にそういうことを意識して広告をつくっているわけですか。
 昔から広告のつくり手は、それまでの手法がばれると、また変化させてということを無意識にやってきていますね。
 ぼくが長いこと携わっていたサントリーで言えば、開高健さん時代の「琥珀(こはく)色の液体を掌に愛で」というレトリックを駆使した表現がモノを動かした時代があった。しかし、表現が完璧になると、そのやり方はそこで終わりますよね。完全表現をやればやるほど、大きな言葉を使えば使うほど広告は伝わらなくなる。だから、後で感じたことですけど、表現にひびを入れるようなことを、そのころぼくはそれとは意識しないでやっていた。表現が完成すると、その表現はもうばれてしまうので、またずらすわけです。
 あらゆる表現は高い完成度を目指すから、デザインは美しく、言葉もうまくという方向にいく。でも、それがあるところまで行くと、広告として機能しなくなる。それで、例えば、所ジョージのミスタードーナツのコマーシャルのように「つまらないノベルティーだけど、もう見切りでやっちゃおう」と、そこまでばらすことをするわけです。結局、それまでのノベルティー広告の最高表現は機能しなくなったので、ばらすということで信用を得るという逆の方法です。ところが、あの手法ももうばれてきた。それで、また「ちょっとずらして」ということになっていく。
 広告表現はそうやって変化してきましたが、今は根こそぎ広告というもの全体が「ばれてる」ところまで来てしまったわけです。

――メディアの使い方にも、それは出てきている?
 例えば、新聞の特殊サイズも、もうばれていますね。一時は特殊サイズという形だけでおもしろかった。今でも商品特性にのっとった使い方なら、それはありですが、形だけの使い方はもうばれている。

人は人との関係を求めている

――では、広告がばれないためにはどうしたらいいかということになりますが。
 セールスマンが家を訪ねて行った時、子供と一緒に出て来たお客さんに「あら、かわいいお坊ちゃんで」と言っても、庭先を見て「いい盆栽ですね」と言っても、もうだめでしょう。でも、盆栽の神髄を勉強していって、そういうことをパッと言ったらお客さんも話を聞いてくれる。売りたいなら、そこまでやらないといけないということです。

――今の消費者は、必要なものはすでに持っていますね。どうしても必要なものが無くなってしまった。それも、広告づくりを難しくしている?
 商品の機能ではなく、ほとんどは商品に付加されたもので選んでいるわけだから、気持ちよくしてあげないと買わないわけですよ。
 例えば、友達を「家に酒飲みにおいで」と招待しておいて普通の酒をポンと出したら友達はカチンと来ますよね。それは、その酒がまずいとか、安いからではなく、「これでも飲んどけ」ということになるからです。そこに何も話題がないじゃないかということなんです。だから、ものすごくまずい酒でもいい。「こんなまずい酒飲んだことないよ。飲んでみる?」とか、「安いんだ、これ。25円の酒。大丈夫かなあ。どう思う?」と言うと、「ああ、いいね、飲んでみよう」となるわけです。
 そこでは高い、安いではなくて、何の情報も持たないものをポンと置いたことが問題なんです。もう、飲めないほどマズイ酒なんて売っていない。だから、物性としてはどれも差がない。
 ですから、酒を買う時に何を購入しているかというと、人々はもちろん「酒を飲めばうまい」ということを購入しているんだけれど、商品がもたらす気分とか、物語性、つまるところは、そういう商品をはさんだ人と人との関係を求めているんです。

消費者のレーダーをかいくぐる

――仲畑さんの広告から、消費者のレーダーに引っかからない広告の具体例をいくつか挙げて欲しいのですが。
 セールスに行って坊ちゃんかわいいと褒めるのもいいけど、いろいろな好感の持たれ方がある。例えば、ぼくが以前やった「ベンザエースを買ってください」は、玄関でいきなりズボンを脱いでパンツ一丁で土下座するやり方です。それはそれで勢いのあるものなんですよ。玄関で「すみません、これ売れないと、私も家族も生活できないんです」と言ってパンツ一丁で土下座して、買ってください。そこまでやってくれるなら、それが1,500円ぐらいのものだったら、ぼく買ってやりますね。
 「ベンザエースを買ってください」はそれなんです。広告は普通は媚びたり、くすぐったりして売りつけるものだけど、それを全部そぎ落としてパンツ一丁になって売る。ただ、あの手法は一回しかできないですよ。パンツ以上脱ぐわけにいかないから、もうあれ以上の表現はできない。商品名と買ってくださいの間に「を」があるだけ。少しでも飾りをつけると崩壊する表現です。パンツ一丁にちょっとリボンつけたりするともうだめなんですね。媚びてるから。「ベンザエースを買ってください」は、そういう根っこのところまで行って、消費者のレーダーをかいくぐろうとした広告です。

――アイボや初期のウォークマンの広告も仲畑さんですが、ちょっと違う発想のように思えます
まったく新しい機能とかサービスを持っている商品はそのまんまでいいんですよ。
 ウォシュレットもそうです。しりを洗うというまったく新しい商品を売るわけだから、ポンと置けばいいんです。ただ、ウォシュレットは当時15万円ぐらいした。しりを洗うことに15万の価値を見いだせるかなとはじめ思っていた。それでTOTOの本社のある小倉まで行って、商品計画をやっている人の話を聞いた。その人は、青いインクを持ってきてぼくの手につけて「ティッシュでふいてください」と言った。ふいていると、そのうちにティッシュにはインクがつかなくなる。「だけど手を見てください。インクがついてるでしょ。これは洗わなければとれない。紙でふいてるだけじゃとれないんです」と聞いたとき、これなら15万円の価値はあるなと思った。そういうときに、クリエイティブだ、なんだと訳の分からないものを広告屋が付加したりする必要ない。むき出しでいい。それだけで、商品の特性も言えるし、価値も伝わる。
 ただ、もうちょっと伝播(でんぱ)するスピードを上げるために、取っ手がほしいと思った。そのために、「おしりだって洗ってほしい」という言葉を付けた。ウォシュレットはコピーで売れたわけではないんです。商品が伝播するスピードを上げるために、ああいう言葉を付けただけで、コピーは別にあってもなくても売れた。商品にまったく新しい価値があるなら、その価値をストレートに言えばいいだけです。
 ウォークマンも同じです。商品の価値を知ってもらえれば売れる商品です。それで、あの時は街で聞いてもらうということをやった。ウォークマンを試してもらうときにちょっとボリュームを上げ気味にしてね。小さいものだから期待していないところで大きな音が出ると「おっ」となる。商品に自信があればタレントというのはまったく不必要です。むしろ、使えば使うほど不信感を抱かれる。タレントもそろそろばれてきました。



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