特集 1998.6/vol.3


消費者マインドを動かすモノ、サービス、情報 ソニー/日本郵船/ベネッセコーポレーション ojo編集部
  これまでモノは安くすれば売れていた。ところが、昨年暮れあたりから安売りをしても消費者は反応しなくなった。安くしてもモノが売れない一方で、驚くほど高額の商品や個人の嗜好、ライフスタイルにあったモノやサービスは売れている。――生活に必要なモノはこれ以上はいらない。しかし、自分が納得のいく、気に入った商品やサービスにはいくらでもお金を出す――。「これからの消費トレンド」として予測されていたことが、大きな流れとして定着しつつある。
 消費者にとって新しいもの、センスのいいもの、価値のあるものをどのように提供していけばよいのか。また、その結果として多様化するニーズをどうやってくみ取るのか。
 モノ、サービス、情報という三つの分野から、好調な売れ行きを示している事例を取材し、そのヒントを探ってみた。

ソニー

 「消費者調査では今使っている商品の改善点や十年後のアイデアは出てくるが、一年後、二年後のアイデアは出てきません。調査からわかることには限界があって、ユーザーが潜在的には望んでいても気がつかないような需要をどう商品化するかが我々の仕事なんです」と語るのは、いま最も売れているノート型パソコン「バイオ・ノート505」の開発に参加したソニーマーケティング・佐藤一雅さん(インフォメーションテクノロジーマーケティング部MK課統括課長)だ。
 「バイオ・ノート505」は昨年十一月、ソニーの家庭用パソコンであるバイオ・シリーズのノート型として発売された。以来、月産一万台のペースで売れているが、生産をはるかに上回る受注を抱えるほどの人気を得ている。
バイオ ソニーはかつて独自のOSを持った機種などでパソコン市場に参入したものの、うまく立ち上がれなかった。新たな経営方針の下で再びパソコン市場に力を入れることになったとき、市場の主流は商品的な差別化が非常に難しいとされているDOS/V機、いわゆるウィンドウズ・マシーンだった。しかし、このDOS/V機はユーザーの心をとらえる何かが欠けていると言われていた。そこにソニーは突破口を見いだそうとした。その解答がユーザーの心に訴えるデザイン優先のマーケティング判断だった。なぜデザイン優先を打ち出し、商品化したのか。
 佐藤さんは、「最初から、バイオ・シリーズは、ロゴ、色、デザインに統一性を持たせ、『かっこいいものにする』というコンセンサスがあった」と言う。それをこうも言い換えた。「要するに、ソニーらしい商品をつくりたかったんです。そこで、出てきた三つのキーワードが『クリエーティビティー(創造性)』『携帯性』『エンターテインメント性』。ソニーがパソコンをやる以上、最低それくらいないと太刀打ちできないと考えました」
 B5判の大きさで、色は薄い紫色を基調としたメタリック。筐体(きょうたい)の四面にはマグネシウム合金を使用して強度アップを図り、23.9ミリという薄さを実現した。スペック的にも、MMXペンティアム133メガヘルツ(現行機は、同233メガヘルツと同166メガヘルツ)のCPU、1ギガ(現行機は2.1ギガ)のハードディスクを搭載して基本性能をきちんと確保した。「バイオ・ノート505」は、開発当初からデザイン優先で商品化されたものだ。つまり、ソニーが持っている技術に合わせてデザインされたのではなく、デザイナーの出したモックアップ(デザイン模型)にうまく収まる機器を開発するなど、技術陣が努力を重ねて技術をデザインに合わせたのだ。
 そのほか、ステレオスピーカーが着脱できる端子を付けたり、加圧式のタッチパッドで絵が描けるようにペンを装備するなど、遊び心あふれる機能もふんだんに加えた。
 佐藤さんは、「お客さんは必ずしも実用性だけで買うわけではありません。一生使わないかもしれないが、あるとうれしい機能とか、ノート型の場合は、人に見せて、すごい機能だね、なんて話ができるとか。そんなふうに本当に実用的かどうかわからないけれども、持っていて楽しい機能も必要なんです。それは、これまでソニーがAVのコンシューマー向けにやってきたことでもあるわけです。つまり、従来のパソコンのつくり方と違っていた点が受けているのかもしれません」と話す。
 また、購買層についても、「当初こそ、パソコンのヘビーユーザーや二台目で買う人が多かったのですが、今は、これからパソコンを勉強しようという初心者も少なくない」という。



飛鳥 一九九六年三月一日に日本最大の豪華客船・飛鳥が初めて世界一周クルーズに出発し、九十六日間かけて世界十八か国二十八港を回った。料金は三百万〜千五百万円だったのにもかかわらず、乗客四百五十人に対し二倍以上の予約が来るほど人気が集まった。以後、毎年行われてきたが、すべて満杯となった。しかも、目下、二年先の二〇〇〇年出航分の予約状況も順調である。
 どんな人たちが乗客になるのだろうか。このクルーズを販売している旅行会社、郵船トラベル・クルーズセンター東京・副所長、菊池孝幸さんによれば、「平均年齢六十七、八歳。子供に商売の後を継がせるなどして、今はリタイアした悠々自適の自営業の人が九割以上」だそうだ。
 菊池さん自身は、世界一周クルーズの人気の要因を「まず世界一周という言葉の響きがいいこと。それと、年配になればなるほど和食を食べたいから、和食の出る日本の船で世界一周ができることではないか」とみている。この「和食の食べられるクルージング」に加え、「豪華さ」という点も見逃せない。乗客二人に対して一人の乗組員(飛鳥の世界一周クルーズの場合、乗客四百五十人に対し乗組員約二百七十人)がつき、一流ホテル並みのサービスと一緒に旅ができるというわけだ。乗客に対する乗組員の割合が豪華客船の質の高さの目安にもなっている。そうした「時間と空間をぜいたくに消費する旅」が豪華客船による世界一周クルーズの醍醐味(だいごみ)で、そこに人気の主因があるのかもしれない。
 クルーズの評判は利用者の口コミで広がる傾向が強い。世界一周してよかったという口コミが参加者を増やす。また、世界一周に出かけた人はその後、東南アジア一周など他の海外長期クルーズに参加するくケースも非常に多い。
 「クルーズ人口はアメリカでは四百万人以上いるが、日本はまだ二十万人台だといわれている」(菊池さん)から、日本ではまだまだ未開拓の市場だろう。
 この四月には商船三井の「にっぽん丸」が世界一周クルーズに出発した。飛鳥の世界一周クルーズが話題になったことで、日本のクルーズ人口が年々増えてきているのは確かだ。



 ベネッセコーポレーションの妊娠・出産の雑誌『たまごクラブ』と、生後一歳六か月あたりまでの育児雑誌『ひよこクラブ』が創刊されたのは一九九三年十月だった。いずれも創刊して半年でシェアがナンバーワンとなり、今では『たまごクラブ』が発行部数二十六万部・シェア約七〇%、『ひよこクラブ』が同じく三十万部・約六五%となった(シェアはいずれもベネッセ調査)。毎月新しいパターンが放映されるCM効果もあり、母親だけについてなら知名度は一〇〇%に近い。さらに九六年九月には、『ひよこクラブ』卒業者からの強い要望にこたえる形で、入園までの子育て雑誌である『たまひよ こっこクラブ』も創刊された。
 『たまひよ』ブランドは、なぜこれほどに読者(消費者)をとらえたのか。創刊するに当たって、ベネッセでは累計二万人ものお母さんたちにヒアリングなどの調査を行ったのだが、そこから「妊娠・出産・育児で最も信頼できると認識している情報は、メディアではなく、同じ状況のお母さんから聞く情報だということが分かった」と、同社出版部「たまひよワールド」プロデューサーの三好洋子さんは言う。
たまご・ひよこ・こっこクラブ しかも、当時のお母さんたちはバブル時代を経験し、雑誌『Hanako』で育った女性。単に情報の受け手ではなく、自らも発信者であろうとする、そんなコミュニケーション・スタイルを持っていた人たちだった。
 そこで、「お母さんたちが欲しいと思っている、同じ状況のお母さんから聞く情報をそのまま載せたらどうだろうか。発信する雑誌というより、皆がそこで発言したくなるような受信媒体になろう。そこで、インタラクティブな感じが出せればいい」(三好さん)、そんな雑誌像ができ上がった。いろいろなお母さんが立ち寄ることのできる、いわば雑誌の“お砂場化”だ。
 ただし、お母さんの声を載せるというのは既存の競合誌でもすでに行っていた。違ったのは、ベネッセがそれを前面に大きく押し出したことだ。三好さんはこう言う。「従来の雑誌では、お母さんの声の募集が一番最後のページに載っていたりしたのを、私どもは、雑誌をめくると一番最初のページに『ママ記者募集』という形で出し、お母さんたちがつくる雑誌だということに特化してみせたわけです。それが『たまひよ』を強く特徴付け、短期間でナンバーワンになれた要因なのではないかと思います」
 妊娠・出産・育児の当事者の、情報へのニーズは極めて強い。メディアにとっては、そうした情報を提供することがビジネスだ。しかし、メディアが独自に選定した情報と読者が求める情報には、ある種のズレがある。別の言い方をすれば、発信者の発想では読者の多様なニーズは的確につかめなくなった。『たまひよ』は、発信媒体ではなく受信媒体であることによって、それを乗り越えた。
 ママ記者を中心とする『たまひよ』は、徹底したインタラクティブ性を持つ。このインタラクティブ性がもたらす情報、具体的には「他のお母さんたちが経験し実感したこと」、そんなライブな情報こそがニーズの核心であるのだ。メディアがその情報をあえて加工することもない。お母さんからの情報をストレートに出すこと、それがニーズへの最適な対応であった。

左から「たまごクラブ」「ひよこクラブ」「たまひよ こっこクラブ」は、出産・育児雑誌中で約7割のトップシェアを誇る。「たまひよ こっこ」のネーミングは読者からの応募で決定した。

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 長引く不況下にあっても、消費者は「現在の生活水準を維持したい」と考えている。それは家庭にエアコンがあり、週末にはRV車でファミリーキャンプに行くのが当たり前――の生活水準である。一九九七年度までの勤労者世帯の可処分所得も、金額ベースで見れば上昇している(家計調査)。これまでと違うのは、その伸び率が鈍っただけだ。極端な右肩上がりの成長が望めない成熟した消費社会が、現実のものになったということだろう。
 「気まぐれな消費者心理」と言ってしまえばそれまでだが、消費者の欲求をいかにつかむか、その新しい視点と技術が求められている。


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