From Overseas - NewYork 2007.10/vol.10-No.7

いまだ困難なマイノリティー・マーケティング
 「人種の坩堝」ではなく「人種のサラダボウル」だと言われるように、米国では多様な人種が共に、しかし混ざり合うことなく暮らしている。2006年の米国国勢調査によると、国全体での人種別人口構成比はヨーロッパ系73.9%、ヒスパニック系14.8%、アフリカ系12.4%、アジア系4.4%、ネイティブアメリカン0.8%、その他6.3%となっており、ここニューヨークでは、ヨーロッパ系を除くいわゆるマイノリティーたちの比率はもっと上がる。
 そのマイノリティーたちも、マーケターにとってはもちろん大きな市場である。しかし人種の違いを乗り越え、アフリカ系、ヒスパニック系、アジア系など文化的・歴史的背景がそれぞれ異なる様々な人種の消費者とコミュニケートすることは、いまだに大きなチャレンジだ。実際、日本企業の広告関係駐在員の間でも、「米国で広告展開する際は、原稿・映像内にどのように各人種を配置するか、クリエイティブ面で大変気を使う」という声が聞こえてくるなど、特に米国社会での人種間の微妙なバランスを理解する必要がある。
 そのような中、P&GがパンテーンやPro-Vなどのパーソナルケアブランドを通して、「My Black is Beautiful」と題したキャンペーンを開始することが明らかになった。その名の通り、対象はアフリカ系米国人消費者だが、このような大企業が、特定の人種を対象に呼びかけることは、珍しいことだと言える。人種問題は米国において、ある意味皆が「触れないように」している話題でもあり、わざわざリスクを取ることにもつながるからだ。
 同社マルチカルチュラル・マーケティング・ディレクターのナジャ・ティタ・レイド氏は、自らもアフリカ系米国人であり、幼少時に自分の持っていた人形を、「肌が黒くて汚い」と近所に住むヨーロッパ系の子供に嫌がられた経験を持つ。その時に悔しさのあまり、書いて壁に張った言葉がまさに「My Black is Beautiful」だったと語る。恐らく、彼女と同様の経験をしたアフリカ系米国人女性は大勢いることだろう。
 しかし、彼女は感情的な理由だけでキャンペーンを始めたわけではない。そこには当然マーケティング的な勝算もある。P&Gの調査によると、各メディア上で、自分たちが他の人種よりも醜く描かれていると感じるアフリカ系米国人女性は71%にものぼり、また彼女たちは他の人種と比べ、スキンケア用品に3倍もの金額を費やしていることがわかっている。その背景にあるものは、幼少時からのトラウマなのかも知れないが、彼女たちの理解をひとたび得れば、P&Gにとってはまさに金鉱脈となる。同キャンペーンのキックオフはBET(Black Entertainment Television)のイベント内で行われ、LL Cool J等の黒人セレブリティーが参加して盛り上げた。また、P&Gはキャンペーンサイトを立ち上げて各メディアとの連動を図っている。
 今でこそ、このように注目されるアフリカ系米国人であるが、彼らの「消費者」としての地位向上に大きな役割を果たしたのは、残念ながら今年4月に亡くなったエドワード・ボイド氏である。彼は有色人種として初めてペプシコの役員になった人物であり、またマーケティングの「伝説」と呼ばれる存在でもあった。
 彼は1947年にペプシコに入社後すぐに、それまで消費者としてマーケターたちに認められてこなかったアフリカ系米国人の購買力に注目、セールスチームを率い彼らの多く住む地区の店舗開拓や、アフリカ系米国人を起用した広告展開を行った。彼のセールスは様々な困難を伴ったが、1951年にチームを発展的に解散する頃には、アフリカ系コミュニティーは100億ドル市場として認識されるまでになった。それはまたアフリカ系国民の地位および意識向上をもたらし、ボイド氏のチームが1949年に広告のモデルとして起用した7歳の黒人少年は、その後クリントン政権の下で商務大臣にまでなったという。
 人種的な問題はいまだに非常にセンシティブであり、米国でのマーケティングは日本では想像できない困難さを抱えている。マーケターやクリエイターにとって大きな課題であるこの問題が、将来において、完全になくなる日は果たして来るのであろうか。
もどる