From Overseas - NewYork 2007.4/vol.10-No.1

ベストマーケターの失敗

 米国はその広大な国土のために、移動手段としての航空機への依存度が高い。例えばNYから同じ米東部のボストンへ移動するのでさえ、バスやアムトラックでもたいてい4時間はかかる。しかし、ジェットブルーのような格安航空会社を使えば、時間は1時間以下、料金もアムトラックよりかなり安く移動することが可能になる。
 ジェットブルーは創業約7年と若い航空会社ながら、卓越したマーケティングで顧客を獲得し続けてきた。その主な戦略は、ブランドを構築し口コミを多用すること。他の航空会社はビジネス顧客をつかむべく主要紙への継続的な出稿を行っているが、同社のマーケティング副本部長であるカーティスマッキンタイヤー氏は、「サービスを正しく提供し顧客に正しく対応すれば、それが人を介して伝わっていく。広告は最後に考えるべきことだ」と2002年に広告業界誌アドエージのマーケター・オブ・ジ・イヤーに選ばれた際に述べており、創業後しばらくはTV、新聞を始めとするいわゆるトラディショナルメディアへの広告出稿を一切行ってこなかった。
 その言葉通り、安価な料金はもちろんのこと、充実したサービスの提供(革張りシートや個人用TVモニターなど)や1機ずつ異なる尾翼のデザイン、8億7,500万ドル(約1,015億円)をかけモダンデザインに仕上げたJFK空港の専用ターミナルなどハイクラス層にも受け入れられる環境づくりを行い、「どんなに遅れても欠航はしない」というポリシーが多くの利用者の信頼を得てきた。その後TVやオンラインを中心に広告展開が行われるようになったが、街中でのイベントやノベルティー配布といった、ダイレクトブランドマーケティングも引き続き行われている。
 しかし、そのブランドが根底から揺らぐ事件が起きた。2月14日に米東北部一帯を吹雪が襲い、多くの航空会社が欠航したなか、ジェットブルーの10機が離陸を試み、いったんゲートを離れたものの誘導路上で立ち往生、航空機の中に乗客が食事も詳しい説明もないまま長時間閉じ込められた。航空当局への救援要請も遅れ、乗客が当局のバスでターミナルに戻るまで最大で11時間も放置されたのだ。翌日、TV各局や新聞各紙はこの事件を大きく報道。ジェットブルーのブランドイメージは大きく傷ついた。そしてそれは、ブッシュ大統領が「イラクからの帰還兵をジェットブルーで運べば、それを攻撃したい敵は(そして我々も)離陸時間がわからないだろう」とからかったことで決定的となった。
 CEOのニールマン氏は自らが各ニュース番組に出演し、状況と補償について説明を繰り返したが、利用者からの反発は強く、航空アナリストからも「誠意がない」と強く非難された。彼は事件の翌週になっても、「この件に関する広告は考えていない」と発表、さらなる批判を浴びると共に、危機管理の専門家からも「謝罪広告を出稿すべきだ」との声が上がるほどだった。
 周囲の声に押され、ついに同社は新聞広告出稿に前向きになり、NY、ボストン、ワシントンDCにおいて2月21日付朝刊各紙に真摯な文面の謝罪広告(全ページ)を掲載。初めて大規模に新聞広告の力を借りることになった。その後も、同社便が就航している都市を中心に、15地域・20紙への謝罪広告が引き続き掲載された。
 ジェットブルーが利用者からの評価に頼りすぎていたこと、事件後もイメージ悪化を恐れ対応が後手に回ったことは明白である。同様の事件は、航空大国の米国ではこれまで何度も起きてはいるが、その際の航空会社と比較して、口コミによるブランドイメージに頼っていた分、信頼を失った反動が大きく出たと言えるのではないだろうか。
 現在、ジェットブルーのブランドイメージは、その株価と共にどん底に落ち込んでいる。図らずも、同社が恐らく初めて大規模展開した新聞広告が、謝罪キャンペーンであったという皮肉な結果となってしまったが、今後はこの大失態から、ジェットブルーがどのように顧客とコミュニケートしていくのか、興味深い。

(3月7日)
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