特集 1999.2/vol.11

メディアプランニング入門
メディアプランニングと新聞広告
丸岡氏と沼野氏
 
 日本の広告会社でもメディアプランニングに対する理論と実践の研究がさかんになり、オプティマイザーなどのシステム開発が相次いでいる。日本のメディアプランニングの現状と新聞広告に求められる課題について、電通のオプティマイザーの開発者でもある丸岡氏とメディアプランナーの沼野氏に聞く。

――日本の広告会社でもメディアプランニングについて研究・開発するところが増えてきたと聞いています。まず、メディアプランニングとは何かということから。
 丸岡 広告にはターゲットがあり、その人に対してどういう行動や意識の変化を促すつもりでつくられたのかという目的があります。広告をターゲットに、的確な時期、時間に送り届ける役割をするのがメディアです。コンビニエンスストアの配送計画と同じように、広告を効率的、効果的に送り届ける計画をつくるのがメディアプランニングであり、その計画をつくる人がメディアプランナーということです。
 広告は常に四トントラックで運べばいいものではないし、いつも保冷車で輸送すればいいというものでもありません。広告の目的や送り届ける先の規模や範囲、ターゲットの性質に応じて、適切な媒体、あるいはその中の適切なビークルを選んでいく。それはクリエーティブとの共同作業になりますけれども、新聞でいえば、段数やどの新聞にするかを選んでいく仕事です。

――日本ではいつごろから注目されるようになったのでしょうか。
 丸岡 新聞社ができたころから、あるいは電通ができたころから、メディアプランニング自体は、意識的かどうかは別として行われてはいたと思いますが、現在いわれているような効果、効率をかなり意識して、あるいはコンピューターのソフトウエアなどを駆使するようになったのは、まだ十年くらいだと思います。
 その一つのきっかけは、テレビの機械式個人視聴率が出るようになってきたこと。もう一つは、パソコンの高性能化もあります。

――個人視聴率を出すようになったのは、二、三年前からですね。
 丸岡 ビデオリサーチさんの機械式個人視聴率は、日本では九七年からです。日本は遅いほうで、アメリカ、ヨーロッパ、アジアの国々ではもっと早くから、個人視聴率でプランニングや媒体取引が行われていました。
 沼野 電通の実際のメディアプランニング業務は、これまであちこちの部署で行っていましたが、組織として、そういう人間なり、役割を正確に認識、認知するようになったのは、最近です。

――メディア・プランニング部の設立はいつごろですか?
 沼野 メディア・プランニング・グループとして一年前から活動していますが、この一月の組織改革でメディア・プランニング部になりました。それまでのメディアプランニングはケース・バイ・ケースで、たとえば営業の人間が中心になり、さらにコンピューター・システムを稼働させる時には、そのことに技術的に明るいマーケティングの人間などが参画することが比較的多かったんじゃないかと思います。

――専門の部署が作られたのは、広告主からメディアプランニングに対する要望が増えてきたということですか。
 丸岡 それも理由の一つです。広告費の多くの部分が媒体費に使われている。そうすると、大きい企業では媒体費が五百億円というところもありますから、一%効率が上がっても五億円節約できる。
 もう一つはたぶん競争原理で、広告会社のほうも、「うちであれば、こんな効果の高いプランニングができます」とか、「こんなやり方で効率的にできますよ」という面もあったと思います。

オプティマイザーとは?

――メディアプランニングについて語られる時「オプティマイザー」という言葉がよく登場しますが、具体的にはどういうものなのですか。 
 丸岡 オプティマイザーはソフトウエアの総称です。簡単なものは昔からありました。与えられた目標に対して、最も効率の良い最適のプランをつくる……、というより、メディアプランナーがつくるのを支援するためのコンピューター・ソフトウエアです。
 海外では「スーパーマイダス」や「スポットオン」という名前のソフトウエアをつくっている会社があります。ワープロに一太郎などのソフトがあるのと同じですね。それぞれ機能的に違いがあるわけです。

――電通さんにも何かあるのですか?
 丸岡 「ダイアログ」というオプティマイザーがあります。欧米のエージェンシーの多くは、オプティマイザーを外から買っていますが、われわれは自社で開発しました。

――「ダイアログ」ではどういうデータが使われているのですか?
 丸岡 ACR、機械式の個人視聴率、あるいはラジオの共同調査などのメディアのデータが、背後で動く仕組みになってます。
 例えば、三十代男性がターゲットで、その人にともかく一回新聞で到達させたい。それに最適なメディアは何かと条件を入れてボタンを押すと、「○○新聞」と出てくる。予算が三千万円の時は一紙だけれども、一億円だったら三紙組み合わせたほうがいいと出てくるとか、与える制約条件、予算の範囲、ターゲット、何回接触させたいのかなどの違いによって、いろんなプランが出てくる。
 沼野 計算のための具体的なデータは新聞で言えば、各紙の刊別、平日、土日曜別の閲読率。テレビ、ラジオで言えば、時間帯別の平均視聴率、聴取率が入っている。雑誌の場合も、週刊誌、月刊誌、各誌別の閲読率をベースにして、到達率を一番効率化するソフトウエアです。

オプティマイザーと新聞

――今のお話だと、基本的なデータはすでにあって、新聞社がデータの心配をすることもなくなってきた気がしますね。
 丸岡 八〇%ぐらい賛成のところと、そうでないところとあるんですけど (笑い) 。
テレビや雑誌でなぜオプティマイザーが必要になるかと言えば、テレビは、民放が東京で五局あって、いろんな時間帯、パッケージで買う。そうすると、どの局とどの局をどう組み合わせれば効率的なのかは手計算ではとてもできないので、コンピューターにやらせる意味がある。雑誌も電通の雑誌局で扱っているだけで四千種類くらいありますから、その組み合わせ方は、とても人の力では考えられない。
 では、新聞の場合はどうなんだというと、もちろん地方紙やスポーツ紙はありますが、「だれが考えても」というのは数紙になってしまうわけです。ところが、オプティマイザーを開発するにもデータを取るにもお金がかかる。それだけのコストを投じて、例えばですけれども、結局「読売、○○、××」だったら、べつにデータは必要ないじゃないのというのが、正しいと思うんです。
 オプティマイザーの開発や研究で海外に行って話を聞いた時に、「新聞はどうしているんですか?」と聞いたら、その国では、いわゆるホワイトカラー用に一紙、ブルーカラーを対象にしたものが一紙。だから、ターゲットが決まれば、もう決まるわけです。だから、そういうところにオプティマイザーは要らないということがあります。データを取ることは手段であったはずなのに、ある時からデータが目的になってきているのは、それはちょっとおかしな議論じゃないかなと思います。
 沼野 広告主さんが求めている媒体のデータは、極論すると、二種類あるような気がします。
 一つは、ターゲットへの到達効率を計算するために全媒体を比較できるようなデータ。要するに新聞の接触状況だけでなく、四媒体もしくは交通も含めて、全部横並びで比較できるようなデータを求めています。
 もう一方に、各媒体と自分の商品との相性であったりとか、部数や到達率に表れないような特殊性みたいなものをデータできちんと把握したいという希望があります。
 丸岡 さっき、二〇%反対と思ったのは、だれでも新聞に出稿したらモノが爆発的に売れるとか、皆が「いやあ、昨日の広告を見ましたよ、すごく良かったですよ」と言うのであれば、データなんか求めないと思うんですが、残念ながらそうじゃないですよね。
 逆に言えば、データがあれば、あるいは数字を分かりやすく示せれば、広告を出してみようかなとか、あるいは企業の新聞担当の方が、事業部を説得してみようということができるのに、それを出さないのは、やはり試合を放棄している側面もあると思いますね。

メディアプランナーの役割

――広告主が求めているのは、各媒体共通の到達率と媒体ごとの特性ということですが、媒体ごとの性質はオプティマイザーには入らないわけですよね?
 丸岡 加味しようとしている。そこが各社のオプティマイザーに違いが出てくるところで、なるべく加味しようとは考えています。
 ただ、はじめに最適のプランをつくるのではなくて、支援すると言いましたのは、個々のメディアの質的な違いや数字にならない部分はやはり残りますから、そこはメディアプランナーが、同じ印刷媒体と言っても、新聞と雑誌ではこういう違いがあるという判断をするわけです。
 例えば、新聞が読まれる時間は、今のオプティマイザーには入りません。ところが朝何時ぐらいに読む、夕方いつごろ読むという点に着目すると、他の媒体と同じコストであったら新聞を使ったほうがいいとなるかもしれない。それはプランナーの経験や市場に対する理解、広告で達成しようとしている事柄に対する認識などで判断をしていく。
 ですから、機械が出したお勧め案の一番を、いつもお勧めしているのでは全くないんです。もし、そういうことであれば、べつにプランナーは要らなくて、端末が広告主にあればいいことですから。

――例えば多くのメディアの中でどれが最適かという答えも出てくるわけですか?
 沼野 まず、何を最適の判定基準にするかを人間が決めます。機械はバカ正直に入れた予算に対して与えられた基準の下で計算するだけです。例えばテレビの接触回数を決めて、それを一番大きくする組み合わせを計算させた場合、どの媒体が強いか、何が有利、不利になるという状況が変わってきます。
 ですから、最適基準をプランナーが決めた上での答えということになります。

――初めに広告目的があって、媒体選択はオプティマイザーを利用する前にだいたい決まっている。
 沼野 クリエーターが届けたい広告の内容、表現内容を広告主が了承している場合は、やはりその表現に適する媒体や、スペース、色の使い方を中心に考えていくことも結構あります。
それから、電話番号が分からなければ商売にならない場合は、テレビスポットより新聞のほうがいいなどの判断もします。また、社会的ルールが変わる。例えば、携帯電話番号が変わるといった場合は、あるターゲットだけに届けばいいわけではない。広がりの一番ある媒体を選ぶべきだということになります。
 実際のプランニングでは、広告表現や広告目的上優先されるべき条件みたいなものを、かなり考慮していると思うんですね。ですから、そこで新聞の生かせるものは何かが、一人のプランナーの経験則だけじゃなくて、いろいろ蓄積されてくれば、提案の幅も広がると思います。
 丸岡 今までは、「クリエーティブや広告の目的から新聞だろうね」といって、そこから先もまた、「新聞だったら読売だろうね」、「回数は五回かな」みたいに考えていたのを、オプティマイザーで「じゃ、読売に五回入れるとして、どう入れるんだ」、「他の新聞と組み合わせるとして、何と何を組み合わせれば、認知が最大になるんだ」というあたりが、厳密に計算できるようになった。
 テレビより掲載料は高いけど新聞だよと何となく決まっていたものが、テレビは例えば百のお金だけど、新聞は百二十かかる。だけど百二十の分、これだけリーチも広がるし、出稿日もきちんと決められる。そのことを考えれば、二十高くても、こっちのほうがいいじゃないというようなことも論理的に説得できるようにはなる。そのへんは、こういうソフトが出てきたり、データが整備されてきたよい面だと思います。

新聞に必要なデータは何か

――新聞にはどういうデータが必要とされているのか、もう少し詳しく聞きたいのですが?
 丸岡 答えにならないかもしれませんが、一見、データの整備が求められているかのように思えますが、それはないよりあったほうがいいという意味で皆言っているだけで、データの整備が実はそんなに求められてないんじゃないかって思うんです。逆に言うと、何のためのデータかということなんです。広告主の立場に立ってみれば、利益、収益を上げるためにいろんなメディアを使うんだということですよね。その時に、新聞に出稿すべきか否か、新聞の中ではA紙か、B紙かを判断するためのデータが欲しいわけですから。広告主のビジネスなり、利益なり、売り上げなりに貢献するために、新聞はどう役立つかが分かるデータがあればいい、ということだと思うんですよ。

――効くの効かないのという? 
丸岡 そういうことだと思います。収益を上げるために、少ない中で広告費をやりくりして、どう使おうかと思っている時に、「私のメディアを買ってくれ」と自信を持って言う材料として何か出せればいいのであって、「何が必要ですか?」ではないと思います、精神論で言えば。ところが、これはわれわれの反省でもあるんですけど、新聞というメディアはこういう指標で測ろう、あるいは新聞、雑誌、テレビ、ラジオ、四媒体はこういう指標で測ろうと、つい共通指標ばかりを探してしまう。
 沼野 もう少し現場的な話で言うと、最近、新聞関係でなくて困ると言われるのは、ダイレクトレスポンスを目的としたタイプの広告のデータです。例えば、電話番号を載せると、何本電話が掛かってくるのか、実績に対してどんな変化が起きたのかが、ちゃんと取られてないという話が、よく出てくるんですね。
 要するに、A紙とB紙ではどちらがコール数が多いのかといった時に、今は到達の確率から考えるしかない。たくさん届くほうの新聞が、きっとたくさん返ってくるだろうくらいの答え方しかできないんです。
 丸岡 ですから、「じゃ、データを取りましょう。そのためには、私たちもお金を出すなり情報を出すので、あなた方もお金なり情報を出してください」と、だれかが言わないと、いつもちょっと不満があるような顔をして接しているのが、交渉上手みたいなことになってしまうんだと思いますね。
 しかし、広告主が自分の会社の収益を上げるのにどのメディアがいいんだということになると、それは電話番号が書いてあって、電話をしてくれる数が重要な広告主と、ディーラーにお客さんが来て欲しいという目的で広告を打っている広告主では、効果の指標も違うと思いますし、一律では行かないと思うんですね。
 だから、横並びではなくて、業種であったり、広告のタイプみたいなことによる指標を考えていったほうが、いいのではないかとも思ったりします。
 沼野 やはり、それぞれにカスタムメードできるような、いいこともまずいことも含めた生のデータ的なものというのが、新聞には不足しているような気がするんですね。
 例えば、スポーツ面に関連商品の広告を定期的に入れることができれば、たぶん効果はあるだろうと、だれもが思うんですけれども、今は何も証明できない。「実施できるのは、うちぐらいなもんですよ」みたいなことしかなくなってしまう。
 また、連続広告は非常に面白そうに見えるんだけれども、何日間隔で掲載すればいいのかわからない。予算は決まっているし、キャンペーンの期間も決まっている。では、どれぐらいたつと忘れるものなのか、どれぐらいの間隔だと再現性がいいのかもほとんど分かっていない。そうなると、「まあ、打てる回数も決まっているから、日数で割りますか」みたいな話になる。
 データ不在のために、あるところから急にプリミティブな話に戻っていってしまって、あとはもう、できる・できない、面白いか・つまらないかみたいなところに、立ち戻ってしまう。
 やはり、広告は打って反応があったり、評判が立ったり、最終的にモノを買う気持ちが起きないことには全く意味がありません。
 データの役割はそういう仕掛けなり、仕組みなりを支援する。やりたい表現やキャンペーン全体の目的があって、それを陰で支えるもの、お金を出す段階の判断に有効なものという方向で考えるべきだという気がするんです。

――テレビは、リーチ、フリークエンシーの指標で効果が判断されている。媒体評価の時に、これを新聞に無理やりあてはめている傾向はありませんか。
 沼野 テレビは、毎日、日替わりの視聴率が入ってくるので、累積でどうなるか、ある時点でどうなるかを、場合場合の条件で計算できるんです。コンピューターはそういう順列組み合わせみたいなものを一生懸命やってくれる。だから、ある期間内の効果の予測なり、提案がしやすい。使い勝手のよさを考えると、やはりテレビのデータを基準に考える傾向はあるかと思います。
 リーチ・フリークエンシー型の考え方のフリークエンシーの部分は、どうしても時間軸の長さがあって、接触回数の多い媒体が数字的には有利に出やすい性格を持っています。新聞はリーチ・フリークエンシーから離れて、広告の目的そのものから入ったデータのつくり方や考え方が必要なんだと思います。
 丸岡 話を整理すると、一つは、指標の側から考えていくんじゃなくて、広告主がなぜデータを求めているかから考えていくべきだということです。例えば、新聞広告の重要なソースとして金融広告があるなら、ダイレクトに電話なり、インターネットに接してもらうことを目的とするわけですから、それ向けに考えてみる方向があるんじゃないか。この場合は、接触も重要だけれども、その先のデータである何件電話があるのかということになる。
 それからもう一方は、個別の広告主向けにデータを取っていくようなことをしないと、その広告主が満足できるデータは、得られないのではないか。それは、「車一般はこうですよ」とか、「新聞一般はこうですよ」ではなくて、「御社ではこうですよ」ということではないかと思います。
 もう少し、広告の目的なり、業種なりを分けて考えていったほうが、結局、「それで私たちの利益になるんですか、ならないんですか、新聞広告を出して?」という問いに対しての答えになるんじゃないかと思います。
 それからもう一つは、さっき時間軸ということを言いましたけれども、日々、例えば、視聴率が変わり、あるいは聴取率が変わり、あるいは季節によって値段が変わる媒体は、やっぱりデータが要るわけですよね。今、見ているのか見てないのか、今は高いのか安いのか。
 新聞は、あんまりそうではないですよね。テレビはある。冬になると、皆、早く家に帰るので結構見るんですよ。夏は長い間、外にいるからあまり見ない。その中で、また個々の局の個々の番組の、面白い・つまんない、やってる裏番組との関係で視聴率が伸びていってみたり、ドラマが打ち切られて急に数字が落ちたりとかいうのがある。
 つまり、データを取ることの必要性というのは、いろいろ変動があるから、それを見ておかなければいかんということですよね。新聞は、変動が少ないんです。変動のないものは、そんなにデータは要らないというのが、今の現実の姿だろうと思うんですよ。その意味で、データは求められているのかと言えば、求められていないと思うんです。では、それでいいのかということですよね。
 データが求められているのは、柔軟な取引の形態、出稿形態が求められていることと裏表じゃないでしょうか。データは変動して、効率が良くなったり悪くなったりしているのに、値段はいつも同じでは、皆、納得しない。
 例えば、営業部長だったり経理部長だった人が宣伝部長としてやってきたとき、広告取引は何だかよく分からないということになる。それから外資系企業が入ってきて、「部数だけで買ってたのか」となる。そういう人たちに対して説明ができないのは、この時期、非常に不利ですよね。
 アメリカで出ているデータを見ると、第三者機関がきちんと調査しなければいけない部分については、きちんとしているんだと思うんですけれども、それ以外のデータは情報ゼロよりは、少々粗いかもしれないけど、五十点のデータがあることを、良しとする。良しとした上で、「何にもないよりは、このデータがあるから、こっちを選ぼう」というふうに使っているように見えるんですね。だから、僕ら日本人の感覚からすると、「えっ」という感じもあります。けれども、それでも、ないよりはいいだろうという感じが、かなりあるみたいですね。
 ですから、そこで、「いやいや、この調査はサンプル数が三百しかなくて、非常に不正確なもので、私としてもお出しするのがちょっと気がひけるんですが……」ということではなくて、三百人でも三十人でも、調べたんならこっちにしようよ。そういう感じがありますね。

日本とメディアプランナー

――欧米との違いも前提に、日本のメディアプランナーの仕事とはどういうものだと考えていますか。
 沼野 欧米の人が言ってるメディアプランニングと、特に日本のお得意さんに対するものは少し違うんじゃないかなという気がするんですよね。
 目下のところ、やっぱり既成概念とか、前例がオプティマイザーなどによって壊れていくこと、変わっていくことに対する理解獲得や説得が大きな部分を占めています。これは、広告主の方に限らず、媒体社、広告会社内を含めて起こる過渡期的なこととは思いますが。

――日本でメディアプランナーは機能すると思いますか?
 沼野 必要な存在だとは思うんですよ。時代の端境期だからということもあると思うんですけれども。
 恐らくメディアの売買は新聞局の人間が行ったほうが話は早いわけですし、メディアプランという手間を一つ入れることになるんです。けれども、実施する・しない、できる・できないは別にして、理想は何か、客観的に言って本当のことに近いのは何なんだみたいなことを言う機関なり人間なりが、どこかにいないことには、いつまでたっても、売る側と買う側が歩み寄れない。
 繰り返しになりますが、単に機械がいじれるとか、広告理論を少し勉強したというようなことではなくて、そのへんの中庸に立って、何があるべき姿かといったところから始めましょうという役割の人なり、セクションがないと、ちょっと立ち行かない気がします。

――クリエーターが注目されたように、今回は、このメディアプランナーを用意しましたとか、そういう時代が……。
 丸岡 来るんでしょうね。欧米の広告会社が日本の広告会社を非難するのは、要するに、「あなた方はメディアのお友達でしょ」と言う見方です。広告主の側から見ると、「メディアを売りに来ているわけでしょ」というふうに見えるわけですよね。
 メディアプランナーが、もし日本の広告会社にいないと、広告主がメディアを買う“賢いメディアのお買い物”の手助けをしてくれる人がいないわけです。「これを買え、あれを買え」という人たちだけがいて、どう買えばいいのか、だれも手助けしてくれない。広告予算の多くを使うメディアで、どういうふうなお買い物をすると一番効果的で効率的かを、広告主と一緒に考える機能というのは必要だろうし、たぶん定着すると思います。


(→メディアプランナーという仕事へ
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