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コラム広告日和

(Wed Feb 05 14:00:00 JST 2014/2014年2・3月号 広告日和)

広告を依頼する立場になってわかった「軸の塔」を立てる大切さ
澤本嘉光 電通 CDC エグゼクティブ・クリエーティブディレクター/CMプランナー

  クライアントになってみました。
  正確には自分は予算を出した訳ではないので、クライアントの気分になってみました、ということなのですが。

  映画「ジャッジ!」の脚本を書かせて頂いて、1月中旬から公開でした。僕は広告が本業、自分でこの映画の広告まで関与するという手もあったのですが、そこは「それぞれの業界にはそれぞれの適切なやり方があるのだろうから、出しゃばりすぎないようにしないと」と考えて映画の方々に基本はお任せしてみました。つまり広告の依頼側です。クライアントさん。これ、やってみたら、いろいろな事が身にしみてわかりました。忘れるといけないので先に結論から書いておきます。クライアントの皆さん、いつもやきもきさせてすみません。それと、信じてくださってありがとうございます。でも、またやきもきさせようとも思いました、ごめんなさい。
  自分でやらなかった理由は、先に書いた殊勝な理由よりはむしろ「それによって失敗したくない」という気持ちが強かったんです。つまり、極端に言えば、僕から見て「なんだこりゃ?」ってひっどい広告でも、目的である「動員」が達せられればいいや、ということです。まさに商品を過剰に愛してる状態。で、あたかも男気があるかのように「プロに任せますよ!」な〜んて言って。ただ自信がないだけです。
  で、実際出来た広告を見て思う訳です。「これ、商品の良さが伝わってないじゃないか!」。この言葉よく僕が言われてる気がする。自分でやるのが怖くて任せたくせに。広告が街に流れて、なんとなくの反応を見て焦り、「もう、工夫とかクリエイティビティーとかどうでもいいから、この商品の良いところをストレートに出してくれないかなあ!」って気持ちになったり。「ストレートトークだ!」って言いそうになる。「改訂だ!」って。改訂しなかったですけれど。「コピーが弱いんじゃないか?」とか。「余計な事しないでタレントの顔大きくドーンって出してくれればいいじゃないか」とか。今まで言われて来たような事を次々と口走ったりして、勝手なもんです。
  公開されたら、「もう予算ほぼ使い切ったみたいだからあとは口コミだ! 言え!」みたいな。そんなもん言えって言ったって誰かが誰かに言ったから広がるもんでもないです。結果、「やっぱりマス広告だ!」とか。普段は「過去のようなマスって今は存在しません」なんて言ってるくせに。「届いた人の数が結果として多い広告をマス広告と呼びましょう」なんて言ったりしてるのに。なに余裕ぶっこいてるんだ!です。自分が気にして落ち込むタイプなんで絶対にしないようにしていたエゴサーチをついしてしまって、ほめてる人の事大好きになって、けなしてる人にムカついたり、いやそれ以上に落ち込んだり。インターネット怖い。
  一番、う〜っ!って思ったのは、これ広告の映画なのに、「宣伝だと面白そうに見えなかったけど、見てみたら面白かった!」という意見がすごく多くて。これ、後半は嬉しい意見ですけど、前半は自分の本業を否定されてますね。「広告で良さを伝えられてない、広告の映画」。なんだこりゃ、です。
  まあ、いつもこんな事考えてるとすると、これ、クライアントさん大変だ、と、真剣に思いました。

  一方で、脚本や監督となると地方に舞台挨拶(これ本当に嫌でした。向いてない!)に行かないといけない時に新幹線がグリーン車で、お弁当が少し良かったりして、とにかく勘違いしないようにしないと狂ってしまうと必死に自分を戒めていました。こうして人間は転落して行く!と監督と言い合いながら。昨日よりちょっと増長してないですか?なんて。公開されたらある日突然コンビニ弁当に戻るね、って。なので、今年に入ってしばらくツイッターとか書き込むのまったくやめてたんです。勘違いする元になるんで。こういう精神状態不安定なクライアントなので、まあ、あとはする事は逃避です。もう、あの件は忘れた!と仕事に打ち込む。でもたまにテレビでCM流れるのみるといきなり引き戻されたり。
  で、思ったのは、キチンとした戦略を理解していなかったからこの揺らぎが起きたんだなと。することを理解して、その大きな戦術の遂行中だと思えれば各制作物の単体に一喜一憂する事も無いですし。なんとなくで進めちゃダメで、一個一個自分が納得出来る理屈があれば、感情は無駄に揺れないし、むしろぶっ飛んでる表現を試した方が納得しやすい気もして。軸が必要ですね、当たり前の話ですが、自分が寄りかかれて、遠くから見て目印にもなるような高い軸の塔が。
  そしてやはりなんにせよ広告は話題に出来ないといけないんだと。無視が一番キツいですね。映画の広告手法を否定してる訳ではなく、キチンと考えれば伝統のある、言い方を変えるとちょっと古くも見える「正解への方程式」と思われてるものも2014年版にリニューアルできるんじゃないかなと。まあ不安な中で思った訳です。
  といういい経験をしたので、少しまともになってちゃんとCM作ります。でも、「提案はやはり無理めでも強めが後々考えるといい」と今回思い込んでるので、ちょっと注意してくださいね。

〔筆者プロフィル〕

1966年、長崎市生まれ。1990年、東京大学文学部国文科卒業、電通に入社。ソフトバンクモバイル「ホワイト家族」、東京ガス「ガス・パッ・チョ!」、中央酪農会議「牛乳に相談だ」、家庭教師のトライ「ハイジ」、トヨタ自動車「ドラえもん」、読売新聞など、次々と話題のテレビCMを制作している。著書に小説「おとうさんは同級生」、小説「犬と私の10の約束」(ペンネーム=サイトウアカリ)。前者は読売新聞会員制サービスyorimoの連載を単行本化。後者の映画脚本も執筆。2014年1月に公開された映画「ジャッジ!」の脚本も担当。クリエイター・オブ・ザ・イヤー(2000年、06年、08年)、カンヌ国際広告祭賞、ADFEST(アジア太平洋広告祭)グランプリ、クリオ賞、TCC賞グランプリ、ACCグランプリなど、受賞多数。数多くの海外の広告賞の審査員も歴任。