Creativeが生まれる場所 2007.3/vol.9-No.12

リアルタイムで世の中と会話する広告
岡野敏之 氏
2004年2月13日 朝刊
 ラーメン屋がラーメンの材料を仕入れられなくなったら、たちまち廃業に追い込まれるだろう。2年前に牛丼専門の外食チェーン吉野家に起こったことは、ほぼ同じ事態だった。この時期を通して吉野家の広告を担当していたのが、電通のコピーライター岡野敏之氏だ。牛丼の販売休止から、限定的ながら牛丼販売再開へ。社会と向き合わざるを得ない状況の中で、コピーライターは広告をどう作っていったのだろうか。

――岡野さんが吉野家を担当されたのは、いつからでしょうか。
 400円だった牛丼を280円に値下げしたときですから、2001年からです。

――すると、牛丼の販売が休止になったときも担当だった?
 今でもはっきり覚えていますが、狂牛病でアメリカ産牛肉の輸入が全面禁止になったのは、2003年12月のクリスマスのころです。ある日突然、想像もしていなかった事態になった。それ以来、吉野家の行動は逐一ニュースになるようになりましたね。

――2004年の2月11日に牛丼の販売が休止になった直後に、その理由を社長名の手紙で切々と訴える吉野家の新聞広告は、今でも印象に残っています。
 その手紙には、ぼくもかかわっています。吉野家がアメリカ牛にこだわるのは、トウモロコシで育ったアメリカ牛のショートプレートというバラ肉でないと、あの味は出ないからです。それに、オーストラリア牛は一頭買いの制約があるという話も聞いています。そういう企業のこだわりと牛丼の販売を休止せざるを得ない状況を訴える中で、吉野家の広告は、リアルタイムに世の中と会話していくものになったと思います。

社会と向き合った広告

――最初のころ、広告を出したときの消費者の反応はどうだったんですか。

 逆風と順風、両方ありましたが、「頑張れよ」という方がほとんどでした。ファンの多いブランドは、担当していても幸せだと思いましたね。
 調査にもそれは現れています。普通は、商品のイメージリーダーとプライスリーダーは違います。いいイメージを持たれている商品とシェアの高い商品は違うことが多いのですが、吉野家の場合は両方でトップなんですね。他にあまり例のない絶対的なブランドなんです。

――ニュースと広告の連動は最初から意識していたんですか。

 そういう流れの中に放り込まれてしまったというのが、本当です。当時は緊急事態で、そんなことを考えている余裕すらなかった。牛肉のストックがあとどのくらい残っている、新しいメニューをいつごろ出すという話をリアルタイムにトップの方から聞いて広告を作っていっただけです。ただ、今振り返れば、本当に経済や社会と向き合ってきた実感はありますね。

――広告に長い文章を書いても読まれないと言われますが、実感としてどうですか?

 長いから読まれないんじゃなくて、つまらないから読まれない、読みにくいから読まれないんだと思いますね。新聞広告の場合は、新聞を読もうと思って手に取った人たちですから、興味を引けば読んでもらえる。若い人が長い文章を読まなくなったとしたら、ネットの掲示板も読まれていないはずなんです。逆に、広告の文章は長いと読まないと決めつけることで、みんなでハードルを下げ合っているところがあるような気がします。ゆとり教育がうまくいかなかったのと同じような話じゃないでしょうか。

牛丼の完全復活に向けて

――牛丼の販売を徐々に再開したのは、昨年9月からですね。
 牛丼復活の広告は、絶対量が足りない中で、スムーズに販売を再開していくにはどうしたらいいかを吉野家さんとも相談しながらつくっていったものです。少しずつ出していくよりも、日にちを限定してでもいいからまとめて出した方が話題になるという判断もありました。それで、9月は1日だけ、10月、11月は5日間限定で、12月からは毎日11時から15時の時間限定で段階的に牛丼販売を再開していったんです。

――9月の「本日」の広告はインパクトがありました。
 牛丼の販売を休止したころから文章の長い広告が多かったのですが、「やっと牛丼を皆さんにお出しすることができます」という万感の思いを伝えるには、「本日」というひと言の方が強いと思ったんです。

――テレビCMはやっていませんね。

 北海道では実は、テレビCMも使って9月18日から時間限定ですが、毎日テスト販売をしました。でも、予定の時間前に売り切れる店が多かったんですね。その結果を踏まえて、新聞広告を中心に慎重に展開していったということです。牛丼復活キャンペーンですから、お客さんがどっと来るような広告にするのが常道なのかもしれないんですが、吉野家はそうはしない。

――どういうことですか?

 吉野家の方々は、とにかく「お客さんに迷惑をかけてはいけない」という気持ちがものすごく強いんです。社員の皆さん、とにかくまじめなんですね。
 以前、牛丼を250円にして売り切れが続出した時に、普通だったら売れてよかったねという話だと思うのですが、「こんなにお客さんが並んでくれているのに、牛丼が出せない」と言って泣いていた店長がいたという企業なんです。そういう人たちですから、1年7か月も牛丼が売れない状況が続いたのは、本当につらいことだったと思うんです。

――今後の広告展開をどう考えていますか。

 これまでずっとまじめな路線をやってきていまして、ここからは、もう一段階時間延長はあると思いますが、24時間の完全復活への道もようやく見えてきましたので、今後は現在のスタンスに何をプラスできるか考えているところです。

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