こちら宣伝倶楽部 2007.1・2/vol.9-No.10・11

さあ「新聞広告」の年だ
イラスト 広告のなかでメーンであるはずの四大メディアの伸びが、このところずっとはかばかしくない。前年比だけでみると03年は99.7%、04年は102.6%、05年は99.3%であり、06年は年頭予測で100.8%になっている。広告会社の大手3社で四大メディアの扱いが40%を超えるそうだから、ある種の行きづまりになって新展開が望みにくくなっている可能性もある。その主軸たるテレビだが、10月に発表された民放連の見通しはかなり厳しい。

広告は経済の元気証明

 それによると、06年の営業収入の見通しは年初の予測をさらに割り込んで、ラジオもテレビも下方修正されている。
 テレビ全社の営業収入(地上波127社)は年初予測で前年比1.4%減だったのを1.7%減に修正している。タイムだけは1.4%減から0.2%減に上方修正しているがマイナスはマイナスだ。スポットは2.1%減から3.3%減に修正、ラジオ全社(地上波101社)の営業収入は2.3%減から4.4%減への下方修正になった。この延長にくる07年もテレビ3.1%減、ラジオ5.0%減の予測というから厳しい。広告予算の配分につき、テレビはコンスタントに四大メディアの30〜35%を占めていただけに、テレビの伸び悩みは広告力全体の印象を弱めてしまう恐れがある。
 このままではせっかくイザナギ以来といわれる景気と、広告のそれとの歩調が合わない。広告の元気が経済の元気を象徴するという持論とも合わない。そういうこともあってかどうか知らぬが、06年の集計はサンプル数や項目など調査のやり方を改善して、経済産業省のデータも、広告会社発表のデータも大幅に上方修正された広告元気の報告がでるという噂がある。
 テレビが弱っている裏には、広告主が広告のことについて悩んだり、考えたりしていることが想像できる。それは経費と効果の関係であったり、メディア別の力のいれ方のことであったり、広告でなにを伝えるのかであったり、固定費としての広告予算でいくのか、業績とのかねあいで変化に対応していく流動型の広告予算でいくのかなど、いろいろな内部議論のあることが想像できる。だから構成比の高いテレビへの微調整がはいる。このことはテレビというメディアから手をひくということではなくて、広告についての新しい決意やふんぎりのつくまで、ちょっとひと休み状態と考えるのが正しそうだ。

新聞広告が浮上する

 問題はここからだ。いよいよ新聞広告の時代がくる。話をそこへもっていく発想で広告の全体計画をもう少しゆっくりのリズムで、メッセージを深く正しく伝えていく必要性について、考えていってはどうかということになる。
 新聞広告の出番というにはいろいろ理由がある。見当違いがあるかも知れぬが列記してみると、やっぱり最初はテレビとの関係だ。発表されるデータでは四大メディアの30%強をテレビに使っていることになっているが、キャンペーンがらみだと、実際には70%強をテレビに集中した予算投入も珍しくない。あきらかに全体のバランスが崩れるし、秒単位のメッセージでは伝えるべきものが伝わる保証がない。テレビとどう向きあうかは大きな焦点になる。
 日本の広告はきれいになった。しかしそのために扱いが小さくなったり、飛んでしまったものがある。きちんと説明しなければならないことと、説明した方が親切と思えることが割愛されてしまっている。その代表が商品説明だ。テレビだとじゅうぶんにできないのはわかる。しかしいつのころからか、広告の作り方が「テレビ型」になってしまい、省略してシンプルにまとめあげるクリエイティブ、とくにデザイン優先の広告作りが増えたことが、商品説明を軽くしてしまったはずだ。ディスカッションの現場で広告主の沈黙がまちがいのもとになる。
 まずこの2点で新聞の役割が浮上してくる。ていねいに語りかける、わかってもらおうと努力する広告の必要性だ。テレビCMを増量するほど新聞でフォローしていく広告主の配慮が望まれる。通販広告では堂々と価格表示できるが普通はこれが難しい。近ごろはこれにオープン価格というのが加わり、かんじんのことがわからない広告を作らせている。消費者の側からみれば本当のことがわかりにくい広告が増えていることになる。その解決に新聞の特性がひと役かうことは確か、新聞の持つ読者との私的な関係がゆっくり話しかける機会を作るはずだ。

復活「おとなの広告」

 企業は商品メッセージだけ伝える広告、けたたましく叫ぶだけの広告ではすまない時代にはいっている。社会との対話で企業の人柄をわかってもらう必要性もでている。次の時代をどう見ているのかも伝えた方がよい。これは新聞媒体の優位なところだ。企業広告が増えているがこれとて主たるステージは新聞だ。新聞でこそ伝えるべきメッセージがどの社にもあり、その上手な取り組みが社に新風を誘うはずだ。
 繊細なビジネス展開が課題になる。コンビニのおでんのダシだって4種類が6種類になり、1日に3回鍋を洗うのが本部指令だ。こまわりをきかせたエリアマーケティングの見直しがでてくる。新聞の細かい使いわけは、本紙広告と地域の販売店と組んだチラシの同封、これをさらに新聞の販売店別に仕わけて組んでいく、新聞でだからこそ実現できる細やかなプロモーションを研究していくことも課題になる。
 新聞は意外に内部説得に効く。女性用商品は雑誌の場合、女性誌に広告出稿する。だから男性の営業マンやバイヤーの目にふれることは少なく、雑誌広告は役に立たぬのではないかという社内世論になったりする。テレビでもクラス別に時間帯をしぼりこむと、20〜34歳の女性(F1)ねらいだと、それからはずれる層には薄くなってしまう。似たような番組が続出する背景にこのあたりの話がからむ。
 新聞はねらった相手だけでなく、こちら側の人、例えば社員、家族、株主、仕入れ先、得意先にも、ある種の緊張感と好感をもってていねいに届くという特性がある。投資家、リクルート、同業・他業他社、他のメディアの目にもつながり、新聞だけは別格という認識がこの時期は力になる。よくできた「おとなの広告」を新聞でコンスタントに実現していける広告実力も必要になっている。きちんとした良質の新聞広告を作れるスタッフを、もう一度編成しなおすことが広告の全体力向上につながるはずだ。
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