経済を読み解く 2006.6/vol.9-No.3

感動消費の市場構造
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[1] 広がる感動消費

 いよいよサッカーのワールドカップ(W杯)が開幕する。日韓共同開催だった前回は、両国民の相互理解への貢献も含めて、日本の人々の気持ちを大いに盛り上げた大会だったが、今回のドイツ大会への期待も、日々高まってきている。
 すでに2006年には、荒川静香選手の金メダルに沸いたトリノ・オリンピックにはじまり、日本の優勝という望外の結果となったワールド・ベースボール・クラシック、ディープインパクトが衝撃的な走りを見せた競馬の天皇賞と、多くの人々に感動を与えたスポーツイベントが相次いでいる。
 しかし、人々の感動に対する欲求は尽きることがない。豊かさの方向性が「便利さ」や「快適さ」から「楽しさ」へと重心を移しつつあるなかで、スポーツのイベントに限らず、旅行や映画、舞台、音楽、ゲームなど、感動を生み出す商品やサービスは、今日の日本経済でもっともホットな市場となっている。
 とはいえ、感動消費の市場規模を特定することは容易ではない。というのも、感動がカギを握る市場は、イベントやコンテンツの市場だけではないからだ。例えば、より日常的な消費活動においても、お菓子や飲料など、娯楽的な要素の強い食品や雑貨などでは、「こんなの見たことない」とか「出会えてラッキー」といった、ささやかな感動が購入を促すカギになるケースが増えている。競争の激化が著しいコンビニやドラッグストアでは、そうした「プチ感動」をどれだけ提供できるかが競争力の重要な要素になっている。
 また、薄型大画面テレビやDVDレコーダー、デジタルカメラなどのデジタル家電のブームも、迫力のある画面で見ることで感動をより大きなものにしようとか、記録に残して何度も楽しもうといった、感動に対する欲求の高まりが背景となっている。
 こうした領域まで含めると、感動消費の市場は、趣味や娯楽の分野はもちろん、生活の基本的な分野まで、きわめて広範囲に及んでいるといえるだろう。これは言い換えれば、消費市場の一部が感動消費の領域であるというよりも、消費市場全体が感動消費化してきているということだ。

[2] 共鳴による増幅効果

 ただ、感動に対する欲求がいかに旺盛でも、消費者がそのために費やせる時間には限界があるため、限られた時間のなかで得られる感動を最大化するための動きが目立ってきている。デジタル家電で感動を増幅する装備を強化しているのもその一環だ。
 さらに、ただ漫然とスポーツを観戦したり、映画や音楽を鑑賞したりするのではなく、それにまつわる情報を収集して理解を深めておくことで、より大きな感動を得ていくスタイルも一般化している。そこでは、インターネットの存在がきわめて大きなものとなっている。現在の消費者は、デジタル家電やインターネットによって、「感動する力」を強化しているのである。
 もう一つの大きな流れは、多くの人々と感動を共有して増幅しあうスタイルの伸展だ。独りテレビで見るよりも、会場に行ってみんなで一緒に歌ったり踊ったり応援したりする方が、より大きな感動を得られるものだ。これは、お互いの感動が共鳴し、相互に増幅されるためだと考えられる。
 「サポーター」という表現でチームとファンとの一体感を演出してきたJリーグや、それに範をとって地域密着型の運営を行っている、野球の千葉ロッテ、楽天などのスタイルは、この共鳴効果をうまく活用したものといえる。試合のないスタジアムの巨大画面を使って大勢でテレビ観戦するパブリックビューイングの試みや、スポーツ中継を大画面で流すスポーツバーが活況なのも、共鳴効果が効いているためだろう。
 また、イベントの前後に、周囲の人々と、あるいはインターネットの掲示板サイトや個人のブログを通じて、そのイベントに関するそれぞれの思いを語りあうことにも、共鳴効果で感動を高める意味合いがあるだろう。オリンピックやW杯で日本選手、日本チームを応援する際には、日本中で感動を増幅しあうことになるわけだ。
 共鳴効果を前提にすると、観客やファンは単なる感動の消費者ではなく、感動の生産過程の一部を担う形になっていると理解することもできるだろう。

[3] 感動密度がビジネスのカギ

 こうした消費者サイドの変化は、感動の提供を収益の源泉とするビジネスにとっては基本的には追い風となる。しかし、かつて感動消費の市場がまだ小さかったころに主役であった巨人戦のテレビ中継やプロレス、大相撲などは、消費者の変化への対応が遅れ、苦境に立たされている。
 これらはいずれも、イベントの開催頻度が高いため、オリンピックやW杯など、数年ごとの「希少な」イベントや、個々の大会に明確な物語性を持たせて不定期に開催する新興の格闘技イベントに比べると、感動の密度が格段に薄いという点でも共通している。チャンスの広がる市場といえども、消費者の欲求に応えきれないと、事業の成功はおぼつかないということだ。
 もちろん、消費者の欲求の高まりにともなう事業機会の拡大と感動消費のスタイルの変化にうまく対応して成功を収めている事例も数多い。前述のパブリックビューイングやスポーツバーのビジネスのような、新しいタイプのビジネスも成長している。
 限られた時間のなかで最大の感動を求める今日の感動消費の市場では、共鳴効果の活用も含めて、いかに密度の濃い感動を提供できるかがカギになる。感動消費のホットな市場で、これからどのようなビジネスが生み出されていくのか、楽しみの尽きないところである。

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