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特集悪口はイノベーションの母!

(2014.6.5/2014年6・7月号 特集)

心理学から見た悪口の効用・活用法
日本ビジネス心理学会   会長   齋藤 勇 氏

齋藤 勇 氏

これまでビジネスで「悪口」は、処世術的な側面からしか語られてこなかった。組織論やコミュニケーション論の観点から「悪口」を見直すことで、積極的な悪口の効果も見えてくるのではないだろうか。対人心理学を長年研究してきた齋藤勇氏に聞いた。

悪口には間接的に聞いたほうが信用される「間接話法効果」がある

──悪口を心理学の側面から解説してもらいたいのですが。

  通常、私たちが悪口を問題にするのは対人関係、個人に対する悪口です。会社や組織に対する悪口は言いやすいですし、言っても問題にならないことが多いのです。しかも、悪口を相手に直接言うと大抵人間関係が壊れますから、知り合いや会社の同僚にその人の悪口を間接的に言うのが普通です。ところが、困ったことに人間の心理として、直接聞いたことより間接的に聞いたことを信用する傾向があるのです。「間接話法効果」と呼んでいますが、人から聞いた悪口は、ものすごく信用される。それが人間関係の怖いところで、後で相手に「私はそんなこと言っていない」と否定してもなかなか信用されないのです。

──良いことも間接的に聞いたほうが信用されるのでしょうか。

  直接褒められて嫌な気になる人はいませんが、その場合は割り引いて人は話を聞きます。それでも、間接的に「あの人、あなたのことを褒めてたよ」と聞けば、それを疑う人はまずいません。「そのネクタイ似合いますね」と直接言われるより、「そのネクタイ、うちの若い社員に評判いいですよ」と言われるほうが人は相手の言ったことを信じるということです。

──最近はソーシャルメディアに企業や個人の悪口が書かれることもあると思いますが、それにも間接話法効果は働くのでしょうか。

  私が今話しているのは個人間の話です。実際会ったこともない人たちが集まるソーシャルメディアでは、悪口の間接話法効果はなくなるか、効果が薄くなると思います。ソーシャルメディアでも、お互いをよく知っている場合は「悪口は言わない」のが前提だと思います。逆に言うと、通常の人間関係は「悪口を言ってはいけない関係」なのです。その中で悪口を言うということは、言った相手を信用しているという意味になります。つまり、秘密を共有することになるんですね。逆説的ですが、悪口を共有することは親しみや信頼の元なのです。もちろん、褒めることを共有するのもいいですが、褒めるのは普通“いいこと”とされていますから、それで信頼が増したり、秘密を共有することにはならないのです。

好みや嫌いなものが一致すれば人は仲良くなれる

──悪口の共有が親しみや信頼の元になるというのは、面白いですね。

  考え方や好みが同じというのは、私たちが他者に好意を抱く要因の一つです。それを説明する理論にアメリカの心理学者フリッツ・ハイダーのバランス理論があります。話題でも人でもいいのですが、Xという対象についてAとB2人が話をするとします。例えば、Xという人物をAは「いい人だ(+)」と評価し、Bも「いい人だ(+)」と評価する場合は、AとBの関係も良好、つまりプラスになります。それから、Xという人物に対してA、Bともにマイナスの評価をする場合も、AとBの関係はプラスになります。ところが、Xに対するAの評価はプラス、Bの評価はマイナス(あるいはその逆)の場合は、AとBの関係はマイナス、つまり仲良くなれないんですね。

──自分が巨人ファンで、相手も巨人ファンなら仲良くなれるという話ですか。

  そうです。同じように、自分がアンチ巨人で、相手もアンチ巨人なら仲良くなれるということです。先ほども言ったように、むしろXに対して両方マイナスの評価を持っているときのほうが話は盛り上がります。「あの人、嫌いなんですよ」「いや、実は私も嫌いなんです」という秘密の共有関係になれば、そこに強い信頼が生まれるわけです。

──悪口のほうが仲良くなれるということですか。

  そうなのですが、初対面でいきなり人の悪口を言う人はいません。最初は、「出身はどちらですか」「趣味は何ですか」というところから始まるのが普通です。そうやって話題を変えていくうちに、どこかで共通点を見つける。そうやって人は仲良くなっていくわけです。
  自分と今の友達が何をきっかけに仲良くなったのか。後で振り返ってもわからないことがほとんどだと思いますが、必ず出会った頃、相手から褒められたり、嫌なことで意見が一致したりしています。人と仲良くなる最初のきっかけは、実は単純なことなんですよ。

──人付き合いの苦手な人というのは、それができない?

  人付き合いが不得手な人というのは、「好きなスポーツはなんですか」と聞いて、「スポーツ嫌いなんです」という答えが返ってきたら、そこで話が終わってしまうんですね。仮にそこで意見が合わなくても、話題を変えて「好きな音楽は?」「好きな食べ物は?」と、意見が合う話題が見つかるまで、次の話題を探せばいいのですが、それができないんですね。

──仕事のできる営業は、人の話を聞くのがうまいと言いますが。

  人と仲良くなる基本は一緒です。共通点を見つければ仲良くなれる。できる営業マンの基本でもあるし、合コンを盛り上げるテクニックでもあるわけです。対人関係が不得意な人は、自分の好みにこだわって、共通の好みを探すことをしない人です。逆に、そういう人が初対面でたまたま意見が合う人と出会うと、他の人はいらないくらい仲良くなってしまうということにもなるんですね。

消費者からのクレームが重視されるのは会議に上げやすいこともある

──消費者からのクレームも、広い意味では悪口に入ると思うのですが。

  クレームは会社の一番の財産だという人もいますね。いくら顧客から褒められても新しい発想は出てきませんが、顧客から指摘された商品の欠点や不便から新商品やサービスのアイデアが生まれることも確かです。しかし、対人心理学の観点から言うと、消費者からのクレームが企業で重視される理由は別のところにあると思います。それは、「クレームは会議に上げやすい」ことです。
  会議で自分の意見として「この商品は、ここが悪い」と、ブランドの責任者や開発者に直接意見を言ったら感情論になってしまいます。ところが“お客様からのクレーム”ということになると、冷静に聞いてもらえる。だから、少し仕事のできる社員だったら、自分の意見を顧客のクレームに混ぜて、「この商品のここが良くないと言っているお客様がいます」とやっているはずなんですね。悪口の間接話法効果を利用しているわけで、それが社内の人間関係を悪くしないで実りある会議をする一番いいやり方なんですね。

──根本的なことを聞きますが、なぜ間接的な悪口は感情的にならないのでしょうか。

  心理学的に言うと、悪口は攻撃行動です。人間を含む動物はすべて、自己防衛のための攻撃本能を持っています。しかし、通常の社会生活では肉体的な暴力に訴えることはルール違反です。だから、言葉による“口撃”によって欲求不満を解消する。それが悪口なのですが、人間に限らず動物全般、攻撃されると二つの行動をとります。逃げるか反撃するかです。森の中で見知らぬ“敵”に遭遇したら、熊でも虎でも、まず逃げようとします。逃げられない間合いに入ってしまった時に、初めて攻撃する。空腹でもない限り、食物連鎖の頂点に立つ肉食獣でもそういう行動をとります。それが本能なんですね。
  それと同じで、面と向かって悪口を言われると、どんな人でも表面は取り繕えても、感情が先に立ってしまって、思考が止まってしまうのです。生きるための本能は、前頭葉ではなくて、どの動物にもあるような視床下部や扁桃体といった古い脳が関係しているからです。ところが、間接的な悪口というのは、目の前に敵がいないですから、逃げる必要もないし、殴りたくても相手はいないわけです。それで、感情的にならず、冷静に対処できるということなんです。

これまでの対人関係の常識を壊すネットのコミュニケーション

──目の前に敵がいないというのは、ソーシャルメディアの人間関係にも当てはまりそうですね。

  そうなんです。ソーシャルメディアに限らず、ネットは今までの対人心理学の常識を壊しています。リアルな対人関係は、まず会うことから始まります。だから「外見的魅力」、容貌や身だしなみが重要だったのです。次に「類似性」、先ほど説明した意見が合うこと、さらに、その次に「相補性」、お互いに補い合うことと、ステップを踏んで関係が深まっていくというのが対人心理の原則だったのです。ところが、ネットがそのステップを壊してしまったのです。ネットでは直接会わなくても人と出会えますから、相手の外見を知らずに、意見が合って、大いに盛り上がるということも珍しくありません。それで実際に会う段になって、いろいろなドタバタが起こっているわけです。
  それから、ネットは悪口も言いやすいということがあります。悪口は、直接会って言うより、電話のほうが言いやすいし、電話よりもネットのほうがさらに言いやすいのです。なぜなら、電話もそうですが、ネットは自分の部屋か、少なくとも相手のいないところからアクセスできます。つまり、常に自分は安全なところにいて、相手とコミュニケーションをとっているわけです。しかも、ネットの場合は時間をおいて書き込みができる。じっくり時間をかけて、相手の弱みを攻撃することができます。
  リアルな対人関係では、相手の顔を見て話しますから、これを言ったらこんな顔をするみたいな感情のやりとりやコントロールがあるのですが、ネットはどんどん自分の世界に入っていってしまう。一方通行で相手の顔が見えないのは、危険なんです。近くにいたら殴られるかもしれないことを、ネットでは平気で言えてしまう。人は自分が安全な場所にいるときは、攻撃的になりがちなんですね。

成熟社会、成熟した組織に悪口をどう役立てるか

──「悪口」と「本音」は、日常的には同じ意味で使うことが多いですが。

  「ぶっちゃけて言いますが」という前置きは、例えば「私はちゃんとした社会性を持っていますが、商品をより良くするためにどうしても言いたいことがあるので、あえて言います」という意味で使われますね。自分の本音を言いたいときのエクスキューズです。悪口を直接ではなく間接的に言うのと同じで、人間関係を崩さないための配慮が、そこには働いているわけですね。

──悪口や本音も、いい商品を作るためや、組織のためには必要なときもあると思うのですが、これまであまり積極的には語られてこなかったと思うのですが。

  本音をぶつけ合って、けんかをしながらいい商品を作っていく。組織が壊れる可能性もありますが、そのほうがより良いものを作る力になる場合もあります。例えば、会社の創業当時は、どこもそうだと思いますね。創業メンバーは苦労を共にした関係ですから、お互い悪口も気兼ねなく言える。けれども、組織がだんだん大きくなって派閥ができるようになると、単に個人の関係ではなくなってくるんですね。会社が成長期にある時は、次に何をやるかが優先されて、感情的なぶつかり合いもそれほど気にならないのですが、事業が軌道に乗って安定してくると、次第に人間関係が大事になってくるのです。
  それと同じで、高度経済成長期の日本より、成熟社会の今の日本のほうが人間関係がより重要になっています。行け行けどんどんのときは目指すべき目標が明確ですから、ある程度の感情的対立は乗り越えていけます。事業が拡大している時というのは、多少のトラブルはやる気につながる。そうすると感情的にはイライラしつつも、共に伸びていけるわけです。日本経済は20年続いたデフレからようやく脱却できそうなところまできていますが、成熟市場、成熟社会の日本の中で個々の企業が元気を取り戻すためには、本音や悪口の積極的な面に目を向ける必要があるような気がします。そして、それは感情的にぶつかり合っても乗り越えていくようなリスクを再び取れるかどうかにかかっていると思いますね。

Isamu Saito

1943年、山梨県生まれ。72年早稲田大学大学院文学研究科博士課程修了。78年、86年、カリフォルニア大学留学。立正大学心理学部教授、同心理学部長。2014年3月同大学教授を退職。日本文学博士、日本ビジネス心理学会会長。専門は、対人・社会心理学、特に人間関係の心理学、中でも対人感情の心理、自己呈示の心理などを研究している。著書の数は200冊を超え、主な著書に『対人心理学トピックス100』(誠信書房)、『図解 心理分析ができる本』(三笠書房)、『面白くてよくわかる!心理学入門 』(アスペクト)、『悪用禁止! 効きすぎて危ない! 裏心理学大全』(宝島SUGOI文庫)など。