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ojoトップ  > 特集  > イノベーションのためのエスノグラフィー:運動会の定点観測が生んだ「瞬足」の画期的コンセプト

特集イノベーションのためのエスノグラフィー

(2010.10.5/2010年10・11月号 特集)

運動会の定点観測が生んだ「瞬足」の画期的コンセプト
アキレス   シューズ事業部商品企画開発本部 副本部長   津端 裕 氏

アキレス シューズ事業部商品企画開発本部 副本部長 津端 裕 氏

昨年度だけで630万足。3歳から12歳を対象とするジュニア靴の市場で、「コーナーで差をつけろ!」というキャッチコピーで圧倒的な人気を誇るのがアキレスの運動靴「瞬足」。その商品企画開発のリーダーを務めるのが、津端 裕氏だ。2人の娘が通っていた小学校の運動会を定点観測するという極めてエスノグラフィー的な手法と、「左回りのコーナリングを最重視する」というユニークな商品コンセプトは、どう結びついたのだろうか。

──運動会の徹底的な観察から「瞬足」は生まれたと聞いていますが。

  小学校の運動会の観察は2000年からですから、今年で10年になります。そこで子どもたちの履いている靴を毎年撮り続けています。運動会というのは、親は全員カメラかビデオを持って、グラウンド内の子どもに集中していますから、知らないおじさんがひたすら足元を撮っていてもあまり怪しまれないんですね(笑)。

小学校の運動会で足元の写真を撮り続けることで、靴の履き方や走り方の変化も見えてくる

小学校の運動会で足元の写真を撮り続けることで、靴の履き方や走り方の変化も見えてくる

──写真を撮るのは靴だけですか。

  足元の写真だけです。それを親御さんも含めて、全学年1人残さず撮るようにしています。毎年、同じ小学校の運動会を定点観測していると、子どもたちの走り方や靴の履き方の変化が見えてくる。実は、それがエスノグラフィーやフィールドワークと呼ばれるような手法だと言われたのは、ずっと後のことです。

定点観測から見える市場の変化

──運動会の観察を始めたきっかけは、何だったんでしょう。

  それ以前から、靴の観察はずっとやっていました。私が始めたということではなく、開発部の先輩は、以前からそういうことをやっていたんですね。
  私は90年代前半から大手スーパーの営業を担当することになったのですが、そのころ、ディズニーランドをはじめ、遊園地や動物園など首都圏の人が集まる場所の入場口に行っては、入園者の足元を撮っていました。今、ディズニーランドの入り口でそんなことをやったら怒られますが、当時はまだ大丈夫だったんです(笑)。

──その目的は、何だったのですか。

  どういう靴が売れているのか、どういうファッションが好まれているのか、本当の現場で見ようというのが目的です。それが、量販店のバイヤーと交渉するときの材料になるわけです。

──どのくらいの頻度で、観察していたのでしょうか。

  だいたいシーズンごとです。継続して見ているとわかるのですが、90年代前半の子どもたちは、本当に頭のてっぺんからつま先までキャラクターずくめだったのです。それが、90年代後半になると、急におしゃれになってくる。ファッションが多様化してきたのです。
  私が入社したのは86年ですが、その頃は、1つヒット商品が出ると、みんなその靴を履いてくれた。メーカーも生産管理しやすかったですし、流行も追いかけやすい状況でした。それが崩れてきたのが90年代後半です。ずっと定点観測していましたから、それが、かなりシビアにわかったわけです。
  そのころから、海外のスポーツブランドが市場に流入してきて、大人の靴に多様化が起こり、国内メーカーの大人の靴が売れなくなってきた。それが、ジュニア靴にも波及してきたという順番です。
  例えば、キャラクター靴は、昔は小学2、3年生まで履いていたものなのですが、今は幼稚園児でも履くのは年少組までです。実際に観察していると、2000 年頃にはキャラクター離れが明確になりました。その頃が、ジュニア靴メーカーにとっては、最も大きな変わり目だったと思います。

子どもの目線からの開発

──「瞬足」のアイデアはどのようにして生まれてきたのでしょうか。

  「瞬足」自体は、2002年の11月に開発をスタートしました。ただ、「瞬足」の前身である「ランドマスター」の担当に私がなったのが2001年12月で、そこからいろいろな試みは始めていました。
  まずランドマスターでやれることをやろうということで、防水性能をランドマスターに持たせた。これで50万足近くは売れたのですが、それ以上売るには限界が見えたんですね。ランドマスターはピーク時には、年間200万足売れていた靴です。そのパワーを取り戻すには、新ブランドしかないというのが、「瞬足」のスタートだったのです。

3月27日 朝刊

3月27日 朝刊

──「コーナリング安定走行」機能を通学履きジュニアスポーツシューズに搭載するという発想はどの段階で出てきたのでしょうか。

  まずジュニア靴は、「通学履きである」ことが絶対に外せない前提です。“ちびっ子アスリート”の履く靴ではないということです。通学履きをベースにして、どう味付けをするかが開発のポイントです。
  企画会議では、小学生の学校生活を一から見直していこうということから進めました。野球が嫌いな子もいるし、サッカーや一輪車をやらない地域もある。だけど運動会だけは、昔から変わらぬ学校行事として、誰もが共感を抱けるものです。
  そういう議論の中で出てきたのが、「コーナーで滑らない靴」というコンセプトです。そのためには、一番テンションのかかるところにスパイクを置けばいいじゃないか。日本の校庭では、どこでも左回りで競技をしています。最も転びやすいコーナーでも安心して踏み込んで駆け抜けられる靴。「左右非対称ソール」というアイデアが出てきました。それまでのヒット商品だった「ランドマスター」に足りないものは何か。それを子ども目線で見直したら自然に出てきたアイデアが、これだったということです。

──アイデアが出てきた時、これならいけるという確信はありましたか。

  もちろんありました。ただ、それは何足売れるという確信ではなくて、子どもたちが「おもしろい」と思ってくれるという確信です。
  通学履きの靴は、陸上競技用の靴と違って、自由度が高い。アメニティー感覚、トイ感覚の靴でもいい。ところが、出てきたアイデアは、運動会というかなりリアルなところに焦点を当てたものでした。それは、今までのジュニア靴にはない価値観だと思ったんですね。

──それまでの運動会の観察とこのアイデアは、どう結びついているのでしょうか。

  直接的には結びついていません。ただ、運動会をずっと見続けてきていましたから、このアイデアが出てきたときに、すんなりと理解できたし、自説を説得力を持って展開することもできました。
  なぜ、コーナリングかというと、運動会の最後にあるリレーです。運動会で最も盛り上がる競技だし、コーナーで転倒したり、逆にスピードを落とし過ぎたり、さまざなドラマが起こる。「瞬足」の購買層の中心は小学校低学年で、実は運動会で走る50メートル走は直線です。実際にコーナーを走るのは、リレーに出場する選手だけなのですが、それでもいいと思ったんですね。みんなリレーの選手になった気持ちで、「速く走りたい」と思うことが大事なんです。また、会議でそういうことを話し合う中で、新商品のアイデアも共有できたと思うのです。

写真が気づかせた足の変化

──運動会の観察といい、アイデアの出し方といい、非常にエスノグラフィー的なアプローチだと思いますが。

  当時は、全くエスノグラフィーを意識していたわけではないのですが、結果としてそうだったのかなと思います。今でも運動会を撮影して、現像した写真を整理しているときに、商品のアイデアが出てくることがよくあります。
  今年発売した「瞬足スリム」も、そうです。昨年の運動会で撮影した写真を見ていたら、靴がスポンと脱げてしまっていたり、脱げそうになっている子が何人もいることに気づいたのです。

──欧米人のようになってきたということですか。

  そうではなくて、土踏まずが未発達な子どもが増えているんです。土踏まずのアーチが沈むと、足の指が浮く。いわゆる「浮き指」と言われる状態です。運動会で一度、「ヨーイ、ドン」で後ろに倒れる子を見たことがあるのですが、「浮き指」だと後ろに重心がかかってしまうんです。そういう子が少なくとも30%〜 40%はいると実感しています。

──「瞬足スリム」は、それに対応した靴ということですか。

  もともと「瞬足」は、子どもの足の形状にぴったりフィットする「足入れの良さ」を大事にしてきたのですが、靴の脱げた写真を見ることで、それを前面に出した「瞬足スリム」という発想につながったのです。

──昨年から「瞬足陸上教室」も開催していますね。

葛飾区立南綾瀬小学校で開催された第2回子どものための「瞬足陸上教室」

葛飾区立南綾瀬小学校で開催された第2回子どものための「瞬足陸上教室」

  運動会で速く走るためのスキルアップ教室ですが、走る楽しさを1人でも多くの子どもたちに知ってもらうのが狙いです。小学校高学年を対象にした本格的スポーツシューズ「瞬足JAPAN」の開発で協力をいただいた順天堂大学の柳谷登志雄准教授を講師に招いて、昨年から開催しています。柳谷先生からは、「変わった装置を付けるといったことではなく、単にスパイクの配列を変えただけの靴なのに、走ってみたくなる。子どもたちの“走る”気持ちを動かす靴だ」と「瞬足」を評価していただいていますが、それはまさに、私たちの靴作りに対する考え方そのものです。子どもが履いたときの気持ちを想像しながら開発する。それがジュニア靴開発の基本だと思うのです。