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広告リポートfrom America

(Thu Jun 05 15:45:00 JST 2014/2014年6・7月号 from America)

アメリカ流、広告でのケンカの売り方
井上 武範   ニューヨーク駐在

  米国で悪口のコミュニケーションといえば比較広告が通り相場だろう。ペプシコーラがコカ・コーラを名指しした比較広告は、いくつかの名勝負を生んだ。その他自動車や携帯電話キャリアなど、例を挙げればきりがない。

  アマゾン・ドット・コム創業者のジェフ・ベゾスは顧客第一主義を標榜(ひょうぼう)し、「競合を見るな。顧客を見ろ」と社員に発破をかけるそうだ。そんなアマゾンも昨年、タブレット端末「キンドル」の新商品発売時に、アップルのiPadより解像度や重さ、価格で勝っているとする広告を展開した。一見矛盾するようだが、実は比較広告には深遠な理念がある。

  米国で比較広告が一般的になったのは1970年代、広告業・媒体各社が連邦取引委員会の要請に応じて自主規制を緩和してからだ。公正で客観的な比較に基づく真実ならば消費者の利益になるとの考えに根差している。競合商品の間で選択するために、消費者はより多くの情報を必要とし、それを提供される権利を持つ。比較広告により、その差を容易に理解でき、合理的な選択が可能になるというわけだ。

  アップルはしばしば標的にされる。サムスン電子は2012年、自社のスマートフォン「ギャラクシー」とiPhoneのスペックを比較する広告を新聞等に掲載した。「ジーニアス(天才)でなくてもわかる」とのコピーは、ジーニアスと呼ばれるアップルのカスタマーサポート担当者も指しているとみられ、刺激的な内容だった。また、今年4月には、「意識的にお別れするときだ」と題した広告で同様の比較をしている。これは、ハリウッド女優のグウィネス・パルトロウが3月に離婚を発表した際に使って話題になった言い回しをアレンジしたものとみられる。

  売られたケンカの買い方は難しい。比較のあら探しをするか、自社製品の優位点を見つけて同様にアピールするか、はたまた静観するか。アップルは4月22日のアースデーに「すべての企業に真似(まね)してほしいアイデアがあります」と銘打った、環境に関するブランド広告を世界主要紙に掲載した。特許をめぐるサムスンとの法廷闘争が過熱する中、応戦も意図した広告であることは明らかだ。

  マイクロソフトも、グーグルを批判するキャンペーンを、新聞や雑誌、テレビで展開した。グーグルが、電子メールをはじめとする同社サービスのユーザーの利用状況を、広告セールスなどほかのビジネスに役立てていると訴えるもので、Screwed(だまされる)とGoogleを組み合わせた「Scroogled」の合言葉が各媒体に躍った。

  比較広告の理想から遠く離れてしまったのが選挙広告だろう。研究機関「責任ある政治センター」の推計によると、2012年大統領選でオバマ陣営は4.6億ドル、ロムニー陣営は3.6億ドルを広告に投じた。カンターメディアによれば、オバマ陣営の広告の85%、ロムニー陣営の91%が相手を批判する内容で、これを憂慮した団体が選挙期間中に新聞に意見広告を出している。「内輪もめしている議会は機能しない」というリンカーンの言葉を引き、国民の74%がネガティブキャンペーンは事態を悪化させると考えているなどとする調査結果を発表した。比較広告は印象に残りやすいが、相手はもちろん、自分も傷つける危険をはらむ。比較する側される側も、消費者にもユーモアと冷静さが必要だ。

井上武範・ニューヨーク駐在

5月、セントラルパークで開催された日本文化体験イベント「ジャパン・デー」に行ってきました。ジェロさんの演歌あり、アメリカ人コスプレイヤーあり、水着で日光浴する若者ありのコスモポリタンな休日でした。