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コラムマーケボン

(Mon Oct 06 15:00:00 JST 2014/2014年10・11月号 マーケボン)

資本主義のイヌ
『太宰治全集』(全10巻/ちくま文庫) 平塚元明 マーケティングプランナー

  オフィスを持たないフリーランスなので、日中ぽかんと空いた時間は喫茶店にいる。大抵は居眠りしていたりするから知った人にはとてもじゃないが見せられない。その日もうつらうつらしていたら、いつの間にか隣の席に二人組が座っていて、会話の声がやけに大きい。聞くともなしに聞いていると、どうやら広告屋。先輩らしき男が、これからの広告について熱っぽく弁じたてている。それに心底感じ入った風の後輩の相槌(あいづち)が時折。

  広告というのが、いかに社会に欠かせない意義の大きい仕事であるか、企業活動を革新し人々の暮らしを豊かにしていくものであるか。それだから我々は常に意識を高くもって仕事にあたらねばならん、とかなんとか。乱暴に要約するとこんな感じ。間にジョブズやザッカーバーグなんて固有名詞がまじる。当人たちはいたって大真面目。ちょっと笑ってしまいそうになったけど、最近こういう人、増えてませんか。ソーシャルメディアのタイムラインに流れてくる広告屋の書き込みなんかを見ていると、気になって気になって。

  その心意気や良し。仕事に矜持(きょうじ)を持つのは悪いことではないよ。でも、おいおい広告ってそんな大層なものだったっけ、ちょっとリッパすぎやしないか。だいたい広告屋になろうと思った動機ってもっと卑近で下世話な理由だったんじゃないの。チャラチャラしてて楽しそうだとか。引退目前、半生省みてのベテランの述懐ならともかく、現役バリバリのいい若いもんがやたら意識(だけ)高いのもどうなんでしょう。

  そういうのに出くわす度に私が思い出すのは、駆け出しの頃に座った大阪の新地のバー。広告会社に入って最初についた先輩マーケターが、関西の某大学の出身で、別の先輩がこっそり教えてくれたところによれば、黒いヘルメットをかぶった全共闘の闘士だったらしい。大阪のクライアントの仕事で出張した時に、俺の昔の友達がやってる店があるからさ、とそのバーに連れて行ってくれたのだった。

  カウンターだけの小さな店で、和服の美人ママと数人の常連客。大して混んでもいないのに、先輩は一番隅の席に座る。壁には左派で顔が売れていた国会議員のポスター。常連とママの会話は政治や経済の話。どんな友達だったのかは先輩にとうとう尋ねなかったけど、昔の闘士仲間の溜まり場だったのだね。ママは、闘士たちのマドンナだったかつての女子学生か。

  先輩は明らかにいつもと様子が違う。黙って酒を飲む無口で渋い男。黙られても困るが、仕方なく私も黙って隅っこに座っていると、常連が久しぶりじゃないか、と先輩に話しかけてくる。今なにやってんだ。しばらくの間があいて、この人は東京で広告屋さん、と代わりにママ。すると、先輩が「資本主義の狗(いぬ)になっちまってさ」と自嘲気味の口調、こいつは会社の若者でね、と紹介されてもどう振る舞ってよいのかさらに困った。

  まあこれはこれで笑ってしまうような話で、先の若者とベクトルが反対なだけ、意識過剰は変わらないともいえるわけだが、どちらかといえばこちらの自嘲のほうが広告屋にはより似合うんじゃないかと個人的には思う。最近、どうも意識のチューニングが高すぎるような気がするんだな。いやぁ、バカやってます、難しいことよくわかんないんでスミマセン、みたいな感じが希薄になってきて、それが業界を、そしてアウトプットを何となく縮こまったものにしているような……気のせいですか、そうですか。

  一昨年、ひと夏かけて太宰治を全部読んだ。この人の自意識の過剰ぶりもなかなかのもの。「他に何をしても駄目だったから、作家になった」とか、「小説と云うものは、そのように情無いもので、実は、婦女子をだませばそれで大成功」で「利口な大人が目の色を変えて読み、しかもその読後感を卓を叩いて論じ合うと云うような性質のものではない」とか、小説ももちろん第一級だが、こんなことが書いてある雑文を全集から拾って読むのが大変におもしろい。バカやってます、スミマセン、から繰り出されるとんでもないおもしろさ。ジョブズもいいけど、ダザイじゃない?

イメージフォト

太宰治は今やパブリックドメインの電子テキストで読めてしまうけど、紙が似合うね、この人は。ジョブズやザッカーバーグは電子書籍リーダーで読んでも印象が変わらないけど。この辺りの感覚は個人的なものなのかな。

本誌デザイン/阿部雪絵デザイン室

〔筆者プロフィル〕

1967年生まれ。1989年博報堂入社。マーケティング局〜博報堂電脳体〜インタラクティブ局を経て03年に退社、現在はフリーで活動中。(株)博報堂DYメディアパートナーズメディア環境研究所客員研究員、(株)博報堂プラニングハウスフェロー、(株)パズル社外取締役、(株)ants相談役、「宣伝会議」レギュラー講師。著書に「ポスト3.11のマーケティング」(共著)など。 http://blog.goo.ne.jp/omiyage22