特集

2009.12・2010.1/vol.12-No.9・10

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企業にとっての生物多様性

ブームではない成熟したアウトレットへ

 アウトレットがブームと言われている。国内のアウトレット市場は08年度で5000億円超。高速道路の休日割引で手軽なレジャーとショッピングを目的に来店客が増えたと言われるが、要因はそれだけだろうか。全国に8か所の「三井アウトレットパーク」を展開し、日本にアウトレットという業態を育ててきた三井不動産に、その取り組みを聞いた。

――アウトレットモールが好調だと聞いていますが。

 確かに、モール全体の売り上げは伸びていますし、来店者も増えていますが、増床や規模の拡大がその主な要因です。休日の高速料金が1000円になった当初、アウトレットパークがにぎわっていると、しばしば報道されましたが、それほど極端に来店者が増えているわけでもありません。逆に、客単価は下がってきていますので、家計支出の先すぼまり感さえ感じています。客単価の減少は他の流通小売業と同じで、決して手放しで喜べる状況というわけではありませんね。

地元と商圏に愛されるモール

――そういう厳しい消費状況で、アウトレットが健闘している理由をどうお考えですか。

 やはり、ショッピングを楽しみながらブランド品を安く買えるということで、アウトレットがブームになっていることは確かです。ただ、それだけではなく、われわれがこれまで取り組んできた“仕掛け”が実っている面もあると思います。
 例えば、三井アウトレットパーク横浜ベイサイドですが、ファミリーがわれわれの重要なお客様になっています。もともとは元町ユニオンという高級スーパーがあったところですが、ここに国内ブランドを集めた「ライフスタイルアウトレッツ」と日本で唯一のキッズ製品専門館「キッズアウトレッツ」を開設しました。ファミリーを意識して、こちらから狙って仕掛けたのです。イベントも子ども向けのキャラクターショーや参加型のものを中心に展開し、週末にはミニSLを走らせています。単にお得におしゃれを提供するだけでなく、地元や商圏の方にも愛されるモールを目指しているのが、われわれの特色です。横浜ベイサイドに限らず、各モールの客層に合わせ、仕掛けもさまざまに変えています。

――モールをつくる前のリサーチで、そういうターゲットは想定するわけですか。

 事前調査は当然行いますが、業態自体が新しいこともあり、この十数年はどちらかというと経験的に学んできたことが多いかもしれません。われわれには「ららぽーと」の運営実績も30年近くありますから、イベントなどの手法は、そのノウハウを生かせていると思います。

正統派のアウトレットを目指す

――三井アウトレットパークは、最初の大阪鶴見が95年の開業ですね。

 われわれがアウトレットという業態に着目したのは、近隣の既存商業施設とのバッティングが避けられるからです。ブランドメーカーや正規輸入代理店、セレクトショップが、在庫品などの販売を責任を持って行うものを、われわれはアウトレットと呼んでいます。この姿勢は大阪鶴見をオープンして以来、十数年変えていません。
 ただ、開業当初は日本にはなじみのない業態でしたから、一般のディスカウンターと誤解されることも多かったことは確かです。最初はなかなかテナントの理解が得られず、「アメリカの手法を日本に持ち込んで成り立つのか」「メーカーが大事にしているブランドのB級品を流して、顧客の混乱を招いたり、ブランド価値を下げたりしないか」と言われることもありました。しかし、チャレンジを好む社風ということもあり、基本姿勢を変えず事業を進めていくうちに、業態として次第に認められるようになっていきました。
 転機は、2000年にチェルシー・プレミアム・アウトレットが御殿場にオープンし、われわれも同時期に幕張と多摩南大沢にモールをオープンしたあたりからです。そのころから世の中にアウトレットに対する認知が一気に広がり、急速に業態としても成長し始めましたね。

ブランド統一し、マスで告知

――三井アウトレットパークは、都心に近い所につくられていますね。

 それでも百貨店やGMS、あるいは専門店との棲み分けが当初からの基本で、中心市街地から車で30分の距離という方針は今も貫いています。駅に近い施設も多く、車だけより集客には有利に働いていると思います。

――商圏も広いと思うのですが、集客はどのような方法をとっているのでしょう。

 商圏は、平日は移動距離で30分圏の一次商圏、週末は60分圏、場所によっては90分圏の二次商圏まで広がります。
 実はこれまでの集客は、個々のモールごとに、エリアのミニコミ誌や新聞折り込み広告を中心に行っていたのですが、08年春からモールの名称を「三井アウトレットパーク」に統一し、集客方法も大きく変えました。モールに会社名を冠したというのは、この事業に対する我々の意気込みを伝えたかったからでもあるんです。
 まず、名称ですが、それまでは「横浜ベイサイドマリーナ」、「ガーデンウォーク幕張」と名称がバラバラだったものを、「三井アウトレットパーク」+「地域名称」に統一し、ロゴも一新しました。また、告知もより広域にリーチさせたいということでマス媒体に切り替え、ホームページも「三井アウトレットパークポータルサイト」として一つにまとめました。
 徐々にその効果も表れ、これまで来店されなかったエリアの方や客層も増えています。予想外だったのは、複数の三井アウトレットパークを回遊する動きが出てきたことです。

モールはソフトを売る施設

――アウトレットモールの運営にとって、重要なことは何でしょうか。

 我々の仕事は、建物のディベロップメントと思われがちですが、実は、どちらかというとオペレーションです。モールは、建物ができた後のテナントやイベントでお客様から評価されます。つくったら終わりではなくて、その後、10年、20年と施設の新陳代謝を図っていくことがより重要です。そういう意味では、アウトレットは装置産業というより、ソフトを売る施設です。
 また、ブランドメーカーやショップの型番落ちや在庫を売る施設ですから、お客様のファッションに対する好みの変化をより的確につかむ必要があります。最も旬なブランドを喜んでいただける適正な価格で提供するために、時にはテナントの入れ替えも必要です。もちろん、イベントなどによって施設を常に活性化させていく必要もあります。実は、アウトレットモールは、かなり緻密な計算と努力によって運営されている施設なのです。

――客単価が下がっていると言われましたが、運営上で対策をとられているのですか。

 そういうアプローチはあまりとっていません。ゴーイングコンサーンというか、施設として継続的に事業活動を行うことを使命にしていますから、一定の数字をきちんと積み上げていくような運営を心掛けています。そういう努力が今のブームにつながっているとしたら、われわれとしてはうれしいですね。

消費者の成熟が成長のカギ

――来年は札幌と滋賀の2か所にモールを新設すると聞いていますが、今後の展開についてはどのようにお考えですか。

 三井アウトレットパークは、実は02年開業の「ジャズドリーム長島」まで、時間消費を意識したテーマパーク的な演出でつくってきました。横浜ベイサイドも架空のアメリカの海岸沿いの都市をモチーフにしてつくっていますし、多摩南大沢は南フランスのプロバンス地方の雰囲気でつくっています。しかし、08年の入間以降はそういった演出を省いて、ブランドショッピングを前面に出したモールづくりに方針転換をしています。

――その理由というのは?

 お客様がアウトレットモールとはどういうものか、身につけられたという判断からです。最近は、靴下はスーパー、下着はカジュアルな衣料専門店、ダウンジャケットはブランド店で買うというように、同じお客様がいろいろなカテゴリーのお店を使い分けるようになっています。アウトレットも、そういう使い分けの中に位置づけられてきたと思います。
 車にも走ればいい人と、乗る以上は憧れの車に乗りたいと思う人がいるように、ファッションも、安くて丈夫で多少おしゃれであればいい人と、人と同じ格好はしたくないという人、トレンドから遅れたものは絶対に着たくないと思う人がいます。そこにブランドビジネスが成り立つわけで、アウトレットにもビジネスチャンスが生まれる。ブランドに元気のあることが、われわれのビジネスが成り立つ前提条件なのです。単なるブームではなく、アウトレットはお客様の成熟とともに、まだまだ伸びる余地のある市場だと思っています。

大阪鶴見(1995.3開業)

横浜ベイサイド(1998.9開業)

マリンピア神戸(1999.10開業)

多摩南大沢(2000.9開業)

幕張(2000.10開業)

ジャズドリーム長島(2002.3開業)

入間(2008.4開業)

仙台港(2008.9開業)


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