こちら宣伝倶楽部

2009.12・2010.1/vol.12-No.9・10

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「広告がたりない」と 「広告しすぎかも」と

イラスト

 「広告不況」という言葉は間違いだと思う。広告はそんな言葉で評価、表現するものではなく、むしろ「広告業不況」の方がふさわしい。そうでないと広告主企業内で広告そのものの力と、広告宣伝費の被害妄想がすすみ、ますますそのダッシュ力が奪われる。一連の不況事実と同一視されるべきではない。広告は景気や業績に左右されるものでなく、広告主のマーケティング感性と意志で左右されるものであるからだ。それをあてにする人のために企業は広告をしているのではない。

「おもしろい」の勘違い

 「広告不況」ではなく「広告業不況」、これにもうひとつ付け加えると「広告不作」がある。ピリッとした広告に久しく出会わない。知恵者が集まって優れたクリエイティブで仕上げた「唸るような広告」に巡り合うことが少なくなった。これがとても淋しい。
 まるで折り込みチラシのような品のない広告や、肝心のメッセージが伝わらない広告、マーチャンダイジングに鮮度や迫力がないので、広告の軸になるメッセージの訴求力が弱ってしまった広告が席巻しはじめ、「広告から発見する感動」がなくなっている。
 テレビは、誰かが「おもしろい番組をつくれ」と命令した、その「おもしろい」を勘違いしたらしく、現在のような番組が主流になってしまった。制作費を安くあげようとするタイミングと重なり、張りぼての固定ステージではしゃぐその他大勢タレントがいつの間にか主役になってしまった。テレビが自ら招いた悲劇で、その結果、正攻法で作った企業のCMの収まる場所がなくなり、番組がCMの余韻をつぶすようなことが増えてしまった。広告が浮いてしまったら、広告主にとって広告の期待成果は小さくなる。主力にするとリスクが増える。リスクを増やしてまで広告費を投入するような時代ではない。
 新聞のカラー化と美しいカラーの再現技術には目を見張るし、新聞社にとってはご自慢のたねだろうが、本紙記事のカラー化がすすむにつれ新聞そのものが逆に田舎くさくなる。新聞そのものは元来モノクロで、ピシッと紙面が締まっているもの、それを前提にしてほとんどの広告は作られる。それが新聞広告の完成度だ。記事のカラー化がすすむのは、テレビの「おもしろ化」とよく似ている。

減らして気づいたこと

 いわれるところの「広告不況」にはもうひとつ大きな問題がある。
 「広告を少なくする」「広告をやめてみる」という行為に出ても、業績やブランドロイヤリティーへの影響は急に出ないし、影響は意外に少ないのではないか。取引の現場、商習慣にも大きな変化はないということを、多くの広告主、広告担当者に気づかせてしまったのではないだろうか。確かに長期の目でみると影響が出るというだろうが、本当にそういいきれるのだろうか。久しぶりに見つけた「かつての企業やブランドの広告」に出くわすと、懐かしい親近感と元気であったことへのうれしさで、その広告と広告主に気持ちが急接近するようなことがあり、それが心の中で小さなエールになるようなことがある。おそらくこの感情経験は多くの人にあるはずで、それが広告のありがたいところだと思う。
 広告会社やメディアがやると絵にならないが、広告主の団体である「日本アドバタイザーズ協会」が、「もっと広告を」の啓発事業を考えだしてもいいころだ。繰り返しになるが、広告は広告主のマーケティング感性と、信念に満ちた意志と、誰も保証してくれない責任への覚悟で行うものである。広告は人からそそのかされたり、諭されてやるものではない。
 むしろ広告会社やメディア側が、「広告の新しいメニュー」と、利便性の高い「サービス」を提示してくることの方が急務だ。大勢の盛りあがらない大仕掛けなイベントを持ちだして、広告業的ビジネスをすすめるなどという仕組みからの展開も、次の世代は賛同しにくくなる。もっと地道に、もっと基本的なことから広告を考えていく、平成はひとあじ違うぞという感覚になる。メディア別の広告主目線からの学習に、アドバタイザーズ協会が取り組みだしたのは良いことだ。

広告する値うちの検証

 広告の再設計を考えるチャンスだ。広告の適正と効率を考えること。そのことのために広告はどれくらい必要か。広告は真に売る力になってくれているか、広告がいつの間にか絵そらごとになって、組織をあげた広告機能の活用を忘れ、広告は単なる宣伝部の仕事に成りさがっていないか、タレントなど、経営的視点ではどうでもいいことに重点が移ってしまっていないかなど検証しなおすことはとても多い。広告会社との反りもあるし、窓口とのコミュニケーションもある。広告の手段も洗いなおしたいし、宣伝部の「平成の革新」にも火をつける時だ。12月から1月、「締めくくり」と「計画」を同時にやる、反省だけの締めくくりより、次のステップへの思い切った行動計画とそのための「特色ある行動基準」に大いなる議論の時間をさくべきだ。広告主は必要以上な「社外頼みや依存」を改めるべきで、そのための人材の新布陣により、「平成の革新」とともに、不況や不調、不作といわれる環境からの早期脱出が約束されることになる。
 最後に、広告のど真ん中にあるはずの「ものづくり」に重点をおけということ。中心におくものに広告する値うちがあるかどうかだ。そして「クリエイティブ」を手抜きせず、安い、早い、いいなりになるでクリエイターを固定させるのは避ける。そしてもうひとつ、企業内で「円卓会議」を開き、製造・販売とコミュニケーションが合意一体化する努力をすること。本気でやれば会議はもっと少なくてすむものだ。

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