通じ合うチカラ

2009.12・2010.1/vol.12-No.9・10

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社内の壁を突き破る

 「会社で成果が出始めた秘訣は?」。連続ヒットを飛ばす編集者にたずねた。「初めて上司の気持ちを考えるようになったんですよ」。「あっ、私も!」。思わず叫んでしまった。私は企業に勤めた16年間に、最高評価をもらったことがある。私もその年、初めて上司の気持ちを考えた。会社のタテにヨコに、本気で話を通すことをし始めたのもその年だ。
 上司や仲間の気持ちを考えることが、なぜ成果につながるのか? そもそも、会社では、なぜ言葉が通じないんだろう? 上から下に、下から上に、ヨコに。

 高評価をもらった入社11年目、編集と営業でコンビを組んで教材を開発しろとお達しがあった。「えっ! 営業と一緒に教材開発を?」、正直私はいやだった。私の担当の高校入試の小論文編集は、10年やってもまだ足りない専門スキルが求められ、「精通しないものに企画はムリ。まして営業なんかに」と思っていた。
 それまで、営業のチカラをどこか嘗めていた。だって「売ることばかり」言うのだ。会議でも編集が苦心惨憺した質に触れず、やれ「付録をつけろ」だの、やれ「売りやすいタイトルにしろ」だの、「営業は、なぜ売ることばかりうるさく言うのか」。かみ合わない会話の徒労感、消耗感といったらなかった。
 「売れれば営業の手柄、売れなければ編集のせい」。さらに、なんとか部内の会議を通っても、会社の「上の人」への「もっていき方」ひとつ間違えると、元も子もなくなる。だから会議のあと、直属の上司たちが、「これを上へどうもっていこう?」と本来の仕事以上に時間をかけ、神経を使い、策略を練りに練っていた。その姿をばかばかしいと思った。自分の思い入れのある企画が通らないとき、社内の人間は外国人のように話が通じず、むしろ他社の編集者のほうがよっぽど話が通じると、孤立感にさいなまれたものだった。

指揮者
タイトルカット&イラスト 伊野孝行

 フリーランスになって9年たったいま、私は思う。「上へのもっていき方」に頭を悩ませるのは、むしろ尊い行為だと。会社員がタテにヨコに話を通じさせようと苦労するのは、尊い「翻訳」の作業なんだと。会社でなぜ言葉が通じないか。会社は「分業」を選んだからだ。
 初めて会社を興すとき、例えば出版社なら出版社で、分業の良さはみんなわかっていたはずだ。「編集は売ることにわずらわされず良い本作りに専念できる。売ることは営業が、お金のことは経理がやってくれる」と。いま私は、たった一人で仕事をし、社長兼、経理兼、広報兼、掃除、お茶くみとなんでもやる。すべてやって時に失敗するから、チームで得意分野をわけ持つ会社組織が懐かしい。
 しかし、分業が進むと、それぞれ見る風景が少しずつ違ってくる。編集は作家と新しい文学をつくるため生みの苦しみを味わい、営業は出版不況の中、書店を回り、作り手の理屈でない、買う側の論理をつきつけられる。経理はお金の出し入れを通してしか見えない会社の問題点に気づく。時がたつうち、それぞれがリレーの1区間のスペシャリストになるころには、おたがいの見る風景はまったく違ってしまう。何億円規模もの決定を祈るような気持ちで下す上の気持ちを、目の前のことにさえ決定権のない下にはわからず、自分が走る区間の外は、まるで知らない素人同然だったりする。
 入社11年目で私が迎えていた壁も、まさにそこだった。教材の質に神経を注げば注ぐほど、読者の高校生から見れば、「立派だけどしかつめらしい、とっつきにくい教材」であり、同じ会社の人間にさえ伝わりづらい、社内認知のとれない教材になっていた。私は、自分の努力の限界に来てどうしていいかわからず、出社拒否寸前まで追い込まれていた。
 そのとき、出張から帰ってきた営業の相方が、私の「ご立派だが小難しい」企画を読み直して理解してくれた。彼女はペアを組んだ日から、小論文について地道にコツコツ勉強を重ね、私の言っていることは相当高いレベルで理解するまでになっていた。そうして、私の言わんとすることを、図解と短いキャッチコピーで、一発で高校生に通じる言葉に「翻訳」していってくれた。その手並みは鮮やかで、長年、読者の高校生に財布の口をひらかせるまでに教材を伝え、心を揺さぶってきた営業の底ヂカラを思い知らされた。それは11年間、いいものさえ作っていればそれでよく、それを外に売るチカラ、社内の上やヨコに通すチカラを、営業やリーダーに任せっきりで、素人同然だった自分のいびつさに気づかされた瞬間だった。

 会社を選んだということは、「分業」を選んだということだ。分業で得した分、タテにヨコに、言葉を通じさせる努力を惜しまないというのが会社員の覚悟だ。
 「限界突破には、自分をひらいて、他者の協力をあおがねばならない」
 話を通じさせるために、私が一番重視したのが、「文脈をおさえる」ということだ。まったく同じ言葉を言っても、「それが相手のどんな背景、思考回路から出てきたのか」の把握によって、理解度、納得度はまるで違う。たとえば上司と自分は見ている風景がまるで違うので、3分でもいいから時間をとって、「上司は、朝何時に来て、会議の準備をし、会議後には上に通すために何をし……」と上司の行動を頭の中で追った。それだけでも、上司の言い分はずっと理解しやすく、同時に自分の言葉も通じるようになっていった。
 編集の組み立てた企画を、営業が高校生に届く表現に「翻訳」し直した企画は、一発で会議を通り、上の心をつかんだ。
 相手の背景を読む努力があれば、分業の壁を突破できる。言葉は通じる!

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