特集

2009.10・11/vol.12-No.7・8

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企業にとっての生物多様性

「生物多様性 日本アワード」とイオンの鎮守の森

 10月9日、国内の生物多様性保全活動などを顕彰する「生物多様性 日本アワード」の第1回授賞式が行われる。主催のイオン環境財団は、環境NGOへの支援活動や市民ボランティアと共に多くの植樹活動を行ってきた。賞の創設を始め、同財団が生物多様性に深くかかわることの意義について聞いた。

――「生物多様性 日本アワード」とは、どのような賞なのでしょうか。

 日本国内での個人・団体による取り組み、もしくは日本に拠点を置く個人・団体の海外での取り組みで、生物多様性の保全、持続可能な利用に貢献する活動を顕彰しようというもので、今年から隔年の実施を予定しています。また、来年、名古屋で開催されるCOP10では、海外の団体・個人を表彰する国際賞も考えています。
 環境省との共催ですが、私たちが考えたアワードの趣旨に賛同いただいて、共催になったんですね。アワードのグランプリに環境大臣賞、それから審査委員に自然環境局長に入っていただくことになっています。

生物多様性の根源は森

――アワードを創設したきっかけは、何だったのでしょうか。

 イオン環境財団の設立は91年ですが、当初から「国内の緑化」「海外の緑化」「環境NGOへの支援」の三つを大きな柱として活動してきました。長年、環境NGOへの支援を続ける中で、その活動を顕彰することができないかと思っていたのですが、どんなアワードにするか絞りきれていなかったのです。それが2010年に名古屋でCOP10が開催されることになって、財団としてこの国際的な会合をサポートできることは何かを考える中で具体化したということです。
 草の根的に地道な環境活動をしているNGOの人たちは本当にたくさんいらっしゃるのですが、その活動を支援するだけでは、どんなにすばらしい活動も世の中に広まっていかない。その人たちの活動を顕彰することによって、一般の人たちを巻き込んだ展開ができないかというのが、もともとの考えだったのです。
 実際にアワード創設に向かって動き始めたのは08年夏からですが、COP10を単に学識経験者や関係者だけが世界中から1万人集まって会議をしましたというだけではなく、今から一般市民の人たちに生物多様性を守ることの重要性を知ってもらい、自分の身の回りから何か行動する機会にしてもらいたいという思いもありました。それで、プレCOP10の今年からアワードをスタートさせようということになったのです。

生物多様性 日本アワード第1回優秀賞受賞者
――アワード以外にどのような活動を予定していますか。

 新聞広告は、イオングループの協力で、6月と12月ごろの年2回掲載しています。環境NGOの助成先募集とその結果発表が主な目的ですが、同時に、市民ボランティアのみなさんと一緒に植林した地域の現状報告や今後私たちが目指すものをみなさんに知らせるためにも使っています。6月の新聞広告は、「生物多様性 日本アワード」の創設もあり、生物多様性をテーマにしたものにしています。ただ、これまでの広告と基本は変えていません。というのも、生物多様性は、これまで私たちがやってきたこととかなり近いからです。
 人間が破壊してきた森を少しでも回復していこうという気持ちから、私たちも91年から「木を植える」活動を続けてきたのですが、森を守ることが、結果的に、生物多様性にもつながるし、気候変動の問題にもつながる。生物多様性の根源は、森だと思っています。

6月30日 朝刊
6月30日 朝刊

現代版「鎮守の森」を

――環境財団と森を守ることとのかかわりは、どういうきっかけからでしょうか。

 環境財団設立当初、当時イオン会長でもあった岡田卓也理事長が、横浜国立大学名誉教授の宮脇昭先生と対談する機会を得たことが大きかったと思います。宮脇先生は、その土地固有の植生を割り出しながら、国内外で3000万本を超す植樹活動を続けてきた植物学の世界的権威です。その対談で、「鎮守の森」の大切さを力説されたのです。
 ヒトの顔に頬っぺたのように触ってもいいところと、目のようにちょっと触れても痛いところがあるように、我々の祖先は長い経験で、地域のどの場所が開発に弱い自然かを知っていて、その場所を大切に残してきた。この森の木を切ったら祟りがある、この水源にごみを捨てたら罰が当たると、宗教意識をうまく使って弱い自然を守ってきた。それが鎮守の森です。しかし、その鎮守の森が日本から次々と姿を消している。
 そういう話の後、宮脇先生から「ショッピングセンターを鎮守の森にしたらどうですか」という提案があって、「やりましょう」ということになったのです。次の日に岡田は、担当者を宮脇先生のところへ派遣したんですね。
 また、もともと岡田自身が環境への関心が高かったこともあります。イオン、ジャスコ以前の岡田屋の時代に店舗を作るたびに付近に花壇を作ったり桜の木を植えることをしていましたし、イオン環境財団も、岡田と当時社長だった二木英徳(現イオン名誉相談役)が、個人所有のイオンの株式を寄付して作られたプライベートな財団です。株式の配当金で事業を行うことで環境保全を永続的に行うことができるという考えから創設したものなのです。その翌年の92年にリオの地球サミットが開かれましたが、当時の新聞に「環境」という文字もほとんどなかった時代でした。

CSR活動としての環境保全

――これまで環境財団では、どのくらい植樹されているのですか。

 国内外で植樹した数は、今年の5月で900万本を超えたと思います。
 最初の植樹は91年、マレーシアのマラッカ店ができた年です。今でこそマレーシアも一般市民が植樹にボランティアで参加してくださるのですが、その当時は「労働力として使うのか」という誤解もあって、従業員と業者の方の協力で植樹祭を行いました。国内は、92年4月、三重県の久居店が最初です。
 実は、従業員だけでなく、一般の市民の人たちがボランティアで参加するというのがイオンの植樹活動の最大の特徴です。各店舗で行っている植樹も、環境財団が国内外で行っている植樹も、必ず地域の一般の市民の人たちに参加を呼びかけています。植樹の費用はイオン側が負担しますが、旅費や宿泊代がかかる場合は、ボランティアの方の負担です。それでも毎回、多くの市民の方が参加してくださる。それだけ、私たちの活動がみなさんに理解されてきているからだと思います。
 逆に言えば、植樹を実施する時に行政や自治体のお墨付きがないとできないというのであれば、その活動はまだ世の中に認知されていないということです。メディアの人たちも、そのへんに誤解があって、「活動にお墨付きが必要でしょうから協力しましょう」という申し出を受けるのですが、そうではないんですね。記事やニュースで私たちや市民ボランティアの活動を伝えてもらうことにこそ意義があるのです。

――イオン環境財団の活動は、イオングループの活動とは別のところにある?

 もちろん、財団ですから活動と商売を直接結びつけることは考えていません。ただ、イオンのブランドビルディングの一環であることは強く意識しています。どこで植樹するにも、子供たちの環境活動をサポートするにしても、「イオン」という名前が付いてまわる。そういう意味で、イオン環境財団の活動は、企業のCSR活動です。
 21世紀に入って、企業の社会的責任が様々な局面で求められるようになってきました。持続可能な社会を目指すためには、企業も社会的責任を果たす必要があるし、社会にその存在価値を認めてもらえる企業でなければならなくなっているということなんです。
 生物多様性保全というのは、地球を美しいままに保つには何をすべきなのか、という問題だとシンプルに考えています。その活動の重要性を伝え、市民のみなさんといっしょに木を植え続ける。それが私たちの役割だと思っています。


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