特集

2009.8・9/vol.12-No.5・6

  • この記事をクリップ!
  • newsing it!
  • Buzzurlにブックマーク
  • このエントリーを含むはてなブックマーク

大学広報の今

大学の改革とマス広告の役割

 大学広報におけるマス広告の役割はどこにあるのだろうか。ここ数年、新聞広告やテレビCMなど、マス広告を使って積極的な広告活動を展開しているのが東海大学だ。その広報戦略の中心となって活躍する広報部・篠原正明氏に聞いた。

――大学広報の役割について、どのようにお考えですか。

 どの大学も同じだと思いますが、大学広報は学生募集からもともとスタートしていて、今も予算の多くはそのために使われています。しかし、最近は大学広報の業務も広範囲にわたってきています。一般企業では広報室、宣伝部、営業部、販売促進部、お客様相談室、それから経営企画室と組織が分かれていますが、大学の広報部門ではそれらすべてをひっくるめて担当しているところが多いと思います。
 東海大学の場合、広報部は経営母体の学校法人東海大学の広報で、幼稚園から大学まで、さらには病院などの事業体すべてを管轄しています。学生や生徒募集に関しては各教育機関が中心となって展開していますが、大学・短大の学生募集の予算は本部広報が管理しています。これは、少なくとも予算を法人本部で持っていれば、学生募集、生徒募集も大学全体の展開から外れないようにコントロールできるという理由からです。この「大学の広報は一つだ」という考えは、創立者の時代からあったものです。

――学生募集以外の広報活動は、本部広報の役割になっているということですか。

 ただ、学生募集も基本的な考え方は本部広報が提示します。以前は、学生募集用のガイドブックもすべて本部広報で作っていました。それを現場に移すようにしていったのが12年前です。その理由は、内容が多岐にわたるとともに複雑になり、現場とのすれ違いや食い違いが出てきたからです。当時は九州東海大学、北海道東海大学、東海大学の三つの大学に分かれていたこともあり、現場に主導権を持たせて学生募集をやろうということになったのです。12年前というと、受験生の減少もそれほど感じられない時期でした。そのころの本部広報の役割は調整役でした。
 ところが、年を追うごとに少子化の影響が見え始めて、これまでの広報活動を見直すことが必要になってきたのです。各現場で独自の展開をしたために、東海大学のイメージが拡散してしまっていたんですね。
 それで、常務理事会の下に「広報戦略会議」を組織して、戦略的な広報を展開しようということになったのが04年です。大学のさまざまなステークホルダーに対しての広報に力を入れ出したのは、それからですね。従来の広報活動を見直して、これまで手薄だったところにはどういうアプローチが必要なのかを考え、同窓生や企業などステークホルダー別に予算も組んでいったのです。

大学のDNAを再確認する

ポスター
パイロット養成コース新設のポスター
――05年から「先駆けであること。」をスローガンにマス広告を積極的に使われていますね。

 拡散してしまった東海大学のイメージをもう一度再確認しようということで始めた広告です。常務理事を始め学内をヒアリングすると、東海大学が世の中に先駆けた事例が非常に多く出てくる。日本で最初に民間FM放送を始めたのも実は東海大学です。60年に代々木校舎でFM東海(現FM東京)の放送を開始しているんですね。62年の海洋学部の開設も日本の大学で最初です。最近では、ANA(全日本空輸)と提携して工学部にパイロット養成コースも設置しています。
 東海大学が先駆け的なことに取り組んできた大学であることは創立者松前重義を知っている世代の共通認識としてはあったのですが、それを新しく入って来た教職員の間にも浸透させ、「先駆け」を東海大学のキーワードとして世の中に広く認知してもらい、定着させることがこの広告の目的でした。このキャンペーンは05年、06年と2年にわたって行いました。
 その次の展開として取り組んだのが3大学の統合です。九州東海大学、北海道東海大学、東海大学を08年から東海大学に統合し、一つの大学として多様な領域を広くカバーする学部・学科構成になりました。それで、07年は3大学統合の認知を図るために「多様なフィールドが、ひとつに。」、実際に統合が実現した08年には「多様なフィールドがある。」というスローガンで広告を展開しました。

――それを踏まえたのが、今年の「社会につながるフィールドがある。」という広告ですね。

 4年間の活動で東海大学のアイデンティティー、DNAは再確認されてきましたが、そこで、もう一歩踏み込んで東海大学の教育に対する取り組みを伝え直していこうというのが、今年の広告です。受験生獲得という観点から、高校生や保護者を意識したものにしています。しかし、同時に教職員に対する「もう一度、東海大学の教育とは何かを考えよう」というメッセージであるとともに、そうした大学の教育に対する取り組みが厳しい経済状況でも就職に強い学生を育てているという学生や保護者へのメッセージでもあるのです。

2007年5月1日 朝刊
2007年5月1日 朝刊
2008年5月1日 朝刊
2008年5月1日 朝刊
2009年5月14日 朝刊
2009年5月14日 朝刊

大学広報の職員の役割

――そうした基本的な広報戦略は、どのように作られているのでしょうか。

 もちろん、経営戦略があって広報戦略があるわけですが、広報戦略の立案はわれわれ広報の仕事です。実は、「広報は広報がやればいい」という土壌は創立者によって作られたものです。東海大学は42年の創立ですが、短期間に今の規模になったのは、創立者が先頭に立ってビジョンを示し、それを全教職員で実現していったわけで、職員の力が大きかったと思っています。ですから、今でも職員の役割がほかの大学に比べて大きいということは言えるかもしれません。
 先ほどの広告展開も、何をやるかはトップが決めることですが、具体的な広告表現は広報が責任を持って決めることだと思っています。

――「先駆け」に始まる一連の広告展開は、UI(ユニバーサルアイデンティティー)の一環と考えていいのでしょうか。

 UIというよりブランディングです。UIというのは、大学の存在意義を問い直し、これからどうあるべきかという理念を整理・再編することだと思います。東海大学では、創立50周年の前年、91年にUI検討専門委員会を作って検討しています。今も創立者の建学の精神はこの大学に色濃く残っていますが、その年の8月に創立者が亡くなったばかりで、建学の精神や行動理念を問い直すまでもなかったのです。それで学園全体のシンボルマークだけを作成したという経緯があります。
 「先駆けであること」という最初の広告も、創立者の建学の精神を再確認したに過ぎません。今年の「社会につながるフィールドがある」も、社会に対して東海大学がどういう教育をして、どういう成果が出ているかを伝えるのが狙いです。実体がなければ広告だけでブランドを作ることはできません。「先駆け」「社会につながるフィールド」も東海大学にもともとあるものです。ブランドは個々の消費者の頭や心の中にその価値を構築していくことですが、そういう意味で、今行っている広告活動はブランディングだと思っています。

大学の改革と歩調を合わせて

――今年、新聞広告では観光学部の新設を中心に展開されていますね。

 観光はこれからの日本の重要な産業として注目されていますが、観光学部の新設も「社会につながるフィールド」を提供する取り組みの一環です。新設の学部・学科に関しては、新設の手続きを終えてから告知活動を始めますから、短期間に周知させる必要があります。そのためにはマス広告が必要で、特に新聞広告の力は大きいと思います。そこで今年は、全国紙や地方紙を使った広告では、観光学部の新設と「社会につながるフィールドがある」を合わせた広告にしています。

――読売新聞では、さらに座談会を掲載していますが。

 大学というところは具体的な商品がないですから、非常に広告が難しい面があります。新聞社とのタイアップは、大学の取り組みを特に保護者層に具体的に理解してもらうには最も適した方法だと思っています。
 読売新聞社とNHKが主催するノーベル賞フォーラムへの協力も、今年で3回目になりますが、大学単独ではできない取り組みです。こうした社会的意義のある活動に対する協力は別ですが、新聞社とのタイアップは、東海大学のアイデンティティーや特色をよく表現できる企画であれば今後も積極的に取り組んでいきたいと思っています。

6月28日 朝刊
6月28日 朝刊
――今後、東海大学の広報はどのような方向に進むのでしょうか。

 東海大学は2012年で創立70周年を迎えます。3大学の統合もそれに向けた展開ですが、建築など類似の学科が複数あります。東海大学の中心である理工系の再編が次の改革の目標です。それに歩調を合わせて広報も展開していくことになると思います。
 今の広報活動も少子化の影響で受験者数を増やすまでには至っていません。偏差値という尺度では測れない優秀な人材を集め、社会に送り出すことが、反骨の人だった創立者の考えであり、東海大学の創立以来の方針です。付属高校が多いのも、その考えによるものです。今の広報の最大のミッションは、この理念に基づいた大学の改革をサポートすると同時に、東海大学のブランドをどう作るかだと認識しています。マス広告をどう使うかも含め、広報の役割は今後ますます重要になると思っています。


もどる