マーケボン

2009.8・9/vol.12-No.5・6

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Vol.3 変化するもの・しないもの 「逝きし世の面影」(渡辺 京二著/平凡社ライブラリー)

 のっけから私事で恐縮だが、私の実家は岐阜の田舎 で和菓子屋をやっている。親父が3代目で、私は長男。跡継ぎになる子だから、と初代・曽祖父の元三郎から「元」の字をとって「元明」と名前が決まった。

 しかしながら育ってみれば、和菓子職人に欠かせない美的センスが一向に発現しない。菓子作りを手伝わせれば、手より先に口が動く。「理屈こねずに餡こねろ」と子供の頃に親父によく叱られた。至言である。

 「元明」という名前の「元」の字はそんなわけで、では「明」の方はと言うと、私の生まれた昭和42年が、明治のご維新からちょうど100年(数え方には諸説あり)というので決まったらしい。子供の頃は、そんな話を聞いても全くピンとこなかった。100年前なんて、子供にしてみれば昔も昔、大昔だ。

 ところが自身齢40を超えてみると、100年前なんてつい最近だなぁという感覚が芽生えてきた。江戸の世から現在まで、私がおよそたったの3人分だ。マーケティングの仕事は、めまぐるしく変わる世の中のトレンドを扱うが、こういう時間尺が沁みるようになってきたせいか、目先の変化の背景に潜むもっと大きな時代の流れに最近はより興味を感じる。

 「逝きし世の面影」(渡辺京二著・平凡社ライブラリー)は、明治維新前後に日本を訪れた外国人たちの見聞記の記述を渉猟し、150年前の日本を、いわばデスクトップ・フィールドワークしてみた、という本。失われてしまった、かつての日本人の美質を悼む文章の行間から、今もずっと変わっていないものが静かに浮かび上がってきて胸をうつ。東京の高層ビル群の向こうに見える富士の頂、といった趣。

 何が変わったか、を考える一方で、何が変わらないのかを看取すること。100年に一度と言われるほど変化の激しい今だからこそ、明滅するファッドに惑わされない構えがマーケターには何より必要だと思う。

東京の高層ビルと富士山

実家の和菓子屋、現在は弟夫婦が4代目として店を切り回している。
理屈ばかりこねていた長男は、東京でマーケターになった。
本稿を書きながら聴いたのは、近衛秀麿が雅楽を西洋の五線紙上に
編曲したオーケストラ版「越天楽」(ナクソス・日本作曲家選輯)。
「変わらないもの」について思考してみるのにいいCDだ。

平塚元明(文)
マーケティングプランナー

http://omiyage.no-blog.jp/

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