通じ合うチカラ

2009.6・7/vol.12-No.3・4

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一発で信頼を得る

 初対面の相手に、すぐに気に入られる人がいる。一方、何度顔を合わせてもよそよそしい扱いを受けるままの人もいる。
 同じ人間なのに何が違うんだろう?

 私が大学生のとき、方言調査で地方に行った。二人一組で民家を一軒一軒まわり調査協力を頼む。10軒くらいまわって気づいた。私が頼むと断られることが多い。でもなぜか同行した友人が頼むと受けてくれる。友人は「こずえちゃん」という、色が白く背が高く、すいこまれそうな美人だった。「こんなきれいな人の言うことなら」と地元の人たちも協力をこばめないのではないか。それは1日まわって残酷なまでにはっきりした。二人はマニュアルにある全く同じ内容をしゃべっていたからだ。同じ女性として相当落ち込みもしたが、コミュニケーションの重大な事実を知った。つまり、「何を言うかより誰が言うか」。同じことを言っても、東スポの1面が「宇宙人発見」と言うのと、NHKの7時のニュースが言うのでは印象は全く違う。
 人間もメッセージを伝えるメディアだとしたら「自分のメディア力」はどのくらいだろう? 人は十分コミュニケーションをとった後、「この人は信頼できるかできないか」決めるのではない。コミュニケーションの最初のほうで「値踏み」する。値踏みして、「この人の話を聞くか聞かないか」を決める。そこで自分というメディアを信頼してもらえないと、自分の言葉も届かない。美人はコミュニケーションの入り口の手間をずいぶんショートカットできる。美しい人には感情移入しやすい。さして容姿に恵まれなかった自分は「相当がんばらんとなあ」と心に刻んだ。

イラスト「何を言うかより誰が言うか」。
タイトルカット&イラスト 伊野孝行

 ところが会社に入った私は、はからずも「こずえちゃん」と同等のショートカットを手に入れた。「会社のメディア力」だ。社会的信頼がかなり厚い企業に入ったため、社名を出せば、日本中ほぼどこでも通用した。入り口突破してその先は実力勝負にしても、会社のメディア力に依存した分だけ、「素の人間力」は衰える。やがてそのツケを払うときが来た。
 38歳で会社を辞め独立した当初、私は、所属なし肩書なしフリーの実績まだなし。以前会社の名刺を出せば一発で取材ができた状況で門前払いを受けてしまう。どう人と通じればいいかわからない。「メディア力」がないとはこういうことかと思い知らされた。だがそういうときこそ素の人間力を試し鍛えるチャンスだ。
 最初にやった失敗は、「自分の手柄を語る」ことだった。私は一発で信頼を得なければと焦り、初対面の相手に挨拶もそこそこに、会社時代の実績を必死で伝えようとした。だがどう謙虚に言おうとそれは過去の自慢。「いまは?」。そして日本人は口頭で自分の手柄を語る文化がない。自慢する人物に好感を抱かない。実績を誇示すればするほど相手は、「そんなに必死で自分を売り込まなければならないほど、この人は困っているのか」と不信を募らせた。自分の持てる知識を披露しても、持論をとうとうと語っても、メディア力ゼロのままに繰り出す自己PRは空回りした。そんな失敗を経て、どうやらこっちがしゃべるより、まず相手にしゃべってもらったほうが、相手もいきいきしてくるし、引かずに身を乗り出してくれるとわかってきた。
 それからは、まずじっくり相手の話を聞くようにした。相手はよく聞いてもらったと気も晴れ、感謝もする。ただこの方法もゆきづまる。ただ黙って聞いているだけでは相手の印象に残らない。「何か気の利いたことを返さなければ」。私は、相手の話を聞いている最中も必死で次に言うことを考え、相手が言い終わるやいなや持論を展開した。だが相手の顔が冴えない。自分自身を振り返っても、自分が話をしたあと、相手が「いやそれはね……」と立派な意見で切り返したら、それはそれで役に立つとしても、「立派な意見に打ち負かされた」「否定された」と不快感を抱くこともある。心情的にまずほしいのは「理解」だ。そこで、持論の前に「よくわかります」などの、理解の言葉を挟むようにした。それだけでずいぶんよくなった。だがまだ通じ合う域にいかない。「理解した」と口で言えば済むかというと、それはわかっていなくても言えること。理解を証明するにはどうしたらいいか?

 「おかん」を思い出した。幼いころから、心が千々に乱れると母に話を聞いてもらった。自分で自分が何を言いたいのかもわからない、まとまりのない話を、母はよく聞いてくれた。そのあと平易な「ひと言」で私の言いたいことを要約してくれた。「あんた、その友だちが好きなんだね」。ツボを押さえた「ひと言要約」にどれだけ励まされたか。「そうそうそう! 私が言いたかったのはそれ! さすがおかん! わかってくれるなー」と感じ入った。便箋10枚に及ぶラブレターも、ひと言で要約すれば「好き」。長い話をひと言で要約するには、相手の根本の動機にまで踏み込んだ深い理解が要る。
 初対面の相手には、一に「傾聴」。二に要約による惜しみない「理解」を注いだ。要約段階では自分の評価を交えず、あくまで相手の言わんとすることを極力短く自分の言葉でつかむ。要約が腑に落ちれば、相手は理解の的確さで、こちらを信用せざるを得ない。相手が「そう! それが言いたかったんです! わかってくれましたか!」と目を輝かせたら、すでに気持ちは通じている。そこで「私もそう思います」「それ面白いですね」など正直な「共感」を示し、持論を言う。これでもう初対面の値踏み突破に必要最低限の信頼はできており、あとは実力勝負だ。
 わかりやすい地位や肩書がなくても、「人をわかる力」があれば、通じ合える! 初対面でも信頼の橋は架かる!

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