特集

2009.4/vol.12-No.1・2


不況に打ち勝つブランド戦略

ブランド鮮度を保つデジタル一眼レフ

 デジタル一眼レフの入門機の代名詞となっているのが、キヤノンの「EOS Kiss」だ。フィルムカメラだった時代から16年、この名のついた一眼レフは、現在の不況下でも強さを発揮している。売れ続けるブランドのマーケティング戦略を、キヤノンマーケティングジャパンの中村真一氏に聞いた。

――この不況下でも、デジタル一眼レフは好調ですね。

 昨年のデジタル一眼レフの国内出荷台数は全体で125万台と、前年に比べ17%伸びています。昨今の急速な景気減退という経済状態下では少し楽観的過ぎるかもしれませんが、今年もプラス成長をすると予想しています。
 ただ、デジタル一眼レフといっても一つのカテゴリーではありません。当社では「EOS」ブランドで統一していますが、商品特性も用途もターゲットも異なる3クラスに分かれます。
 フラッグシップの「EOS-1」は、プロカメラマンが極限状態でも使える信頼性・耐久性・性能を備えた製品です。
 次が、ミドルクラスの「EOS」です。このクラスとしては、昨年9月に「50D」を、11月にフルサイズセンサーを搭載した「5D Mark II」を発売しました。プロも顔負けのアマチュアを国内ではハイアマ(ハイアマチュア)と呼びますが、こうした写真愛好家は国内で50万人くらいいると推測しています。このミドルクラスは、今後さらに拡大していきたいと考えています。
 三つ目が、エントリークラス、普及価格、普及ゾーンの一眼レフ「EOS Kiss」です。台数ベースでは「EOS」全体の6割以上、一眼レフ市場全体でも3割近くを占め、最も売れている一眼レフカメラです。
 フラッグシップの「EOS-1」を頂点に「EOS Kiss」まで、デジタル一眼レフは3層構造のピラミッドになっていますが、この中で最も伸びているのが「EOS Kiss」で、この1、2月も出荷台数で前年同月を上回っています。

デジタル一眼レフカメラEOSの3層構造
デジタル一眼レフカメラEOSの3層構造

一眼レフユーザーに引き上げる

――デジタル一眼レフの普及率はどのくらいでしょうか。

 正確な数字はありませんが、世帯普及率でまだ1割はいかないと思います。 一方、デジタル・コンパクト・カメラは一家に1台どころか1人1台になろうとしています。携帯カメラを含めれば、写真を撮る機会はフィルムカメラ時代とは比較にならないほど増えています。
 我々がそこでとっている戦略は、デジタル・コンパクト・カメラや携帯カメラで写真を撮っている人たちを、一眼レフユーザーに引き上げようということです。

――現状では、デジタル・コンパクトからデジタル一眼レフへの買い替えは、どのくらいいるのですか。

 「Kiss X2」の購入者データを見ると、「デジタル・コンパクトからの買い替え」が55%、一つ前の「Kiss X」では同49%でしたから、デジタル・コンパクトからの買い替えは一層加速しているといえます。
 この10年間に写真業界には、「フィルムからデジタルへ」という非常にドラスティックな変化がありました。「EOS Kiss」も、93年にフィルムの一眼レフカメラとして発売したもので、デジタル化は03年からです。これまでトータルで12機種、デジタルとしては5機種を市場に投入していますが、基本的な開発コンセプトやコミュニケーションコンセプト、ターゲットはフィルムカメラ時代からほとんど変えていません。

――その変えていないコンセプトというのは?

 まず、「ファミリー向け」ということです。「子どもをキレイに撮りたい」という親の気持ちをコミュニケーションのベースに考えています。商品コンセプトも、小型軽量、操作が簡単、キレイに撮れるをフィルムカメラ時代から3大要素にしています。また、常に最新で最高のスペックを搭載してきたというのが、「EOS Kiss」の歴史です。「妥協しない」ということが開発のポリシーで、デジタル一眼レフのデファクトスタンダードであるという自負は持っています。
 現在販売されている「EOS Kiss X2」を購入された方が具体的にどういうところを評価されているかというと、約1220万の高画素数、レンズ内の手ぶれ補正、それからEOS全体の特徴でもあるのですがオートフォーカスの速さといった点です。
 実際、ミドルクラスに匹敵する機能を搭載していて、プロのカメラマンからも、「本当はこれで仕事ができちゃうけど、クライアントの前で『Kiss』は使えないし」という評価をいただいています(笑)。連写能力や耐久性を考えるとやはり上位機種となりますが、普通にポートレートやスナップ写真を撮るだけなら、「EOS Kiss X2」で十分なんです。

子どもの視点へと表現の転換を図る

――コミュニケーション面では、どういう戦略をとってきたのでしょうか。

 量販機種ということもあり、初代からマス広告を主体にプロモーションを展開していますが、その大きな目的はブランド鮮度維持です。
 「EOS Kiss」も初代から16年になりますが、同じ広告を打ってきたわけではありません。ただ、先ほど言った家族向けのキレイな写真が簡単に撮れるカメラという基本コンセプトは変えていません。93年当時の「EOS Kiss」の広告も「愛はKissで残す」がキャッチコピーでした。

――「EOS Kiss」の広告は、ロックバンドの「キッス」のパロディーというか、これをモチーフにした広告あたりから変わってきた印象がありますが。

 それは、05年の「EOS Kiss Digital N」というモデルが出た時の広告ですね。この時もファミリーの写真というコンセプトは変えていないのですが、あえて表現方法をガラッと変えたのです。
 それまでの広告で、「Kiss=ファミリーカメラ」という図式は定着していたのですが、表現方法を変えたいという思いを数年前から持っていました。また、そのころ他社がファミリー向け一眼レフに力を入れ、広告表現も似通ったものになってきたという背景もありました。それで考えたのが、子供の視点から「EOS Kiss」を語ろうという発想です。それまでは「子どもをキレイに撮りたい」というお母さん、お父さんの視点で広告表現を考えていたのですが、それを180度変えて、子どもたちに「僕らをキレイに撮ってよ」と言わせたらどうだろうと考えたのです。ロックバンドの「キッス」を使ったというのも、「Kiss」というブランド名がそれまで浸透していたからできた広告だと思います。「キッス」の事務所も好意的で、彼らのホームページでこのキャンペーンを紹介してくれました。広告賞もいただき、販売面でも成功した広告だと思います。

2006年9月8日 朝刊
2006年9月8日 朝刊
――「EOS Kiss X2」の広告は、動物の親子シリーズですね。

 親子の愛情は人間も動物も変わらない普遍的なものだ、というテーマで昨年から展開しているものです。実は、先ほどの「キッス」の広告はインパクトを狙ったため、広告の認知率も高かったのですが、「子どもにこんなメイクをさせるなんて」などというおしかりも一部にはありました。今回は、動物ということもあって、非常に好意的に受け入れられていますし、広告認知率も高くなっています。

2009年3月7日 夕刊
2009年3月7日 夕刊
――ロックバンド、動物ときて、次は?

 宇宙にでも行かなくちゃいけないですかね(笑)。長寿ブランドのコミュニケーションには、何も足さない、何も引かないという方向もあると思いますが、表現方法をあえて積極的に変えることが必要なタイミングもあると思っています。
 05年から広告表現の方向転換を始めたのは、身の回りのもののデジタル化が急速に進んだという時代背景もありました。「iPod」や手軽に撮れる高画質のカメラ付き携帯などが、その例ですよね。一方で、一眼レフカメラは古くさいとか、普通の人には必要ないものという意識もいまだにあったと思います。そんな中で、一眼レフカメラを耐久消費財の中でメジャーな商品にしたいという思いがあったんです。それで、あえてインパクトを重視した表現を選んだということなんです。
 最近は一眼レフを持つことが、カッコいいと思われる風潮も出てきたと思いますが、「EOS Kiss」の広告が、それに少しでも寄与できているとしたらうれしいですね。


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