こちら宣伝倶楽部

2009.4/vol.12-No.1・2


広告不況という錯覚

イラスト

 ニュースはメディアにとって商品だ。商品力を高めるために多少の味つけをすることもある。広告でいえばキャッチフレーズにあたるのが見出しになる。それにデザイン力を加えるとスポーツ紙の見出しのように、文字が躍りだし、言葉をもうひとひねりすると見出しそのものが商品になって、それで客である読者をひきつける。このことでちょっと羽目をはずすとニュースという事実が歪む。ひょっとして歪んだままの事実を知らされ、それが普遍化してしまうことはないのだろうか。

既成の事実を作る

 普遍化して知らないうちに作られた事実がひとり歩きしてしまうと、それを覆すようなニュースは整理されやすくなる。朝青龍という平成の大横綱がいったん悪役扱いされてしまうと、その逆の話題は極端に少なくなり、本人を不愉快にさせる質問を用意して、一方的に作為的な人物像ができあがっていく。
 総理大臣だって、この国は誰が就任しても叩かれ、尊敬もされず、身内の支えも怪しくなってしまう。メディアは否定的な支持率データを早々に自主発表し、この国をどうするかよりもニュースの商品力を上げ、関心度をいかに高め、メディア力を持続させるかに力点がおかれているように見えたりする。
 むかしから個人的な持論で「大衆は王者、ヒーローの挫折」を好み、それを待ち、発生するとテンションがあがると思っている。朝青龍がそうだし、総理大臣がそうだ。企業でも無名より有名、小さいより大きい方がミスった場合のニュースのインパクトは大きい。
 テレビというものがでて、ニュースをビジュアルに伝える必要性が強くなると、また別の問題がでて用心しなければならない。ニュースという共通するタネ「事実の現象」を、テレビは見てわかるものにする必要があり、匙加減で瞬時にわからせる効果を計算し、小さな変化より大きな変化を探し、平凡より極端を追い求めることがあり得る。
 台風や地震の被害を伝えるとき、ビクともしなかった建物より、倒れて壊れた建物の方がニュースとしてはインパクトがある。しかしその家はもともと壊れかけていた古家で、人の住まない廃屋寸前の家だったらどうなるか。小さな部分現象が、大きく広範な事実になって、人々は事実をエスカレートさせることだってあるだろう。ニュースはまた取材源によって反応に差がでるし、取材前に事実をどのように導いて、論調の仮説をどうたてるかによって、伝えられる内容が「ちょっと主観ありの事実」になる場合もある。

勢いにブレーキをかける

 ニュースについてこれらのことが組み合わさって、特にマイナスの事実が強調されてしまうと、市場の元気がゆっくり奪われ、積極性にブレーキがかかる「心配性の経営」に拍車がかかることがある。大手自動車メーカーの一転した経営不振はビッグの意外性が特ダネになり、有名家電メーカーや精密機器メーカーの業績不振が追い打ちをかけ、これらに絡む人員整理や就業時間の調整、下請け関連社への影響の追っかけ取材、そして賃金カット、リストラ、採用取り消し、派遣村など、さらに並行して大手小売業の業績不振続き、就職人気企業のさま変わり、さらにはこれら大手企業を抱えて安泰だった地方自治体の税収ダウンによる大型の財源不足、そして政治の閉塞報道などはマイナスを加速させる事実として追い打ち報道されてくる。
 すべてが事実とはいえ、不況感をあおり、「ひと呼吸」いれ、「ひと休み」する経営が普及、普遍化されていく。かくして企業活動は必要以上に慎重になっていく。そのしわよせのひとつに、広告という必要経費と次のステップへの投資が、それは経費という単純発想で自粛、目減り、様子ながめするケースが増えていく。人を粗末にした企業は人の問題で苦労する時代を必ず迎えるのと同様に、広告を必要以上に経費扱いして締めあげると、立ち直ったときに旧来以上のエネルギーを必要とする。わかっていても今には今の判断があるということになる。マイナスのニュースがマイナスを加速させ、企業が保身にはしるようになると社内は間違いなく暗くなっていく。活気がなくなって節減やカット、べからずのお達しが増え歩みがとまる。こういう時だからこそ知的な攻めが必要最優先になるのに、広告の活力を経費を理由に縮めていくのは決して得策ではない。メディアの人には悪いが「ニュースが景気を悪化させる」効果のあることに気づく、企業の自己判断力が問われる。

弱っている所から取材する

 広告不況といわれる。その情報源はどこなのか。メディアを代表してテレビ局、在京のキー5局は全滅だ。三十数年ぶりの赤字や50%をこえる減収局が並ぶ。これを受けてテレビ扱いの多い大手広告会社を取材する。売り上げも利益もダウン、純利にいたっては惨憺たるものだし、保有株の大幅な株価下落による特別損失で更に痛めつけられている。情報源としては順調と答えられる理由はどこにもないし、こんなことは取材する前から察しのつくことだ。前者とならんでこういうニュースや報道が企業の広告投資そのものを大いに萎縮させてしまうし、各社の経営陣には「こういう時代は差し控えるもの」という深く考えない判断の隙を与えてしまう。
 広告会社やメディアにとって、企業の広告宣伝費は売り上げそのものであるが、広告主企業にとっては経費項目のひとつでしかない。状況が変われば調整するのが当たり前、各社の宣伝部はそんなことには慣れている。広告不況などとは思っていないはずだ。用途は多少スライドしているが、営業促進のためのコストを企業はそんなに簡単に締めあげたりはしないものだ。ニュースには裏がある。

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