特集

2008.12/vol.11-No.9


コーズ・ブランディングの時代

社会貢献型マーケティングがブランドを作る

 コーズ・リレーテッド・マーケティング(CRM)は、日本でどのように受け止められてきたのだろうか。また、その今日的意味はどこにあるのだろうか。CSRをはじめとする企業のコミュニケーション戦略、企業とNPOの協業にも長年かかわってきた電通の白土謙二氏に、CRMを企業活動全体に広げるコーズ・ブランディングの可能性について聞いた。

――社会貢献活動をマーケティングに取り込んだCRMは、日本ではどのように受け止められているのでしょうか。

 それを説明するために、まず、日本の社会領域の企業活動がどう変わってきたかから見ていくと、松下幸之助さんあたりまでは「企業の利益は、社会に還元せなあきまへん」という考え方がありました。良いことは人に目立たないようにする「陰徳」という伝統があって、それは今でも残っていると思うんですね。
 一方で、80年代以降の日本企業は効率至上主義になっていきます。折しも日本車ブームで、自動車メーカーを中心に日本企業がアメリカにどんどん進出していって工場を建てたけれど、全然地域と溶け合わない。日本企業はもうけることしか考えていないというので、アメリカで日本車批判が高まった。それで、日本企業はコミュニティーとどう付き合うかを80年代に学習するわけです。
 90年代に、こういう人たちが日本に戻って来て、経団連を中心に「フィランソロピー」という考え方を広めていった。この時広まった「メセナ(芸術文化支援)」などの考え方は、「陰徳」とは違って、「企業も市民として最小限のお付き合いをしなければ社会や地域に入り込めない」と少し義務的だったんです。
 さらに、企業が株主を重視するようになった90年代後半からは、社会貢献が本格的に経営戦略の中に位置付けられるようになります。
 それは、これまでのメセナと違って、まず、企業の社会貢献が経営戦略に合っていることが求められるようになったんですね。だから、今は極端に言うとサラリーマン社長が「この劇団はすばらしいから支援してやろう」というようなことを言い出すと、「それは社長の趣味じゃないんですか、株主への背信行為じゃないですか」と言われるようになったわけです。
 また、経営の一環として社会貢献が位置付けられたことで、投資が少なくてリターンが多いほうがいいという考え方が出てきます。一番投資効率がいいのは、本業を通して社会や環境問題に貢献していくことです。しかも本業だから、それを広告でアピールすれば、企業の社会に果たす役割を広く伝えることにもなる。それは企業の事業活動そのものなのではないか。
 今は、そういう考え方になっていると思うんです。

――CRMが言われ出したのは、アメリカだと聞いていますが。

 83年にカード会社のアメリカン・エキスプレスの「自由の女神修復キャンペーン」が大成功したことをきっかけに、CRMつまりコーズ・リレーテッド・マーケティングのブームが起こったんです。当時、電通も日本で広めようとしたのですが、企業には受け入れられませんでした。
 なぜかというと、「マーケティング」の意味が、日本では「販売促進」の意味でとらえられていたからです。実際、今でも日本で広告会社が「マーケティング」と言うときは、メディアを使った販促活動を指していることが多い。しかし、経営学者のピーター・ドラッカーが「経営とは、つまるところマーケティングとイノベーションである」と言っているように、本来は事業活動そのものです。
 しかし、当時のアメリカン・エキスプレスの例が販売促進の成功事例として紹介されたこともあって、日本ではCRMは単なる販促の一手法としてとらえられてしまった。それが「陰徳」という昔からの日本人の価値観にそぐわなかったということがあったと思うのです。つまり善意と商売を結びつけてモノを売るのは偽善ではないか、そんな売り方をしたら、お客さんが怒るんじゃないかという不安が強かったんですね。
 日本に紹介された時に、社会にとって良い活動を支援するというCRMのプラスの面が評価されず、偽善的な売り方だということで誤解されてしまった。90年代以降、CRMの概念は拡大してきたのですが、当初のCRMのイメージが日本企業にはまだ残っていると思うのです。

販売促進からブランディングへ

――CRMの概念が拡大したということですが、具体的にはどういうことですか。

 90年代以降、CRMを販売促進だけではなく企業活動全体に広げていこうという動きが欧米では出てきています。いわば、コーズ・リレーテッド・ブランディング、つまり「CRB」とも言える概念です。大義(コーズ)と結び付けて企業全体をアピールしていくという方向に、CRMのバージョンが上がったんですね。
 一般的には、コーズ・ブランディングと呼んでいますが、この考え方のほうが、CRMより日本企業は受け入れやすいと思いますし、CSR活動をマーケティングと融合させていく上でも、今後、重要な考え方になっていくと思います。
 CRMもコーズ・ブランディングも、その活動にリターンを想定しているところは共通しています。CRMの場合のリターンは収益ですが、コーズ・ブランディングの場合はいろいろなリターンが想定できます。
 消費者や投資家のイメージが上がる。社員がうちの会社は良い会社だと思う。その家族が、うちの親は良い会社で働いていると思う。取引先があの会社は良い会社だから仕入れようとか、流通なら商品を置いてあげようと思う。それから、優秀な学生が就職したいと思うということもあります。CRMの目的をブランディングに拡大することによって、ステークホルダーが増えて、さまざまなリターンが期待できるんですね。

――CRMにしろ、コーズ・ブランディングにしろ、社会的大義と結び付けた考え方であるところに特徴がありますね。

 社会的大義と企業活動を結び付けていくことがなぜ大事になってきたかというと、これまでのマーケティングではモノが売れなくなってきたからです。
 従来の考え方では、4P、つまり製品(Product)、価格(Price)、流通(Place)、 プロモーション(Promotion)の四つが、マーケティングを展開するための重要な要素だと言われてきました。日本の場合は、特にこの中のプロモーション領域のことをマーケティングと呼ぶことが多かったのですが、今は、この四つを考えるだけではモノが売れなくなっています。
 ですから、最近はこの4Pに、企業の哲学・理念(Philosophy)、戦略的広報(Public Relations)を加えた6Pが必要だというのが、私の考えです。この中で、とりわけ重要なのが新しく加えた二つのPです。
 例えば、トヨタがそれまでの効率一辺倒の「カイゼン」イメージから、プリウスに代表されるように環境に対応する企業という理念を明確に打ち出したのは、非常に象徴的な出来事です。環境問題だけでなく、さまざまな社会問題の中から、本業を通して貢献できる課題に企業も積極的に取り組んで、それをビジョンとして広報していかないと、「何をそんな利益のことばっかり言ってるんだ」とお客さんにも思われるし、投資家も評価してくれない。そういう時代になっていると思いますね。

これからのマーケティング

持続可能性というコーズ

――社会的大義を企業経営と結び付けていこうというのは、世界的な傾向なのですか。

 象徴的な例が米国のウォルマートです。以前は「エブリデイ・ロープライス」を企業スローガンにしていましたが、今はサスティナブル、つまり社会の持続可能性に貢献するという考え方の下に、「セーブマネー・ライブベター」に変えています。「安い」が売りの世界最大の流通業が、最近は、3年以内に火力発電で作られた電気の使用をやめ、ウォルマートで使う電気はすべて再生可能エネルギーに代えると宣言しています。また、白熱灯を世界で一番売っていた企業だったのですが、売り場からなくしてすべて蛍光灯に代えてしまいました。
 社会がサスティナブルにならないと、企業としても存続できないという大義があるわけですが、ウォルマートが雇用している人たちは、全世界で何百万人もいます。その家族を含めれば1000万人以上いるわけで、こうした活動によって、まずはインナーの人たちの環境意識を高められる。その取引先も含めれば、きっと何千万人の環境意識を高められます。そういうことをウォルマートは考えているわけです。
 ここで大事なのは、ウォルマートが環境をまじめに考え出したということを外に向かってすぐに発表したことです。コミュニケーションすることによって、初めて環境にまじめに取り組み始めた企業だという認識が世の中に広まり、これまでウォルマートに批判的だった人々との距離も縮まりました。
 ウォルマートの例では、持続可能性がコーズです。社会の持続可能性に貢献するというウォルマートの活動全体が、コーズ・ブランディングになっているわけです。


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