特集

2008.12/vol.11-No.9


コーズ・ブランディングの時代

 企業のブランド価値を社会貢献型の事業活動によって高めていく「コーズ・ブランディング」という手法が注目されている。これは、事業活動と社会的課題の解決を同時に実現しようという「コーズ・リレーテッド・マーケティング(CRM)」を進化させたものだ。売り上げの一部を使って東ティモールに千のトイレを作る王子ネピアなどの実践例を紹介しながら、その現状と将来を展望する。

コーズ・リレーテッド・マーケティングとは何か

 コーズ・リレーテッド・マーケティング(CRM)は80年代にアメリカで誕生したマーケティング手法だ。社会貢献とマーケティングを結びつけたこの手法は、最近は販売促進からブランド構築までその考え方を広げ、不況時にも強いCSR的アプローチとして注目されている。このCRMを長年専門に研究してきたのが東京電機大学の世良耕一准教授だ。CRMとは何か、その今日的可能性はどこにあるのだろうか。

――まず、CRMとは何かということですが。
図1

 社会貢献を企業のマーケティング活動に積極的に結びつけていこうというのがCRMの考え方です。似た概念にフィランソロピーがありますが、これには社会貢献を行う際に直接的な利益を求めてはいけないという制約があります。つまり、直接的な見返りを求めない企業の社会貢献がフィランソロピーなのです。
 それに対してCRMは、その見返りを求め、社会貢献を企業のマーケティングに最初から組み入れているんですね。

――社会貢献とマーケティングが結びついているかいないかが両者の違いですか。

 私自身は、マーケティングと企業の社会貢献が重なった部分がCRMで、重なっていない部分がフィランソロピーという区別をしています。
 フィランソロピーには博愛主義や慈善活動という意味合いがあるために、これまでも「なぜ企業が社会貢献活動をやるのか」と、たびたび議論が起こってきたわけです。それで出てきたのが、「啓発された自己利益」(enlightened self-interest)で、企業の社会貢献活動は短期的・直接的な企業の利益には結びつかないけれども、長期的・間接的な利益になるという考え方です。あるいは、企業の長期戦略に役立つということで、「戦略的フィランソロピー」ということも言われてきました。しかし、これも「戦略的な博愛主義」ということですから、言語矛盾しています。
 そういう苦しい言い訳をするより、社会貢献を最初からマーケティングに組み込んでしまおうというのがCRMの考え方です。

CRMの始まり

――CRMは、いつごろ出てきた考え方なのでしょうか。

 83年にアメリカン・エキスプレス社が自由の女神を修復するために行ったキャンペーンがよく知られています。カードに加入すると1ドル、カードの利用1回ごとに1セント寄付するというもので、キャンペーン期間中、カードの利用が約30%増え、修繕のための寄付が170万ドルも集まりました。
 ただ、CRMの最初の例は、同じアメリカン・エキスプレス社が81年にサンフランシスコ地区の芸術活動を振興している団体に対して行ったキャンペーンです。カードが使用されるたびに2セント寄付するというキャンペーンを行い、その時に初めて「コーズ・リレーテッド・マーケティング」という言葉を使っています。

――「コーズ」の意味ですが。

 日本語に訳しにくい言葉ですね。英和辞典を引くと「大義」「信条」という訳が出てきます。それをそのまま「コーズ」の訳としている文献が見受けられますが、CRMにおける「コーズ」はそのような意味で用いられていません。アメリカの文献を見ると、コーズはユニセフや先ほど触れたキャンペーンでの自由の女神修復などの実体のある団体や活動を指している場合が多いんです。例えば、「コーズを支援するために、このキャンペーンを行った」というような使い方をするケースです。それで、私はコーズを「良いことなので、援助をしたくなるような対象」と定義しています。02年版のマクミラン英英辞典には、組織やプラン、活動など、サポートしたくなるような対象という意味で出ています。

――CRMは、必ずNPOなどの支援団体を通した社会貢献という形を取るのでしょうか。

 必ずしも第三者機関のコーズが必要なわけではありません。
 コーズとの関係でいうと、CRMは三つに分類できると思います。その一つが、企業自体がコーズになって、直接社会貢献に携わるパターンです。
 テスコというイギリスのスーパーマーケットが、「学校にコンピューターを」という有名なキャンペーンを実施しています。まず、購入金額10ポンドごとに顧客にクーポンを1枚渡します。顧客がそのクーポンを自分の子供が通っている学校や自分の寄付したいと思う学校に持っていくと、一定の枚数で学校は古いコンピューターを新品と交換することができるというものです。イギリスでは成人の48%が認知しているCRMです。
 ただ、CRMにはユニセフやベルマーク財団といった有名なコーズと提携することによって認知が広まり、販売促進につながる効果も確かにあって、自社がコーズになると、自由が利く反面、そういう効果が得られなくなるというデメリットもありますね。
 二つ目は、ある程度まで企業がコーズとして活動した上で、残りは専門のコーズに委ねるパターンです。日本でもエプソンはプリンターのカートリッジ回収に応じてベルマークを発行していますが、カートリッジ回収までは自らコーズとして活動して、その後の学校への寄付はベルマーク財団という専門のコーズに委ねる形を取っています。
 三つ目は企業自身はコーズとして活動することなく、外部のコーズ支援を行うパターンです。先ほどの「自由の女神キャンペーン」もそうですが、このパターンが最も多いですね。
 このユニークな例としては、イギリスの食パン会社「HOVIS(ホービス)」の食パンのパッケージがあります。ホービスは、そのパッケージの一部を国際赤十字へ寄付します。そして、国際赤十字は寄付されたパッケージのスペースをバター会社に広告スペースとして販売しているのですが、広告スペースの下に「バター会社からの広告収入は国際赤十字に寄付されます」と書いてあります。パン会社は資金負担なしに社会貢献ができるし、国際赤十字に協力しているということでパンの販売促進にもなる。バター会社もターゲットにピッタリのスペースで広告ができる。消費者も、特別な費用負担なしに社会貢献できる。この仕組みを提案したのは国際赤十字で、この広告費で10万ポンドを獲得したんですね。関係する4者がWIN・WINの関係を生むアイデアです。

――コーズ側の提案でCRMが始まることもある?

 だから、NPOなどコーズ側も、いいことをしているから寄付されて当然と考えるのではなくて、いかに企業が参加しやすい仕組みをつくるかということも重要だということですね。

CSRとCRMの関係

――最初にCRMとフィランソロピーの話がありましたが、CRMとCSRの関係はどう考えればいいのでしょうか。

 CSRは、企業のコンプライアンス(法令順守)、企業倫理、企業の社会貢献の3層構造と考えると理解しやすいと思います。真ん中がコンプライアンスで、当然ながら法律を守らなければ企業は存続できません。次が企業倫理で、ステークホルダーとの関係に悪影響を及ぼすことは、本業を通してきちんと対処していくことが重要です。そして、その外側に社会貢献がある。企業倫理は本業を通して対処すべきものですが、社会貢献は本業以外でステークホルダーに対処する活動です。
 この社会貢献をメディアを使って世の中にコミュニケーションすることによって初めてCRMになるというのが、私の考え方です。最初に言ったように、コミュニケーションなしに、ただ単に寄付しているだけだとフィランソロピーにとどまるということなんです。
 これと同様に企業倫理活動も、それをコミュニケーションすることによってマーケティングに組み入れることができると考えています。環境負荷の少ない工場を作ることは単なる環境経営ですが、これをコミュニケーションすることによってマーケティングとして機能する。自動車会社の交通安全対策もエコカーの開発も同様です。これを私は、CRMつまり「コーズ・リレーテッド・マーケティング」にならって「エシックス・リレーテッド・マーケティング」と呼んでいます。

図2

CSRとマーケティング効果

――企業のコンプライアンスをマーケティングに生かすことは難しそうですね。

 お詫び広告が典型ですが、企業の法令順守の姿勢を世の中に訴えても、従来はマイナスのイメージをできるだけゼロに近づけるのが精いっぱいだったと思います。しかし、数年前にその常識を覆した事例が登場しました。松下電器産業(現パナソニック)のFF式石油暖房機事故の対応がそれです。
 皆さんよくご存知だと思いますが、同社の88年製のFF式石油暖房機の欠陥で、05年に一酸化炭素中毒の死亡事故が起きたんですね。当時の松下電器産業は急きょ、05年12月10日から19日までの同社のテレビCM枠をすべて、欠陥のあった石油暖房機に対する注意喚起と回収告知のCMに切り替えました。新聞広告でも何度も告知していましたから、おそらく日本人のほぼ全員が認知したと思うのですが、それでもまだ50%しか回収できていないということで、全国のすべての世帯、事業所や宿泊施設など計6000万か所にはがきを送り、その後も継続的にコミュニケーション活動を続けました。
 05年当初、世間で言われていたのは、ボーナス商戦の時期だけに、同社は大打撃を受けるだろうということでした。しかし、実際のところ利益は増え、逆に注意喚起のCMが05年12月度のテレビCM好感度調査で2位に入ったんですね。コンプライアンスをコミュニケーションすることによって、マーケティング効果が生まれることを実証した重要な事例だと思います。
 ただ、このような企業コンプライアンスにおけるコミュニケーション活動の第一の目的は危険を周知させることにあるため、CRMや「エシックス・リレーテッド・マーケティング」と同じようにマーケティング手法として積極的に名づけていいのかはためらわれるところです。
 ただ、企業のCSR活動はすべて、それを適切にコミュニケーションすることによってマーケティング効果を生むことが可能だということです。


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