立ち読み広告

2008.12/vol.11-No.9


1000年経っても『源氏物語』が読まれる理由

 今年は『源氏物語』千年紀である。といっても、発売1000周年とか、紫式部が脱稿して1000年というのではない。『紫式部日記』のなかに、藤原公任が「このへんに若紫はんはいてはりまっか?」と言っていた、という記述があって、その日付が寛弘5年(1008年)11月1日。「若紫」は『源氏物語』の登場人物で、藤原公任は紫式部のことをあえてこう言った。つまり、このときはすでに宮中で『源氏物語』が話題になっていたわけで、そこから数えて1000年なのである(なお、公任の台詞は永江の超訳)。
 私も去年から『源氏物語』を読んでいる。ダイジェスト版を読んだり、現代語訳と原文を眺めたり。
 実は、読む前はちょっとあなどっていたのである。光源氏なんて、浮気性のマザコン男じゃないか、と。ちょっとハンサムだからといって、いろんな女性に手を出して。そのくせしょっちゅうメソメソしてて。てやんでぇ、というのが正直なところ。まあ、ブオトコの嫉妬と言いますか。1000年前の、しかもフィクション上の人物に嫉妬してもしょうがないんだけど。
 ところが、読んでいくうちにハマってしまった。物語としておもしろい。相変わらず光源氏は好きになれないし、感情移入もできないのだけれども、プロットもキャラクターもじつにすぐれもの。いつのまにか夢中になってしまう。これまで多くの人がエッセーや研究書を書き、現代語訳を書いてきた理由がわかる。嫉妬に狂う女がいたり、己が犯した罪の大きさにおののく男がいたり。『源氏』の人びとはほとんど現代人だ。人間の本質は1000年経っても変わらないのである。
 というわけで、『源氏』関連の出版広告があると、ついじっくり読んでしまう。

『源氏』の楽しみ方はさまざま

 10月20日の朝刊18面、連載記事「源氏ひと絵巻」の第1回目が載った文化面。下5段に東京堂出版の『合本源氏物語事典』ほかの広告がある。〈「源氏物語千年紀」記念フェア 全国の書店で開催実施中! 協賛 国語・国文学出版会〉なんていうコピーも。国語・国文学出版会というのは、このジャンルの本を出している出版社の団体である。
 10月31日の朝刊、18面全面および19面の全5段は、翌11月1日の「古典の日」にちなんだ広告。狂言師の野村萬斎が「古典の魅力、源氏物語のロマン」を語っている。萬斎は『源氏』について、「大人の方がより楽しめると思います」「物語に人生が透けて見えるのです」と述べている。なるほど、そうだな。
 こうした広告では、中小規模の書店ではなかなか見ることのできない専門的な本が紹介されている。資料性も高い。東京堂出版の『源氏物語作中人物事典』という本は便利そうだし、吉屋信子の『源氏物語』が国書刊行会から出ていたとは。『源氏』の美しさのひとつは和歌だが、素人には敷居が高い。青簡舎の『女から詠む歌 源氏物語の贈答歌』や武蔵野書院の『歌で読む源氏物語』が鑑賞の手引となりそうだ。
 いろんな楽しみ方ができるのも『源氏』のよさ、古典の魅力。『源氏』ゆかりの地を訪ねて歩くガイドブックもある。そういえば私もこの夏は宇治の平等院に行き、橋姫神社にお参りしたのだった。

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