特集

2008.11/vol.11-No.8


本を売るための視点

本との出会いの場をつくる仕事

 本にまつわるエピソードをコピーライターの国井美果さんが綴った本誌の連載コラム「栞ちゃん」は、9月号で最終回を迎えたが、その原稿を書くときに大いに力になったのが、銀座・松坂屋の地下にあった「リーディング・ファインリファイン」というブックスペースだ。本との出会いの場を広げ、本を手に取ってもらう視点はどこにあるのか。「リーディング・ファインリファイン」を立ち上げたブックディレクターの幅允孝さんに、国井さんがインタビューした。

国井 私は、「栞ちゃん」というコーナーでコラムを書いていたのですが、そのコーナーというのが、本をテーマに話を展開していくという内容で……。
幅  実は僕、ほとんど読んでいました。
国井 そうでしたか。ありがとうございます。実はこのコーナーで取り上げた本もそうですが、個人的にも幅さんの「リーディング・ファインリファイン」で購入した本が多くて、「なぜこの本屋では、こんなにも私の好きな本と出会えるのだろう」と思っていたんです。以前どこかで見たことのある本でも、そこで見ると何かきらきら光って見える。そこで今日は、人と本との出会いを作り出す幅さんの仕事の秘密をお聞きしたいと思っています。
  秘密なんて何もないですよ(笑)。でも、そう言われるとすごくうれしいです。

ブックディレクターという仕事

国井 まず、「ブックディレクター」という職業ですけど、すでに海外にはある職種ですか。
  ないと思います。外国のお金持ちが個人で雇っているといううわさは聞いたことがありますが、まだ実際に会ったことはありません(笑)。本の売り場やスペースを作る仕事をしていたら勝手に付けられた肩書なんです。最初は「選書家」だったんですけど、いくら何でもということでブックディレクターということに今はしています。
国井 選書家、本の目利きみたいでいいですね。
  自分の書店を持ちつつ書店のプロデュースをしている人は何人かいますが、書店を持たない根無し草は僕ぐらいのものです。逆に、どんなオファーにも応えられるというところはあるのですが。
国井 最初に手掛けられた本屋は「TSUTAYA TOKYO ROPPONGI(以下TTR)」ということですが。
幅  26歳の時でした。そこまでの経緯を話すと、大学在学中、僕はまったく就職活動をしなかったんです。夜勤のアルバイトでお金をためて、卒業後は海外をふらふらしていたんです。で、ようやく働く気になって(笑)、帰国した時にはなかなか就職できなかった。今みたいに第二新卒などなかったですからね。
 真剣にいろいろ考えたんですが、もともと本が好きだったこともあって青山ブックセンターという本屋に就職したんです。その後、マガジンハウスで『POPEYE』などの雑誌を手掛けた石川次郎さんの会社で編集の勉強を始めたんですが、たまたまその会社がTTRのプロデュースをやることになった。僕が本屋に勤めていたこともあって、僕に任せてくれたんですね。
国井 TTRのコンセプトはどのように決めていったのですか。
  地道な作業ですが、徹底的にインタビューを繰り返しました。僕が本屋を作る時に考えるのは、「一個人の本棚を作る」ということです。TSUTAYAという1人のキャラクターを設定して、その人の個性が出るような品ぞろえを考えていく。どういう思いで、その場所に本屋を作るのか。また、その本屋のユーザーになりそうな人たちは、どんな本屋なら行きたくなるのか。インタビューを重ねていき、出てきたのが「トラベル」「フード」「アート」「デザイン」という四つの柱でした。この4カテゴリーの本を徹底的にそろえていったんですね。
国井 TTRでは、「トラベル」のコーナーに小説や写真集があったり、独特のセグメントだと思うのですが。
  それはかなり意図的ですね。最初に四つの柱を決めたと言いましたが、僕は個人的にはコロンビアのノーベル文学賞作家ガルシア・マルケスなどの外国文学も好きだから、本当は外国文学コーナーも作りたかったんです(笑)。そこで文学コーナーを作るのではなく、「トラベル」コーナーに南米つながりで文学作品を入れることを考えたんです。それから、小説だけではなく、その地域や国に関連した写真集やエッセーなども置いてみた。意図的に少し混沌としたセグメントをしてみたんです。実験的な試みでしたが、これが結構評判が良かったんです。
TUTAYA TOKYO ROPPONGI 僕もそうですが、ネットでは買う本が決まっていて、ピンポイントでその本を買うことが多い。でも実店舗では、何かないかなとブラブラしていて、図らずも何かに出会ってしまうことがよくある。本屋はそういう本との思わぬ出会いができる場所でなければいけないと思うんです。それこそが本屋の醍醐味だと思いますし、ネットにはない実店舗の強みだと思います。ですから、一見、混沌としたセグメントというのは実は有意義なことだと思うんです。

本を手に取ってもらうために

「d-labo」のライブラリー

国井 幅さんの手掛ける本屋は、空間にもすごく気を配っていますね。
  良いと思った本を置くだけでなく、その本と出会うシチュエーションをどのように作るかまで考えないと、今はお客さんが本を手に取ってくれないし、さらに言えば本屋に足を運んでもらえないからです。
 本屋で働いていた時から感じていたのですが、最近は本屋に来る人が少なくなった。人が本屋に来ないなら、人が集まる場所に本が出ていくしかない。僕は、TTRのように本屋を作ることもありますが、例えば家具屋や洋服屋の一角に本のスペースを作ることで、人と本とがもっと気軽に接することが大事だと思っているんです。そして、その空間は居心地のよいものでなくてはいけないんです。
 本屋以外の小売り、例えば百貨店などと一緒に仕事をするようになってから痛感しているのですが、本屋は小売りとしての意識が他の小売りに比べて薄いと思うんです。「売れなければ版元に返せばいいや」という意識がある。しかし、本屋以外の小売りはお客さんのニーズに真摯に耳を傾けているし、サービスも非常に工夫しています。
 少し前まで本屋の目線は、高い位置からお客さんを見下ろしていたところがあったと思うんです。お客さんが本屋に長居しにくい雰囲気もあった。立ち読みしていると店員に、はたきでパタパタされる時代もありましたよね(笑)。でも、今は立ち読みどころか逆に、「どんどん座って読んで下さい」という本屋が増えています。そうやって滞留時間を増やさないと、今はお客さんに本を手に取ってもらえないんです。
 僕はなるべく多くの人に本を手に取ってもらいたいから、限りなくお客さんに近い目線で本屋の空間作りを考えるようにしています。少しでも長く本屋にいてもらいたいから、僭越ながら「床材をもう少し軟らかいものにしませんか」「ソファのサイズをもう少し大きくしませんか」と口を出して、居心地の良い空間を作ろうと思っています。そんなことをしなくても、お客さんが本を気軽に楽しんでくれればいいのですが、今はそこまで環境を整えないと、なかなか厳しい状況なんですね。


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