マーケティングの新レシピ

2008.11/vol.11-No.8


日常の悩みは何ですか?

 気がつくと、どうやら政治の季節になってきたようである。唐突な首相交代から、選挙日程が連日の話題となる。
 一方で、経済の後退は明白だ。したがって、争点は経済政策ということになって来ている。
 景気低迷と言っても、さまざまな側面がある。米国発の金融不安で海外市場が悪化している面もあるが、国内市場の停滞も大きい。自動車を始めとして「日本でモノが売れない」という声はさまざまな業界で聞こえてくる。
 では、日本の国内市場が活性化するためにはどうすればいいのだろうか?
 減税が効くのか?それとも手当のようなものを充実させるべきか?そうなると財源は……そんな議論が連日のようにメディアを賑わせている。
 具体的政策の是非については、こうして各所で論じられている。では、マーケティング的な視点、つまり消費者心理の視点で見たらどうなるのだろうか。
 日本人は「お金がない」から、モノを買わなくなったのか。みんなが貧しくなってしまったのか。
 データを見てみると、少し意外で、かつ十分に納得できる理由が見えてくるのである。

なぜ不満が増えているのか

 内閣府がおこなっている「国民生活に関する世論調査」というものがある。昭和29年(1954年)からのデータが揃っていて、毎回同じ質問をしている。日本人の意識の変化を見るためには、大変重宝なデータである。
 その最新結果が8月に発表された。その内容から興味深い意識の変化を読み取れるのだ。

 まず、生活の満足度を見てみよう。【図1】この2年間で「不満」が上昇し、今年は38.4%。これは、近年だと平成15年(03年)の39.6%に迫る高い数字である。その後、不満が減少し満足が増加する傾向にあったが、明らかに潮目が変わった。
 ちなみに、不満の最高記録は47.9%。昭和49年(1974年)、つまりオイルショックの時である。

図1 現在の生活に対する満足度

※91年5月以前の調査:満足→「十分満足している」+「一応満足している」 不満→「まだまだ不満だ」+「きわめて不満だ」  92年5月以降の調査:満足→「満足している」+「まあ満足している」 不満→「やや不満だ」+「不満だ」

 では、不満の原因はなんだろうか。内閣府のホームページにはこう書かれている。
 「前回の調査結果と比較して見ると、 所得・収入の面では大きな変化は見られず、耐久消費財の面で『満足』(68.6%→66.1%)とする者の割合が低下し、『不満』(28.6%→31.6%)とする者の割合が上昇している」
 もちろん、所得への満足は40%で、不満の57.6%を下回る。だが、急速に低下したわけではない。
 また、他の設問では「生活の向上感」を訊ねているが、これも「低下している」が急増した。24.1%から34.1%となり、これは先の昭和49年に迫る水準となっている。
 オイルショックの時もそうだが、やはり物価上昇が問題なのだろう。さまざまな分野で買い控えが進んでいる。耐久消費財への不満は、老朽化したのに買い替えのままならぬ自動車や電気製品が原因になっているのかもしれない。
 では、物価対策をすれば不満は減少し、消費は活性化するのだろうか?

右肩上がりの「悩みや不安」

 ご覧いただければわかるが、この調査における「満足度」や「向上感」に関する回答結果は、結構年によって波がある。ここ最近を見ても、景気の波によって上下していることが分かる。
 したがって、今後景気が回復すると、こうした指標はプラスに向かうだろう。
 だが一方で「右肩上がり」の傾向を続けている指標がある。それは「日常生活における悩みや不安」だ。平成3年(1991年)の46.8%を底に、ほぼ毎年上昇をして、今年はついに70.8%になってしまった。【図2】
 つまり、日本人はここ十数年景気の動向に関わらず、悩みや不安を雪だるま式に増加させてしまったのである。

図2 日常生活での悩みや不安

 では悩みや不安の中身は何か。上位から「老後の生活設計」「自分の健康について」「今後の収入や資産の見通しについて」「家族の健康について」となっている。「老後の生活」と「収入や資産」に関する不安が、特に上昇したようだ。
 こうした悩みや不安が上昇している限り、一時的に所得が増えても消費に回る可能性は低いのではないか。それが、もっとも妥当な仮説に思える。一時的な減税などの刺激策をとっても結局は貯蓄に回り、消費が活性化しない可能性も十分にある。
 そうなると、根本的な景気対策は「悩みや不安を低下させること」ではないだろうか。それは短期的な経済政策の方法論の問題ではない。日本の社会システムを安定化させることが必要なのである。
 日本人の悩みや不安は、長期にわたって増加している。そこに加えて、年金や医療に関するトラブルが目立つようになった。こうしたシステムへの信頼が薄らいでいる限り、人々は防衛的にならざるを得ない。
 新しい社会システム構築には、時間もかかるし、議論も必要だ。短期的な景気刺激策よりも、一見遠回りに見える。だが、人々は現在の所得で消費行動を決めているのではない。将来の見通しによって決めている。
 シンプルな調査だが、示唆する意味は大きい。

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