立ち読み広告

2008.10/vol.11-No.7


100冊書き下ろしの記念事業に次なる100年への願いを込めて

 「書き下ろし」という言葉には特別の響きがある。もちろん連載をまとめた本だって素晴らしいのだけど、書き下ろしというと、オンリーワンとかオーダーメードとかそんな雰囲気だ。
 書き手にとって、書き下ろしはタイヘンだ。単行本丸まる1冊を書き下ろすには気力も体力もいる。下世話なことをいうと、連載なら雑誌の原稿料ももらえるが、書き下ろしは印税のみ(あるときまで私は書き下ろしを中心にしていたけど、ノンフィクション作家の関川夏央さんが「そんなことしてたら死ぬぞ」と忠告してくれた)。
 8月24日の日曜日、新聞を開いて思わず「おおっ」と声が出てしまった。第5面に講談社の全面広告、しかも4色。「書き下ろし100冊 講談社創業100周年記念出版」の広告である。
 講談社は来年12月17日に100周年を迎える。その記念事業として書き下ろしを100冊出す、という話は以前から聞いていた。他社の編集者とお茶なんか飲むと、よくこの話になる。「さすが講談社だね」とか「ほんとにできるのかな」とか。
 「ほんとに〜」というのは、書き下ろしがいかに大変かを知っているからだ。なにしろ記念事業なので期限付き。今年11月から2010年の11月までの2年間に出さなければならない。いくらなんでも2年あれば書けるでしょうと思うのは素人で、作家というのは書けないときは書けない。かく言う私も、5年前、7年前から約束していて、書けていない本が複数ある(そのうちの1社は講談社だ)。2年で書き下ろしを100冊出しますというのは、とてつもない予告なのである。

おもしろくて、ためになる

 広告の上半分にはヘンテコな人の形がぎっしり並んでいて作家の名前が書いてある。これらの人びとが100冊を書き下ろす。
 ノーベル賞作家の大江健三郎もいれば、先日著書500冊を達成した赤川次郎もいる。ノンフィクションの佐野眞一もいれば、哲学の中島義道も。絵本の荒井良二、あべ弘士、イラストの和田誠、銅版画の山本容子の名前も。つまり書き下ろし100冊は小説だけでなく、絵本や児童文学、YA(ヤングアダルト)、ノンフィクションなどを含めてのものだ。それにしても講談社の人脈はすごい。
 赤い文字で「おもしろくて、ためになる」とある。講談社がずっと昔から掲げてきた言葉だ。
 おもしろいだけじゃない。ためになるだけでもない。大切なのは両方。しかし、本当にためになることはおもしろいし、本当におもしろいものはためになる。良質なものは本来、この両方をそなえているのだと思う。
 広告には「この機会を端緒として、さらなる『活字』の力、『物語』の面白さを、次の100年に広く伝えていきたいと願っています」とある。この言葉は重い。近代の出版(近代の文学、近代の小説といってもいい)がはじまってほぼ100年。そろそろ耐用年数が尽きてきた、なんて言われることも多い。電子メディアの台頭で、出版産業の意味が再度問われている。講談社の願いは、いま本に携わるもの、文字に携わるものすべての願いでもある。
 ああ、11月が待ち遠しい。

8月24日 朝刊
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