マーケティングの新レシピ

2008.10/vol.11-No.7


ガソリン高は痛いですか?

 今回のタイトルを見て、「何を今さら」と思った人は多いかもしれない。原油価格の上昇を受けた、国内ガソリン価格の上昇は、「痛い」に決まっている。
 9月半ばの時点で、東京のレギュラー価格は173.7円。1年前が145.9円だったから、およそ28円の上昇になる。8月4日の調査の186円がとりあえずのピークであったようだが、今後も更なる上昇があり得るだろう。
 というわけで、これだけガソリンが上がれば、「痛み」は全国に広がるはずだが、あえて「痛いですか?」と問いかけたのには意味がある。
 あまりにも大騒ぎばかりが先行して、冷静な分析がなされていないと思うのである。さまざまな報道は、ガソリン価格上昇による、マイナスの波及を伝えている。自動車販売の低迷、運輸や漁業への影響、レジャー意欲の減退など多岐にわたっている。
 しかし、上がった上がったというばかりで、あまり構造的な分析は聞かない。今回は、この辺りについて考えてみよう。

2400円上昇で旅行中止?

 たとえば「ガソリンが高いから、夏休みにクルマで旅行に行く人が減った」という。それは事実のようだが、一体どのくらいの負担増になるのだろうか。
 2泊3日程度の家族旅行で走る距離は、長めに見ても600キロだろう。燃費10キロのクルマと仮定すると、必要なガソリンは60リッター。昨年の夏と比べてリッター当たり40円程度上がっているので、2400円の負担増になる。
 決して安い額ではないが、何も旅行をやめるほどの額だろうか? ガソリン高というのは一種の口実である可能性も高い。
 「いろいろ値上げするし、景気なども先行き不安だから旅行もやめようか」という辺りが本音ではないか。
 そうなると「ガソリンが上がって旅行に行かない」のが問題ではなく、「2400円の上昇でも旅行に行く気がなくなる」ほどにマインドが冷えていることが問題なのだ。
 ところがこういう計算をした上で、消費者心理に言及するような分析をあまり見ない。やたらと「今月はついに180円!」のようなニュースばかりである。
 では、日本における本当に適正なガソリン価格はいくらくらいなのか? 少し過去を振り返って考えてみたい。
 今年170円前後まで高騰した時には、史上最高値のように言われた。だが、これは現在のような記録をとり始めた1987年以来の数値である。内閣府のデータによれば、第2次オイルショック後の1982年に、都区部平均で177円を記録したという。私はその頃大学に入ったばかりで覚えていないのだが、少し年上の方は記憶している。大体180円ほどにまで上昇したそうである。
 26年前に180円、というのはかなり意外である。当時の物価水準を考えればそれ以上の割高感だろう。
 そう考えれば、まだ今のガソリン価格は四半世紀前のピーク時に比べれば「安い」と言えるのだろうか?

真にクルマが必要な人

 82年頃はまだバブルの前であり、決して景気がいいわけではない。それでも当時の若者はクルマが欲しくてたまらなかった。また、クルマの販売も拡大をしていた。
 一方で昨今のガソリン高は、自動車販売を直撃している。
 当時の社会は、今ほどガソリン高騰の痛みを感じていなかったのだろうか?
 そのカギは自動車の保有台数の推移を見るとよく分かる。(図参照)

自動車保有台数の推移

 1982年の自動車保有台数は、総計でようやく4000万台を突破したくらいだが、2007年は8000万台に迫ろうとしている。1.9倍以上の増加。乗用車は、2500万台弱から、5750万台へ。こちらは約2.3倍になっている。
 つまり、この四半世紀の間に国内の自動車の数は倍増。生活の隅々にまでクルマが入り込むようになった。
 逆に考えれば、1982年はまだクルマが普及過程にあり「ちょっと頑張って手に入れて乗るもの」だった。また相対的に経済力の高い人が乗っていたわけで、まだまだ贅沢品の面もあったのだ。
 そうなると、同じ180円でもその意味は大きく異なってくる。いまの日本社会においてクルマは決して贅沢品ではない。それどころか、弱い者の味方になっている面もあるからだ。
 たとえば公共交通の不便な地方に住む人にとって、クルマは生活に欠かせない。大都市に暮らしている人とは、値上げのインパクトが違う。また、高齢者にとってはクルマに乗せてもらうことが貴重な移動手段でもある。さらに、宅配便や在宅介護などによって生活が支えられているお年よりや障害者の方もいる。
 このような人にとって、ガソリンの価格上昇は本当に痛いことなのである。都市部の人が週末ドライブに行く時の負担とは意味合いが違うのだ。
 こう考えると、ガソリン高を契機に、これからのクルマに求められるニーズを吟味したマーケティング戦略が必要になる。
 まずは、人とモノの移動手段としてのクルマのもたらす便益に立ち返る。そして、安全と経済性の両立を図ることが最優先課題になる。
 さらに、移動範囲が広がることで人と人の出会いが増えて、社会も活性化する──そうした未来像を再構築することが求められてくるだろう。世界でも最高水準の技術を持つ日本の自動車会社なのだから、広告などにおいても王道のアプローチを期待したい。
 ガソリン高は自動車にとってマイナス面は多いが、市場の課題を整理する上ではまたとない機会でもあるのだ。

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