Creativeが生まれる場所

2008.10/vol.11-No.7


暮らしや生活から発想した超ロングセラー広告

河北 秀也氏

1947年、福岡県久留米市生まれ。1971年、東京芸術大学卒業。1974年、日本ベリエールアートセンターを設立。東京営団地下鉄(現:東京メトロ)の路線図デザインやマナーポスター、三和酒類「iichiko」の広告やパッケージなどを手掛ける。現在、東京芸術大学デザイン科の教授も務める。近著に「元祖!日本のマナーポスター」(グラフィック社)。

 毎月1回、駅張りスペースに張り出される三和酒類「iichiko」のポスター。美しい風景とその中に置かれた「iichiko」の瓶のミスマッチが非常に印象的なビジュアルだ。新聞広告では、商品の説明をしたコピー中心のビジュアルを毎月25日、7段のスペースに出稿している。26年という長い期間、この「iichiko」の広告をディレクションしてきたのが、地下鉄の路線図や地下鉄のマナーポスターの制作も手掛けてきた河北秀也氏だ。現在は東京芸術大学デザイン科で教鞭を執っている。
 「iichiko」の広告の考え方、そして河北氏が考えるデザイン論とはどのようなものなのか。

──ポスター広告を開始したのは84年ですね。

 その前から駅張りではなく、酒屋などに張るポスターも作っていたので、それも合わせると26年間になります。

──広告は非常に美しいビジュアルが印象的ですが、この表現に至った経緯は。

 当時、焼酎にはあまりいいイメージがなかったんです。“安かろう悪かろう”の酒だったんですね。ですから、当時の焼酎の広告はどれを見ても、どこか泥臭いイメージのものが多かった。
 しかし「iichiko」は、乙類焼酎と呼ばれるもので、風味が良く、従来の甲類焼酎とは一線を画す全く新しい商品でした。実際、僕が広告を依頼される前から、「安くてうまい焼酎がある」と口コミで広がっていたようですね。広告を依頼されて、この商品ならば、焼酎の新しいイメージを作れると考えました。

──最初は駅張りポスター中心の展開でしたが。
駅張りポスター(8月)

 単純に予算の問題です(笑)。ただ点ではなく線、つまり継続していくことで、いい方向に転がるとは考えていました。
 当時「iichiko」を飲んでいたのは、“40代、年収600万円以上で、日経新聞を愛読している”人たちだったんです。彼らはある程度の収入はあるけれど、子供の教育費や家のローンなどの理由で、安くてうまい酒を探していたんですね。そこに「iichiko」はうまくマッチしたのでしょう。このターゲット層に訴求するために、最初は地下鉄の「銀座線」「丸ノ内線」「日比谷線」の3線の主要駅で展開しました。

──駅張りポスターは1枚張りということですが。

 そうですね。僕は、同じものを何枚も張る連張りを好まないんです。それをやってしまうと、いかにも広告らしい風情になってしまう。ポスターは、1枚で見せた方が絶対に力を発揮するんです。広告っぽいビジュアルが並んでいるところに、広告らしくないビジュアルがポンッとあったら目立ちますよね。

──86年から新聞広告を始められていますが。
8月25日 朝刊

 この年から新聞だけではなくテレビCMも始めましたし、雑誌広告の出稿量も増やしました。やはりマス広告は接触する人の数がポスターとは全然違いますからね。
 新聞を活用したのは、商品の説明をしようと考えたからです。ポスターやテレビCM、雑誌広告でも商品説明はしていませんでしたからね。新聞は毎月1回のみの出稿なので、なるべく新しいことは言わずに、コピーを微妙に変えて、長いレンジで考えて繰り返し同じことを言っています。商品に関する蘊蓄を掲載することで、“おじさん”が若い人に「iichiko」をすすめる時の材料にもなりますよね。

デザインと産業デザイン

──ボトルのデザインは当時と変わっていませんね。

 実は、「iichiko」の広告をやる時に、先輩のデザイナーに「パッケージから変えなきゃ駄目じゃないか」と言われていたんですが、僕は変えなかった。これは、パッケージデザインと呼ばれるもの、あるいは現在のデザインに対する一種のアンチテーゼなんです。よく、「パッケージのこの色を目立つようにしたから良かった」などという話を聞きますが、それは違うと思うんです。「iichiko」が売れているのは、単純に商品力があったからです。パッケージデザインを変えたから売れたとか、売れないとかそういうものではないと思うんですね。

──デザインがいいから売れるわけではない?

 中途半端なデザインではいけないということです。小手先のテクニックばかりで、本質を考えていないデザインではいけないんですね。新聞や週刊誌を見ればわかりやすいですが、記事と広告では明らかにデザインが異なります。記事は読者が能動的に見に行くことを前提にしている。一方、広告は読者が基本的に読み飛ばすことが前提になっています。ですから、記事は多少読みにくくても読んでくれる。一方、広告でそんなことをしたら誰も見てくれませんよね。できるだけ読まれるように作らなければならない。この基点の違いを理解しているかしていないかは非常に大きなことです。こういった本質的な部分を飛ばすと、デザインが中途半端なものになってしまうんですね。

──以前、エッセーの中でマーケティングが広告を駄目にしたとありましたが。

 今日作った製品が、明日売れなくてはいけない。それが現在の日本におけるデザインです。今の日本のデザイン教育は産業デザインに終始しているんですね。先ほど言ったパッケージデザインの例もそうです。

──デザインと産業デザインは違う?

 全く違うものですね。以前イタリアのデザイナー3人と食事をする機会があったんです。それぞれ60代、40代、30代でした。彼らに「デザインと聞いて、思い浮かべるものは」と聞いたら、3人とも「生活や暮らし」と答えたんです。おそらく日本人に同様の質問をしたら、「色や形」と答えると思います。日本人の答えはデザインではなく、産業デザインからくる答えです。デザインとは、生活や暮らしから出てくる感覚で、生活を良い方向へ導くものなんですね。
 先日、僕はイタリアのシチリアに行ったんですが、田舎に行くほど風景がキレイなんですね。都会はわりとごちゃごちゃしていますが、イタリア人はすごく田舎を大事にしているのだと感じました。家も古いものなんですが、中のインテリアなんて本当に素晴らしい。デザインが生活に根ざしていて、それを自分たちのものにしているんですね。

売るための方法論とは一線

──デザインに対して欧米と日本とでは随分考え方が違いますね。

 戦後の日本は産業重点国家を作るというのが、国家方針だったんです。人間ではなく企業が中心ということです。そもそも人間のためにあった企業のはずなのに、産業のために効率が優先されて人間が犠牲になっていた。そんな状況はおかしいですよね。
 欧米のデザイン教育では、「ものを作るとはどういうことか」「ものを作って世の中に出すとはどういうことか」「何を考えて作ればいいか」、そういうことを教えているんです。一方、日本は産業デザインによる小手先のテクニックに終始している。欧米のデザイン教育とは厚みが違うんですね。造形力の教育ばかりで、創造力のないものになっているんです。造形力は簡単に養うことができますが、創造力は、いろいろなことを見たり、考えたりすることで生まれるもので、簡単に養えるものではありません。
 僕は、これまで「iichiko」に関しても、いわゆる広告をやってきたつもりはないんですね。モノを売るための方法論から発想する広告ではなく、あくまで暮らしや生活を良くするという意味のデザインから表現してきました。
 僕はこれからも生活を豊かな方向に導く“デザイン”をやっていきたいと思っています。

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