特集

2008.9/vol.11-No.6


環境技術をどう伝えるか

“リチウムイオン電池を普及させる意味

 市販のスポーツカーを超える性能を誇る電気自動車「Eliica(エリーカ)」。慶応大学が推進した開発プロジェクトの統括責任者だった吉田博一氏は、今、大学発のベンチャー企業「エリーパワー」で、大型リチウムイオン電池の量産化と低コスト化に取り組んでいる。吉田氏のこれまでの取り組みを知ることは、産学協同のあり方と環境技術を世の中に広める大きなヒントになるのではないだろうか。

――住銀リースの社長だった吉田さんが、環境技術に関心を持たれたきっかけは何だったのでしょうか。

 90年代末から各種のリサイクル法ができて、リース業務にも影響するようになると思ったのがきっかけです。そのころ会社には総資産1兆6000億円にも上る膨大なリース物件があって、耐用年数を過ぎたものは廃棄物として適切に処理しなくてはならなくなる。しかし、産業廃棄物の現状を調べていくと、捨てる場所さえ日本にはほとんどない。産廃物の処理業者に方法を指示して渡す方法もありますが、現実問題として果たしてそれがうまくいくのか疑問だったのです。それで、住友銀行、住銀リースとそれまで金融一筋に歩んできたのですが、退職後は環境問題で何か貢献したいという思いが次第に強くなってきたのです。そういうころに出会ったのが、慶応大学の清水浩教授です。
 清水教授は電気自動車の研究を長年されていて、KAZという電気自動車で時速311キロを記録していたのです。それに試乗させてもらって、ハッと目が覚めたと言いますか、これだなと直感しました。
 それまでの電気自動車のイメージは、ゴルフ場のカートのようにゆっくり走るスピードのない乗り物だったのですが、清水教授の電気自動車はガソリン車をはるかにしのぐ加速とスピードを実現していた。こういう車なら、みんな喜んで乗ってくれる。このような電気自動車をもし世の中に普及させることができれば、環境問題のもっと根本的なところで貢献できるのではないかと思ったのです。
 清水教授は国の研究資金でプロジェクトを立ち上げ開発をしてきたのですが、私と出会ったころは、そのプロジェクトも終わり、研究開発を続けるのがむずかしい状況でした。それで、私が資金集めのお手伝いをすることになったのです。

エリーカ・プロジェクト

――吉田さんは最初は住銀リースの社長として学外から、03年からは慶応大学の教授として、清水教授と時速400キロを目指した「エリーカ・プロジェクト」を推進するわけですね。

Eliica  清水教授は私と会う前、25年にわたって電気自動車を研究開発してきたのですが、それまでのやり方を全部変えようということで始めたプロジェクトです。Eliicaとは、「Electric Lithium-ion Battery Car」の略で、リチウムイオン電池を電力源とした電気自動車のことです。統括責任者が私で、技術総括責任者が清水教授、それに大学の技術スタッフ、総務スタッフ、大学院生、学部学生の総勢約70人の体制でスタートしました。
 まず、学生たちにも研究室に入ってもらって、これから作るべき電気自動車のコンセプトをいっしょに考えていきました。 そこで出てきたのが、スピード、加速、燃費がガソリン車より勝っている電気自動車であり、「不便を我慢するエコから快適なエコへ」という考え方です。

――“スーパーエコカー”を作ろうということですか。

 その象徴が「時速400キロを目指す」という目標で、ガソリン車の性能以下であったら電気自動車は普及しないだろうという考え方から出てきています。「電気自動車を実用化して一般に普及させることによって環境問題の抜本的な解決を図る」ということが、プロジェクトの目的だったのですね。

資金集めは投資ではなく協賛で

――資金集めは協賛という形を取ったと聞いていますが。

 産学協同というのは、企業と大学が共同研究に取り組み、技術移転を主な目的に行うものですが、エリーカ・プロジェクトは、そういうこれまでの産学協同とは違うやり方を取りました。研究の方針は大学に一切任せてほしいというお願いの仕方をしたのです。各企業の思惑に左右されていたのではプロジェクトの成功がおぼつかないと思ったからです。
 しかも、ベンチャーと違って大学の研究開発ですから、企業にとってお金という形のリターンもない。投資ではなくて、あくまで大学の研究に協賛してほしいということですから、資金集めという点でも、非常にむずかしいプロジェクトでした。
 しかし、これだけむずかしいプロジェクトが成功するなら、きっと後に続く人が現れる。そのモデルケースになりたいという気持ちもあったのです。もちろん環境問題はEliicaだけでは解決できませんが、エリーカ・プロジェクトの成功が次の環境ベンチャーを生み出し、世の中が変わっていく。そういう確信が私の中にはあったのです。
 資金集めで清水教授といっしょに回った企業は150社以上に上りますが、その中で趣旨に賛同して協賛してくれた企業が35社ありました。それで、現物提供、技術提供も含めて約5億円の資金を集めて、03年4月に製造に着手し、性能試験用の1号車と公道走行試験用の2号車を04年に完成させました。
 また、電気自動車で時速400キロに挑戦するというので、「NHKスペシャル」で取り上げてくださるという話になって、プロジェクトを進めていく過程を1年半かけて取材して頂くことになったのです。

――プロジェクトのPRということも意識された?

 KAZのときにもダイムラークライスラーの会長や日本の企業のトップの方に乗ってもらって理解を深める努力はしていました。ただ、みなさん興味は持たれるのですが、それで終わってしまっていたのです。そこで、NHKの取材もそうですが、「電気自動車で時速400キロに挑戦をする」という分かりやすい目標を掲げて、世の中にアピールしていこうと考えたわけです。
 ただ、時速400キロに挑戦するとなると国内のコースでは広さが足りなくて、イタリアに持って行くことになったのですが、私の話を聞いて、レーシングドライバーの片山右京さんがボランティアで運転してくれたのです。その結果、04年3月に目標の時速400キロには及びませんでしたが、時速370キロを達成することができたのです。
 また、加速テストでは、7秒で時速160キロに到達しました。最も加速がいいといわれる市販のスポーツカーでも9.2秒ですから、これまで劣っていると言われた動力性能の面で、ガソリン車より優れていることを実証しました。

電池の低価格化を目指して

――プロジェクトの目的は一応達成されたわけですね。

 エリーカ・プロジェクトは電気自動車の性能を世の中に知ってもらうという意味では成功しました。ところが次に進むべきところが見えなかったんです。

――どういうことですか。

 電気自動車が普及するには五つのポイントがあると思っています。(1)環境にいいこと、(2)性能がいいこと、(3)安全であること、(4)ランニングコストが安いこと、(5)イニシャルコスト、購入価格が安いことです。Eliicaは前の四つはクリアしています。自宅のコンセントで充電でき、高速充電なら30分で70%充電でき、フル充電で300キロ走れる。夜間に充電すればわずか300円、1キロ1円で走れる車です。従来のガソリン車というのは消費するエネルギーの7%しか走るために使っていませんが、電気自動車は27%、つまり4倍も効率がいいのです。ただ一つの問題は、電気自動車のリチウムイオン電池が非常に高価なことです。Eliicaの場合、電池の値段だけで2000万円もする。この値段を下げない限り、電気自動車は普及しないだろうということです。
 ところが、国の産業支援も燃料電池一辺倒でしたし、自動車会社も回ってみましたが、リチウムイオン電池の電気自動車にはあまり関心を持っていませんでした。電池メーカーも消極的だったんですね。

――電池メーカーの関心が低かった理由は何でしょう。

 携帯電話の小型リチウムイオン電池も最初は価格が高かったのですが、量産することによって今は10年前の4分の1程度に価格が下がっています。ところが電気自動車に必要な大型リチウムイオン電池は、従来、人工衛星や兵器といった特殊用途にしか使われてこなかったのです。量産化のために設備投資してリスクを背負うよりは、受注生産していた方がいいというのが電池メーカーの考えでした。
 また、電池メーカーは鉛電池を自動車会社に納めている。鉛電池よりはるかに性能のいいリチウムイオン電池が安くなったら現在の鉛電池の市場を失うことになるということもあったと思います。
 もう一つは、電力会社が分散型の電源を当時は好まなかったというのがあります。

小型リチウムイオン電池の普及と価格低下
――分散型の電源というのは?

 太陽光発電や風力発電のように分散して発電を行うことです。太陽光発電などが盛んになると電力の需要にバラツキができる。電力が余ってしまうこともときにはある。それは困るというのが04年当時の電力会社の本音としてあったと思います。
 日本の産業の中枢の自動車、電力が動かなければ、電池メーカーも動かない。それで、異業種が集まって標準化と大量生産を実現させようとコンソーシアムをつくりました。それが04年5月に産学協同プロジェクトとしてスタートした「L2(エルスクエア)プロジェクト」です。L2というのはLarge Lithium-ion Batteryのことです。
 それまで大型リチウム電池というのは受注生産でしたから、電池ごとに仕様がバラバラでした。それをまず標準化して、自動車以外のリチウムイオン電池の用途を探って自動車と共用にすれば、量産して価格を安くすることができるというのが、私の読みだったのです。その結果、価格が安くなれば自動車会社も使うことになるだろうと考えたんですね。
 それで、まず、定置用蓄電池の用途がありそうだということで大和ハウスや竹中工務店、鹿島建設に声をかけ、非常用電源の用途がありそうだと聞いてKDDIにも声をかけていきました。また、自動車会社の中でも三菱自動車は電気自動車用途に関心を持ってくれて、このプロジェクトに参加しました。それが2010年に一般発売が予定されている電気自動車「i MiEV」の開発へとつながったと思われます。

――リチウムイオン電池の標準化も吉田さんが提唱された?

 そうです。標準化しないと価格も下がらないし、量産効果も出ません。この考えに科学技術振興機構(JST)が関心を持ってくれて、文部科学省の科学技術振興調整費を得て、05年から07年にかけてプロジェクトで標準化のための研究も行いました。


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