ojo interview

2008.9/vol.11-No.6


戸田正寿氏

戸田正寿氏

 今年7月、世界中が注目した洞爺湖サミットの会場を、玄関から来賓の客室に至るまで、日本の美にあふれた「美術館」として演出した。「自然は怒っている」というメッセージを込めた複製の「風神雷神図屏風」に首脳会議を睥睨させるなど、国宝級の美術品や自身の作品を効果的に飾り、各国首脳が地球の未来を語り合うにふさわしい空間を作り出した。
 「世界に最高の日本の美を見せるチャンスを神様が与えてくれました。一般の人にすべてを見てもらえなかったのは残念でしたが、海外の来賓たちが今までで一番気持ちのいいサミット会場だったと喜んでくれたのが嬉しかったですね」
 環境問題では、日本各地の景観が破壊されていることに危機感を募らせている。故郷の福井県に帰っても、看板が雑然と立ち並ぶ風景に心を痛める。
 「昔の日本人には、部分ではなく全体の調和を感じる優れた美的センスがありました。それが今、崩れかかっている。最初は美しさが分からなくても、気持ちのいいものを見ているうちに、誰でもセンスは磨かれていくものなんですよ」
 80年代初め、30代の前半で手掛けたサントリーローヤルの「ランボオ編」では、荒野で大道芸を繰り広げる旅芸人たちをアヴァンギャルドに表現し、ウイスキーの世界観を広げて売り上げ増につなげた。サントリー生ビール「ペンギンズ・バー」、コピーライターの眞木準氏とのコンビで毎週のように新聞広告を作り続けた伊勢丹のファッションキャンペーンなど、今も多くの人の記憶に残る熱のこもった数々の広告を世に送り出してきた。
 「今と違って広告にお金と時間と自由があって、クリエイターが大切にされていた時代でした」と振り返る。でも、「だからこそ、ダメなものを作ると言い訳ができないプレッシャーがありましたね」。
 還暦を迎えた今も創作への情熱は増すばかり。アーティストとして海外で開く展覧会に向けて、新作づくりも佳境だ。
 「とにかくいいものを作りたい。作品に生命を注ぎ込むのが僕の仕事ですから」

文/横尾一弘  写真/清水徹

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