特集

2008.8/vol.11-No.5


特集2 from Europe 特別リポート CANNES LIONS 2008

広告界にとってカンヌとは?〈 寄稿 〉

菊地由美氏

 カンヌ国際広告祭は、広告クリエイティブの潮流に大きな影響を与えている。国内外の広告賞を長年取材している広告業界紙「CM JOURNAL」編集長の菊地由美氏に、同広告祭に見るクリエイティブの変遷や、最近の広告界を取り巻く状況、課題について寄稿してもらった。
 カンヌ国際広告祭(通称カンヌ)は、世界中の広告クリエイターたちが受賞する日を夢見てやまない、名誉と実益の象徴です。そんなカンヌのここ数年の変化を振り返ってみると、広告業界の動きがあらゆる点でリンクしていることがわかります。

映画興行主のイベントが出発点

 1954年に始まったこのイベントは、映画の興行主で構成される『SAWA』という団体が主催してスタート。当時のシネアドを対象にベニスで開かれていました。その後、カンヌとベニスと毎年交互に行われるようになり1984年からカンヌに落ち着きました。現在10のカテゴリーで構成されており、このカテゴリーの細分化が広告業界の抱える多くの課題を反映しています。

テレビCM全盛期

 急速なインターネットの普及、メディアの多様化と同時に、マスメディアの不振が囁かれる昨今ですが、それまではマスメディアが広告の主役であり、ブランドの構築の立役者でした。カンヌは世界中のクリエイターたちが制作した百花繚乱のテレビCMやグラフィック広告で大いに盛り上がり、1993年に日本の博報堂が「日清食品/カップヌードル/hungry?」でグランプリを受賞、その後も金賞、銀賞と毎年受賞し続け、カンヌの街中で「hungry?」が合言葉になりました。CMは消費者を楽しませ、流行語を生み、クリエイターたちはみんな無邪気に、純粋なるクリエイティブの競争の場カンヌのお祭りに酔いしれていたのです。

ヒントはクライアントに

 そんな『クリエイターたちの禁断の楽園』に最初に足を踏み入れたのが、それまでクリエイティブには興味を示さなかったP&Gでした。同社の幹部は2003年に自家用ジェットでカンヌに乗り込み、クリエイティブ・ショックを受け、翌年には各エージェンシーのブランド担当者を従えて記者会見を開き「我々は消費者の心を動かすエモーショナルな広告制作に方向転換する」と発表しました。当時のカンヌの代表ロジャー・ハッチュエル元会長は「広告主が参加して変わるのはカンヌではなく、世界中の広告だ」とコメント。それ以降、P&Gは毎年カンヌに参加し、さらに多くのグローバル・クライアントがカンヌに参加するきっかけをつくりました。

「BMW films」の衝撃

 ちょうど10年前の1998年、サイバー部門が新設され、一気にクライアントの注目を集めました。そこから生まれたのが、「BMW filmsキャンペーン The Hire」。サイバー部門のオンライン・アドとして2002年のグランプリをまず受賞し、その翌年、ワイデン+ケネディのダン・ワイデン氏によって「従来の枠に当てはまらない、見る者に新しい驚きをもたらす革新的なもの」に与えられる最高の地位のチタニウム・ライオンが創設され、その最初の受賞の栄誉を手にしました。チタニウム・ライオンは規定をその後変更し、2006年に現在の「誰もが認める新しい概念をもったコア・アイデア」になりました。そこでグランプリを受賞したのが日本の「バーコードデザイン」。どの商品にも必ずついているバーコードに、読み取りに影響が無いようにデザインをほどこすアイデアで、審査員たちは、いささかホッとした様相で、「まさにユニバーサルで誰にも思いつかない素晴らしいアイデアだ」と絶賛しました。

消え始めた「メディアの境界線」

 1992年にプレス部門は「プレス&アウトドア」と名称を変え、ポスターなど屋外広告も含めたカテゴリーになり、2002年にプレス広告とアウトドア広告は切り離され、アウトドア・ライオンが生まれました。一方で、1999年、メディア・ライオンが新設。メディアの専門家が審査員となり、メディア・ビジネスとしてのプロフィットが重視される賞になっています。さらに2002年にライオンズ・ダイレクト、2006年にプロモ・ライオンが新設されました。
 こうなると、エントリー作品をどのカテゴリーに出すべきか、あるいは、どのカテゴリーにも当てはまるなら全てにエントリーしてみよう、という考えが出てきます。サイバーには映像も含まれているし、消費者に強くアプローチするのは体験型のプロモーションであり、ワン・トゥー・ワンという意味ではサイバーもプロモも、ダイレクトと共通するのです。キャンペーンの場合は特に、あらゆる部門にエントリーが可能で、それが力強い、強烈なインパクトを与えるものであれば全てのカテゴリーで上位あるいはグランプリを受賞することも可能になります。

今年のフィルム・グランプリ

 一番華のあるのがフィルム部門。今年からテレビCMに加えインターネットやモバイルなどテレビ以外のメディアで上映された映像も含まれることになりました。もちろん、同一線上で審査することは難しいので、テレビはゴリラがフィルコリンズの「In the air Tonight」を聴きながら恍惚とした表情でドラムを叩くキャドバリー・チョコレートのCMが、そしてその他のフィルム部門では、今年のカンヌのあらゆる部門に登場し、ほとんどで金賞以上、インテグレーテッド・ライオンのグランプリも受賞した「Xbox 360」のゲームキャンペーン「Halo 3」が、それぞれグランプリを受賞しました。
 キャドバリーのCMをグランプリに選んだ理由としてカナダの審査員が「お菓子は楽しいことが大切。このCMは見て楽しいエンターテインメント」と発言していたのですが、実はこのCMは事前にYou Tubeで放送され、大人気となったもので、人気の高さが審査に影響したことは間違いなさそうです。一方の「Halo 3」は、ゲームの広告というよりハリウッド映画のような完成度の高い広告でした。
 「お菓子のCMは楽しければいいじゃない」という言葉。大規模で完璧なフィルムを高く評価する審査員。この2本のどこに新しさがあるのでしょうか。

カンヌは広告界の鏡

 しかし、この結果に正面から反対を唱えるほど、広告表現に正しい答えがある訳ではありません。今、多くの、世界中のクリエイターたちは、今までにない厳しい競争の中に置かれています。もはや彼らの競争相手は他社のクリエイターではなく、アカウントマネジャーやメディアプランナー、プロモーション・ディレクターやマーケティング・ディレクターたち。さらにアマチュア・クリエイターもインターネットを使ってどんどん表現の世界に入り込んできています。そして広告のライバルは、競合他社の広告ではなく、インターネットなどで日々流れているあらゆる映像であり、ゲームであり、隣人とのおしゃべりであり、チャットであり、ネット上のコミュニティーであり……消費者が楽しいと思うもの全てなのです。
 広告は今、あらゆる境界線を超えながら、人々の接触時間を確保し、心をつかみ、体験させ、購買行動を起こさせる。またはブランドを好きになってもらうために、アイデアのチカラだけではなく、あらゆる手段にチャレンジし続けるタフさを兼ね備えなければならないのです。


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