特集

2008.7/vol.11-No.4


消費者研究の新しいアプローチ

消費者の無意識にどう向き合うか

 今の消費者研究の根本的な課題は、消費者の無意識の行動をいかに探るかにあると語るのは、電通の消費者研究センターの四元正弘氏だ。現場のマーケターは、ニューロマーケティングや行動経済学をどのように評価し、また、消費者の無意識にどのように取り組んでいるのだろうか。

――消費者が見えなくなったと言われていますが。

 商品の価値は、大きく分けると機能的な価値と感性的な価値に分かれます。最近は、商品を機能的な価値で差別化しにくくなり、感性的な価値が商品の中心になってきています。同時に、消費者も今まで以上に感性的な価値を重視するようになってきています。それが、「消費者がわからなくなってきた」と言われる大きな要因だと思います。
 機能は、消費者にとって非常にわかりやすく、その機能が認知されているかどうかも調べやすい。商品の需要も、その機能が必要かどうかということですから、「ニーズ」という形でとらえられます。一方、感性的な価値というのは、そもそもニーズということには非常に当てはまりにくい概念です。
 感性は突き詰めてしまえば、「快・不快」です。「何が快いのか」「 どういう状態が不快なのか」というのは、本人すら気がついていないことが多いのです。ですから、今まで以上に消費者のインサイト、消費者に対する洞察力が重視される時代になっていると思うのです。
 例えば、人がお店に行って何か買う時、その7割から8割の商品はあらかじめ決められていないことが、いろいろな調査でわかっています。計画購入はほんのわずかです。また、買い物客に店の出口で、「この商品をなぜ買いましたか」と聞いても、だいたいの人は第三者が納得できるような理由は言えません。理由らしい理由を答える人でも、よくよく聞くと、そういう質問をされたから初めて考えたという人がほとんどだそうです。

――それは、すべての商品に言えることですか。

 高額なもの、長く使用するもの、自分の人格の評価にかかわるもの、この三つが高関与商品の条件だと言われていますが、それはじっくり考えて買いますね。しかし、そうではない大半の商品は、今言ったことが当てはまると考えていいと思います。
 ただし、消費者自身が認識していないからといって、消費者はデタラメに商品を選んでいるかというと、そんなことはありません。自分自身は意識していないけれど、無意識のルールはちゃんと持っています。
 だから最近は、その無意識をどうやって探っていこうかというところに来ているのです。それが、今の消費者研究の根本的な課題だと思います。

消費者の無意識を探る

――消費者自身が気づいていないものをどうやって知るのでしょうか。

 消費者の無意識を知るために、最近はいろいろな方法論が出てきています。例えば、脳科学を応用したニューロマーケティングは、消費者の無意識の欲求を脳の活性化から見ていく方法です。行動経済学も、無意識でも欲求は行動に現れるはずだから、そこに法則を見つけていきましょうということです。
 つまり、無意識は意識に聞いてもわからないということです。従来のアンケートは、消費者が自覚的なものを聞く手法です。アンケートに意味がないとまでは言いませんが、それだけでは消費者の欲求は十分にはつかまえられないということですね。

――ニューロマーケティングなどの手法は、実際のマーケティングに役立つ手法なのでしょうか。

 ニューロマーケティングというか、脳科学で見ていることは、脳内の血流などです。ある情報や刺激に対して、脳のどの部分が活性化するかを見ています。 しかし、本来重要なのは、なぜ脳のその部分が活性化したのか、あるいは、その時によって活性度が違うとすれば、なぜなのかという本当の消費者インサイトです。単に脳が活性化していることがわかったぐらいでは、マーケティング的にはほとんど意味がないと思っています。
 ニューロマーケティングは無意識の反応を見る方法としては確かに可能性は感じますが、少なくとも今の研究レベルではマーケティング的な活用はまだ難しいというのが率直な印象です。もっと、いろいろな状況で実験してみる必要があると思いますね。

――今は、消費者の無意識を探る試行錯誤の段階だということですか。

 ニューロマーケティングに限りませんが、無意識を探る手法の問題点は、第三者の検証が難しいことです。例えば、ザルトマンが提唱する「心脳マーケティング(注)」も、基本的に使っている手法はデプスインタビューです。しかし、そのデプスインタビューも、再現性があまりないと感じています。
 再現性がないということは、実はサイエンスになっていないということです。化学と錬金術の違いは、再現性があるか、ないかです。再現性がないなら、それは単なる錬金術で終わってしまいます。そういう意味で言うと、無意識のマーケティングというのは、今はまだ、どの方法論も錬金術のレベルにあると思います。

注)心脳マーケティング:ハーバード・ビジネススクールのザルトマン教授が提唱する心理と脳の科学を応用したマーケティング手法のこと。人間の思考の95%は無意識の心的過程で行われ、しかも5%の意識的心的過程においても認知は言語によるものではないという考えがベースになっている。

――無意識のマーケティングも、いつか錬金術から化学になる可能性はあるのでしょうか。

 もしかしたら、永久にならないかもしれません。 しかし、永久にならないなら、ならないでいいと思っています。無意識のマーケティングは普遍的な方法ではなくて、例えばマーケターの能力や被験者との人間関係で結果が変わるものだ、ということになったとしても、それはそれで一つの結論です。
 というのは、すぐれたマーケターであるかどうかは、その人の資質で決まると思うからです。それを使えば誰でも同じことができて、再現性が担保されている手法が見つかったとしても、それで消費者インサイトがわかったことにはならないし、誰もがすばらしい商品を開発できて、モノが売れるようにはならないということです。今はニューロマーケティングが何かの虎の巻のように期待されているところがありますが、その知見をどう生かすかは、結局、個人の資質になると思いますね。
 最近は小説家もPCを使って小説を書きますが、大作家のPCを分解しても、いい小説を書ける秘訣がわかるわけではない。それと同じだと思います。

無意識を探る難しさ

――実際のマーケティングでは、消費者の無意識をどう探っているのでしょうか。

 マーケターは、基本的に質問が好きな人たちです。質問するということは、当たり前ですが、答えをあらかじめ想定しています。しかし、答えが予想されるような質問では、インサイトにはならないんですね。消費者からは、予定調和的な答えしか出てこないからです。
 消費者を調べるというのは、自分には消費者の本心がわからないという前提です。しかし、その発想そのものが実は間違っていると僕は思っています。
 先ほどデプスインタビューは錬金術だと言いましたが、消費者の無意識を探る一つの方法として重宝されているのがこの手法です。しかし、そこにはインタビューを実施する側の技量が強く求められます。デプスインタビューのうまい人にはハッキリとした特徴があって、それは「無言に強いこと」です。

――被験者が話し始めるのをじっと待つ、ということですか。

 被験者の無言に耐えられなくて、すぐ質問を変えるような人はインタビュアーに向いていませんね。一度質問を発したら、被験者がしゃべり出すまで1時間でも待つという根性が必要なんです(笑)。僕も、そういう沈黙には耐えられない方ですが。

――では、ほかに有効な方法はあるのでしょうか。

 ニューロマーケティングや心脳マーケティングといろいろな手法が出てきていますが、人が何をどんなふうに無意識に感じているのかを探る方法として最後にたどり着くのは、「自分はどう感じているか」だと思います。あくまで個人的な方法論かもしれませんが、まず自分の欲望を知ること、自分の心を知ることが、消費者の無意識を知る最も確かな方法だと思います。その時初めて、本当のインサイトが出てくる気がするのです。
 アメリカで行われ、世界的に有名になった牛乳の販促キャンペーンがありますね。ビスケットを食べている時に飲み物がなく、イライラしているというテレビCMです。最後に牛乳をボンと出して、「Got Milk ?(牛乳、どう?)」と言うんですね。
 しかし、こういう答えは、消費者に「牛乳をどういう時に飲みたいか」と聞いても、まず出てきません。おやつのビスケットを口いっぱいにほおばって、牛乳が欲しいなと思うのは、やはり、個人的な感覚だと思うのです。だから、まずは自分に問うことが、無意識のマーケティングには重要なのです。
 しかし、新商品の広告キャンペーンにもかなりの予算が必要なわけで、社内コンセンサスを得るためには、インサイトを検証する必要も出てきます。また、将来的には、広告が意図通り作られているかなどを検証するためにニューロマーケティングのような手法が便利に活用されてくるかもしれません。

「文脈」で無意識に訴えかける

――コミュニケーション手法で、消費者の無意識にアプローチする方法はあるのでしょうか。

 機能的な価値なら、「何馬力のエンジン」「省エネ何%を達成したエアコン」と数字でハッキリとものが言えます。しかし、感性的な価値になってくると、数字で表現することはもちろん、言葉ですら伝えることは難しくなってきます。
 では、感性的価値をどうやって伝えるかですが、「文脈」の中で情報を伝えるという方法があります。その人の所属するコミュニティーや社会の文脈の中に、その商品を置いて情報を伝えて行く方法です。

――文脈で伝えるとは、例えばどういうことですか。

2008年1月26日 朝刊  プレミアムビールがいい例だと思います。このジャンルの商品としては、以前から「ヱビスビール」がありました。厳選素材を使って、非常に丁寧な造り方をした高品質なビールで、「通がわかるビール」として売られてきました。ビールとして、機能がすぐれていることを訴求してきたわけです。だからこそ、その機能がわかる人しか、顧客になり得なかったんですね。
 ところが、数年前から「スローライフ」「スローフード」など、ゆっくり食事をしようとか、時間を大切にしようという大きな社会の流れが出てきました。それで、自分の時間を楽しむためのビールという文脈を加えることで、プレミアムビールが売れてきたのではないでしょうか。サントリーのザ・プレミアム・モルツがいい例ですね。
 文脈で情報を伝えることの利点は、もう一つあります。それは情報を省略できるということです。今は、情報が過剰な時代ですから、情報量が多いメッセージはかなり工夫しないと伝わりません。文脈で伝えることによって、少ない情報量でも同じ内容を伝えることができるのです。
 どういうことかというと、人の顔全体を描けば、たとえ1本の線でも、それが目だとわかります。人の顔は文脈、目は伝えたい情報ということです。ところが、目だけ描いてそれを目だとわかってもらうためには、かなり詳しく描かなければなりません。要するに、共通の認識がある時には1本の線でも情報が伝えられるということです。
 文脈をうまく利用することによって、感性的な価値が伝わりやすくなりますし、それに加えて、より少ない情報量で済むというメリットもあるということです。今日のような情報過剰の中で、情報が少なくて済むことは特に重要だと思っています。

図

コミュニティーと社会の文脈

――ターゲットや目的によって、使う文脈も変わってくると思うのですが。

 広告的には、やはり、その人の属しているコミュニティーと社会、この二つに由来する文脈に注目していく必要があると思います。「オタク」と言われる人たちのように、中にはコミュニティーの文脈が大部分を占め、社会的な文脈をあまり持たない人たちもいるかもしれませんが、ほとんどの人たちはこの二つの文脈を持っています。
 当然、どういう文脈を利用してコミュニケーションするかで、コンタクトポイントや伝えるべきメッセージ、トーン&マナーが違ってきます。社会的な文脈を生かしていく時には、社会的に認知されているメディアをコンタクトポイントに使うし、コミュニティー的な文脈だったら、ネットのコミュニティーなどをコンタクトポイントとして使うことになります。社会的文脈という発想から新聞広告を見直せば、従来の説得型ではない新聞広告の使い方も出てくると思いますね。

――昨年、電通の消費者研究センターから出された『わたしたち消費』は、コミュニティーの中でメガヒットが生まれる現象についての本ですね。

 最近は、コミュニティーがネットによって強大化して、そのコミュニティーの中で完結するヒット商品がでてきたということですね。例えば、バーチャル歌手ソフトの「初音ミク」もコミュニティー完結型の商品です。宇多田ヒカルの「フレーバー・オブ・ライフ」は昨年、700万ユニット売れました。「ユニット」というのは、「着うた」のダウンロードを含んだ単位ですが、お金を払って膨大な数がダウンロードされているんですね。しかし、世の中全体ではあまり知られていません。
 消費者の無意識とは違いますが、そういう本人以外には見えにくい市場が生まれていることは確かです。PCにしろ、携帯電話にしろ、使っている人しか見ないパーソナルメディアが普及したことが原因です。
 その中で、「脳内メーカー」のようにマスメディアが取り上げることによって社会的に流行したものも出てきています。

――そこに何か法則はあるのですか。

 ヒットしたものというのは「後出しジャンケン」的に、必ず理屈はつけられますが、同じようなものが必ずヒットするわけではありません。チョコレートの「キットカット」が受験のお守りになっていますが、元をたどっていくと九州の方言の「きっと勝っとお」にたどり着きます。しかし、だからと言って、商品名を方言に引っかければすべてはやるかというと、そんなことはない。それと同じです。

「おいしい」から「ちょうどいい」へ

――話は前後しますが、消費者の無意識まで考えたマーケティングが必要になってきたのは、いつごろからでしょうか。

 日本人の欲しいものが必需品ではなくなったころから、徐々に変わってきたと思いますね。今は、商品を壊れるまで使う割合はかなり低くなっています。
 最初に、商品は機能ではなく感性的な価値が重要になったと言いましたが、今の消費者は確かにモノを買っているのですが、そのモノの純粋な機能ではなくて、買う時の喜びを買っている。そうなってきたのが、80年代後半だと思うのです。
 そのころの代表的な広告が、糸井重里さんの「おいしい生活」です。それまで広告で「生活」という言葉が使われる時には、「豊かな」「便利な」という言葉がいっしょに使われていました。ベクトルが一つの方向を指していたんですね。 それに比べて、「おいしい」は非常に曖昧です。何がおいしいかよくわからないけれど、今の生活が「おいしい」のだという感覚はわかる。豊かになるというのは、こういうことなんだ。そういう時代を象徴していた言葉だと思うのです。

――そのころは、「おいしい生活」を共有し合えていましたね。しかし、今はそれがないような気がするのですが。

 いや、そんなことはないと思いますよ。みんなを捕まえたければ、共有している社会的文脈の中に商品を位置づけることで、それは可能だと思います。今は、それはかえってやりやすくなっていると思いますね。
 機能的な価値は先行商品と常に差別化していきますから、それを欲しがる人の数は少なくなってしまいます。しかし、感性的な価値は快・不快、要するに、心地良いものが価値が高いという世界ですから、それは全員共通だし、言葉ではないから「自分にとってどうなのか」という峻別がしにくい。
 もともと「ランゲージ」は「ロジック」と同じ語源ですから、言葉にするということは意味を固定することでもあるのです。そうすると、そのロジックに不同意な人も出てくる。しかし、明確な言葉にしなければいろいろな解釈ができる。一見、何を言っているのかわからない曖昧さみたいなものが、社会的な文脈に商品を乗せる時には、重要なコミュニケーションテクニックになります。だから、意味は曖昧だけど、みんなが共感できるような言葉が、感性価値の伝達に有効で、「おいしい生活」はまさにそういう言葉でした。

――最近、そうした例は何かありますか。

 ホンダのフリードの「ちょうどいい」が、それに当たると思いますね。何が「ちょうどいい」のか、よく考えると極めて曖昧な言葉です。「ちょうどいい」というのは車の大きさだけの問題ではなくて、あなたの生き方に、あなたのお財布になど、いろいろに解釈ができます。
 全員が何となく感じていることこそが、まさしく社会的文脈であって、それをうまく利用することでヒットが生まれる。そういう無意識に訴えかける文脈が大事な時代だと思います。

2008年5月31日 朝刊

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